ウディネーゼについては、何年かおきに同じことを書き続けている気がします。これは初めてCLを戦った2005年秋に書いたもの。ここからさらに10年経った今も、やっていることは変わらないどころか、さらに進化しています。その話もまた別の機会に。

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ウディネは、イタリア北東部のはずれに位置する人口10万人足らずの小都市だ。ミラノから鉄道で東に向かって4時間、ヴェネツィアからなら北に1時間半ほど、オーストリア、スロヴェニアと国境を接する内陸地帯であるこのあたりは、イタリアといっても太陽が燦々と降り注ぐ明るいイメージとはほど遠い。歴史的につながりが深いヴェネツィア様式の建築が並ぶ街の中心部は、ちょっと中部ヨーロッパを思わせるような、落ち着いた雰囲気を醸し出している。

ウディネーゼ・カルチョのクラブ事務所は、街の郊外にある4万1000人収容のスタジアム、スタディオ・フリウリに併設されている。1990年のワールドカップにあたり、組織委員会の本部およびプレスルームとして整備された施設を、クラブがそのままオフィスとして使用しているのだ。

「ウディネーゼにとって、ユベントス、ミラン、インテルという世界的なビッグクラブと肩を並べてイタリアを代表し、チャンピオンズリーグで戦うというのは、それ自体がすでにおとぎ話のような出来事ですよ」

こう語ってくれたのは、クラブの経営全般を統括するゼネラル・ディレクター(以下GDと略)、ピエトロ・レオナルディ。

大企業や大富豪がバックについているわけでもなければ、サッカー雑誌のグラビアを飾るスター選手をずらりと擁しているわけでもない。マスメディアの注目度はイタリア国内ですら“その他大勢”レベル。

クラブの戦力値を測る最も有効なバロメーターである財政規模は、ヨーロッパの頂点に立つレアル・マドリードやミランの約2億7000万ユーロ(約386億円)に対して、そのほぼ10分の1、たった3000万ユーロ(約42億円)に過ぎない。チーム全員の人件費は、税込みで約1200万ユーロ(17億円弱)と、“ローマの王子”ことフランチェスコ・トッティひとりの年俸とほぼ同額である。

そんな地方都市のスモールクラブが、並みいるライバルを押しのけて、昨シーズンのセリエAで4位に入り、今季は欧州サッカーの最高峰ともいえるチャンピオンズリーグの桧舞台で戦っているのだ。この躍進の秘密はどこにあるのだろうか。

レオナルディGDの答えはこうだった。
「はっきり言えるのは、これは単なる幸運や偶然の賜物ではないということです。ウディネーゼは、非常に限られた予算しか持たない小さなクラブです。しかしその枠内で、いかにしてチームを強化して行くのかについては、非常に明確な哲学と戦略を持っています。それを着実に積み重ねて来たことが、昨シーズンのセリエA4位という結果につながったのだと思っています」

その明確な哲学と戦略とは?
「難しいことではありません。すでにでき上がった選手を大金を積んで獲得する余裕がないとすれば、国内、海外から、まだ才能を開花させていない若手を安いコストで獲得し、時間をかけて育てることに専念し、徹底してその路線を進むということです。そして、価値が高まったら他のクラブに売却し、その利益を新たな若手に投資する。それを地道に繰り返しながら戦力レベルを維持し、セリエAで、そしてできればヨーロッパの舞台で戦い続けて行くことが、我々の目標なのです」

ボスマン判決にいち早く対応し発掘路線へ

実のところウディネーゼは、1996年のボスマン判決がもたらしたEU内の移籍自由化と、それに続く移籍市場のグローバル化を、いち早く先取りしたことで知られるクラブである。ヨーロッパはもちろん世界各地にスカウト網を張り巡らせ、無名の若きタレントを発掘して育てるという強化方針をこの10年間徹底して貫き、大きな成果を収めてきた。現在では、PSV、アヤックスなどオランダのクラブをはじめ、フランスやベルギーのクラブにも、同じような路線を取っているところは少なくない。ウディネーゼは、その先駆者のひとりなのである。

実際、90年代後半のオリヴァー・ビアホフ(元ドイツ代表/引退)にはじまり、98-99シーズンにセリエA得点王に輝いたマルシオ・アモローゾ(元ブラジル代表/現サンパウロ)、ユヴェントスを経て今はトルコでプレーするアッピアー(ガーナ代表/フェネルバーチェ)、デンマーク代表のマルティン・ヨルゲンセン(フィオレンティーナ)、そして今季インテルに移籍したダヴィデ・コルテス・ピザーロ(チリ代表)まで、歴代のウディネーゼでは常に、このクラブが発掘して育て上げた外国人選手が主力として活躍してきた。

チャンピオンズリーグを戦う今シーズンのチームにも、そうした選手は少なくない。中盤でダイナミックに動き回るガーナ代表MFスレイ・ムンターリ(21)、最終ラインを固めるブラジル人DFフェリーペ(21)は、いずれもまだ17歳の時に現地から非常に安いコストで発掘してきたプレーヤーだ。

イタリア人選手にも、同じことが当てはまる。センターフォワードのヴィンチェンツォ・イアクインタ(26)は、今でこそイタリア代表に名を連ねるまでになったが、元はといえば5年前にセリエC1(3部リーグ)の弱小チームから獲得した選手だ。中盤のダイナモ、ジャンピエロ・ピンツィは、ラツィオの育成部門から18歳で引き抜かれている。

イタリア屈指という評価を受ける優秀なスカウト部門の総責任者を務めるのは、80年代のウディネーゼでジーコと共にプレーした経験を持つマヌエル・ジェロリン。現在は総勢25人に及ぶスカウト網を統括し、自らも世界中を飛び歩く。

「選手発掘の秘訣?とにかくできる限り多くの試合を見て、数多くの選手をチェックし、他のクラブに先んじて才能のある選手を見つけ出すこと。それに尽きますよ。対象とする地域は、東欧を含むヨーロッパ全域、中南米、アフリカ、オセアニア。極東地域は、日本を含めてまだ手薄です。これからの課題ですね」

主な発掘のターゲットは、U-16からU-20、U-21までのユース世代だという。20代前半ではすでに遅いのだ。ひとりの選手に費やすことの移籍金は、多くても50万ユーロ(約7000万円)まで。誰が見ても優秀な“真のタレント”は、若い時から高い値段がついているので、ウディネーゼには手が出せない。

「優秀なタレントだと知っていながら、指をくわえて見ているというケースがしばしばあります。99年にニュージーランドで行われたU-17世界選手権で、優勝したブラジル代表の控えFWだったアドリアーノ(現インテル)もそのひとりでした」

となれば、才能を開花させ切っていない、大きな伸びしろを持った無名選手を見出し、安いコストで獲得することに特化する以外にはない。したがって欧州でも、イングランド、フランス、スペイン、ドイツといった、移籍金の相場が高い先進国は、リサーチの対象には入っていない。ポルトガル、オランダ、デンマーク、スウェーデン、ギリシャ、ポーランドといった国々が中心だ。

「結局のところ、地道に足でかせぐしかありませんよ」
そう語るジェロリン自身、年間200試合近くを生で観戦するという。ほとんど毎週末、ヨーロッパのマイナーな国を回り、年に5、6回は南米に飛んで、各国のリーグ戦やユーストーナメントをチェックする。時には地球の裏側、オーストラリアやニュージーランドにまで足を伸ばす。猛烈なグローブトロッターぶりである。

こうした発掘型強化戦略の必然的な結果として、ウディネーゼが獲得した多くの若手選手は、加入の時点ではいわば「素材」でしかない。その潜在的な才能を開花させる仕事は、チームを率いる監督の手に委ねられることになる。それゆえウディネーゼは、でき上がった選手を組み合わせて結果を出すタイプの指揮官ではなく、若手を使いながら伸ばして行く育成手腕を持った監督を常に選んできた。古くは90年代後半のアルベルト・ザッケローニやフランチェスコ・グイドリン(現モナコ)、昨シーズンまで3年間チームを指揮したルチアーノ・スパレッティ、そして現監督のセルセ・コズミと、いずれもその点では優れた能力の持ち主だ。

CLに出てもクラブの哲学は変わらず

コズミは、選手としてはプロの経験を持たず、地元のアマチュアクラブの育成コーチから始めて、セリエAの指揮官にまで上りつめた叩き上げの苦労人である。トレードマークのベースボールキャップ姿、これまた特徴的なガラガラ声でインタビューに応じてくれた。

「若い才能を育てながら戦うのは、私の得意とするところだ。ペルージャ時代にもそれを求められて結果を残すことができたから、ウディネーゼに呼んでもらったことは嬉しかった。このクラブにとってそうであるのと同様、私にとってもチャンピオンズリーグの舞台は夢のような体験だよ。セリエAやUEFAカップとはまったく違う華やかさと魅力を持っている」

もちろん、華やかさや魅力の裏側には、様々な困難が潜んでいる。
「セリエAとチャンピオンズリーグを3日おきに戦うというのが、これほど精神と肉体を消耗させるとは思わなかった。ひとつの試合が終わって、翌日にほっと一息ついたと思ったら、もう次の試合の前日がやってくる。身体以上に精神的疲労が大きい。まあ、ビッグクラブにとっても苦しい日程なのだから、我々“初心者”が苦しむのは当然なんだがね」

初戦こそパナシナイコスを3ー0で下したものの、カンプ・ノウでのバルセロナ戦は1ー4の完敗。続くヴェルダー・ブレーメンとのホーム&アウェーが1分1敗(1ー1/3ー4)に終わって、現時点での成績は1勝1分2敗(勝ち点4)。3勝1分(勝ち点10)で余裕の首位を走るバルセロナに次ぎ、ヴェルダー・ブレーメン、パナシナイコスと横並びでの2位争いが続く。

グループリーグ突破のためには、11月22日にアテネで戦うパナシナイコス戦に勝つことが絶対条件になる。
「ここまでウディネーゼは、結果はともかく内容的には、チャンピオンズリーグに恥じない試合を見せてきたと思う。それを繰り返すことができれば、勝利を勝ち取ることができると信じている」
やや神経質そうな表情でそう語ると指揮官は席を立った。

実をいえば、今シーズンのウディネーゼは、セリエAで4位に入った昨シーズンと比べると、戦力的に見てむしろ劣っているという声が少なくない。セリエAでピルロに次ぐ高い評価を集める中盤のゲームメーカー、ピザーロをインテルに、豊富な運動量と強力なシュートで左サイドを支えたマレク・ヤンクロフスキ(チェコ代表)をミランに売却したことで生じた穴を、補強で十分に埋め切れているとは言い難いからだ。

ウディネーゼは、この2人に加えてペール・クロルドルップ(デンマーク代表DF)をエヴァートンに売却したことで、2800万ユーロ(約39億円)という大きな利益を移籍市場から得ている。しかしこのクラブは、それをチャンピオンズリーグを戦うための即戦力獲得に投じるよりも、将来に向けた“投資”に振り向けることを選んだ。今シーズン移籍金を投じて獲得した新戦力は、20歳のブラジル人FWバレット、19歳ですでにイタリアU-21代表で右サイドバックのレギュラーを張るマルコ・モッタ、21歳のナイジェリア人守備的MFクリスティアン・オボドなど、将来性豊かな若手ばかり。即戦力の補強は、かつてローマでプレーした元フランス代表のヴァンサン・カンデラをはじめ、契約満了で移籍金が発生しないベテランに限られた。

レオナルディGDはこう説明する。
「目先の結果に振り回されて、長期的な視点を失うことを、我々は一番怖れています。ウディネーゼは、発掘し育てた選手を売却することで成り立っているクラブ。すぐに穴埋めすること以上に、何年か後により質の高い選手が育ってくることの方が重要なのです。ウディネーゼにとって選手は資産、いわば株券のようなものです。いくら人気銘柄でも、将来値上がりが見込めない株に高い金を支払うことはできません」

では、せっかく出場したチャンピオンズリーグで、グループリーグ敗退を喫することになっても仕方ないというのだろうか。
「正直言って、グループリーグを突破できるかどうかはわかりません。でも、まったく経験のない初出場のチームが、毎試合胸を張ってスタジアムを後にできるだけの立派な戦いを見せ、ベスト16進出の可能性を残して戦い続けているだけでも、十分に満足すべき結果だとは思いませんか」

そう語るレオナルディGDの表情に、勝ち上がりか敗退かの瀬戸際に立っているという緊張や焦りは、まったく見られない。
「チャンピオンズリーグで優勝できるとは思っていませんからね。グループリーグで敗退したからといって、別に悲劇じゃない。我々は来シーズンもまた、今までと変わらぬ道を歩んで行くだけですよ。また次の機会には、今回の経験を生かして戦うことができるでしょう」■

(2005年11月16日/初出:『Sports Yeah!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。