今から7年前にこれを書いた時点で、ヨーロッパの「三大メジャーリーグ」はプレミア、リーガ、セリエAということになっていました。しかし今はここからセリエAが外れてブンデスリーガが入るでしょう。この2つのリーグについての記述は、現在と比べると隔世の感がありますね。

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「マイナーリーグ」を定義すると

ブンデスリーガ(ドイツ)、リーグ・アン(フランス)、エールディビジ(オランダ)、そしてスコティッシュ・プレミア。

ヨーロッパの中で、いわゆる「三大リーグ」(イングランド、スペイン、イタリア)に続くポジションにあるこれらを、あえて「マイナーリーグ」というひと言で括ってしまうというのは、かなり乱暴かつ失礼な振る舞いのように見えるかもしれない。ベルギー、スイス、チェコ、オーストリアといった中堅国ならともかく、フットボールネーションとして見れば、少なくともドイツ、フランス、オランダは、れっきとした一等国なのだから。

しかし、これらのリーグを代表するクラブが近年ヨーロッパの舞台で残してきた結果、そしてその背景となっているリーグやクラブの財政事情を眺めてみると、客観的に見て「マイナーリーグ」と呼ばざるを得ない部分が多い。いまや、欧州各国リーグの力関係にも、あらゆる意味でメジャーな三大リーグと、それ以外のマイナーリーグ、という二極化の構図が定着してきているというのが現実だ。

象徴的なのが、世界的な監査法人デロイトが毎年作っている、欧州プロサッカークラブの売上高ランキングである。図1は、05-06シーズンのランキング上位20クラブの売上高を棒グラフにして並べたもの。一見して、トップ10と11位以下との間に大きなギャップがあることがわかるだろう。

そのトップ10のうち9つは、三大リーグのクラブによって占められている。それ以外からは唯一、バイエルンが8位に入っているだけ。11位から20位までの中には、リヨン、シャルケ、HSV、レンジャーズ、ベンフィカと、さらに5つのクラブが名を連ねているが、そうは言ってもこのクラスの売上高は、ランキング1位レアル・マドリーの3分の1程度でしかない。

経済力にこれだけ大きな格差ができてしまうと、ピッチの上の結果にもまた、それが反映することは避けようがない。チャンピオンズリーグでの実績を見ても、過去5年にベスト4に進出した延べ20チームの中で、三大リーグ以外のクラブは03-04シーズンのポルト(優勝)とモナコ(準優勝)、そして04-05シーズンのPSV(ベスト4)、わずか3つに過ぎない。バイエルン、リヨンといった国内リーグでは突出した存在感を誇るクラブですら、チャンピオンズリーグの舞台ではせいぜいベスト8がいいところなのである。

ヨーロッパには10年ほど前から、主要国のエリートクラブが顔を揃える「G-14」というビッグクラブ連合が存在している。しかし、そのメンバーである18クラブの間にも、三大リーグに所属し常に欧州の頂点を目指して戦う「メガクラブ」と、メガクラブになれなかった単なる「ビッグクラブ」という新たな格差が生まれつつある。今「メガクラブ」と呼べるのは、プレミアのマンU、チェルシー、リーガのマドリーとバルセロナ、セリエAのミラン、インテルという三大リーグそれぞれの二大巨頭に、先頃アメリカの大富豪をオーナーに迎え金満クラブの仲間入りをしそうなリヴァプールを加えた、計7クラブまでだろう。

アメリカ資本への身売り話のこじれからデイン副会長が辞任し、看板だったアンリを放出、ヴェンゲール監督の退任も近いと囁かれるアーセナルはかなり微妙な立場にいるし、セリエB降格を経て再生途上のユヴェントスが欧州の頂点を争うレベルまで復活するのには、まだ数年を要することになりそうだ。
 

バイエルンの賭け

その点で非常に興味深いのは、「マイナーリーグ」の中で最も盛況であるブンデスリーガのトップクラブとして長年君臨し、三大リーグ以外のクラブで唯一、売上高トップ10に名を連ねているバイエルン・ミュンヘンの動向である。

バイエルンは少なくともここ20数年間、日本のプロ野球界における讀売ジャイアンツのように特権的な存在としてブンデスリーガに君臨してきた。ドイツの他のクラブで頭角を現したプレーヤーは、数年のうちに、あたかもそれが当然であるかのようにバイエルンに吸い上げられていく。それはドイツ人でも外国人でも変わらない。ひとつのクラブがこれだけ独占的な地位(ピッチ上の結果だけの話ではなく)を確立しているというのは、ヨーロッパでも旧共産圏を除くと他には例がない。

だが、国内ではそれだけの存在感を誇示するクラブであるにもかかわらず、チャンピオンズリーグの舞台では、00-01シーズンの優勝を最後に、良くてベスト8というジリ貧状態に陥っている。しかも昨シーズンはブンデスリーガでも4位止まり。ビッグクラブの生命線ともいうべきCL出場権を失うという失態まで犯してしまった。

CL出場権の有無は、売上高に数十億円単位で影響するビッグクラブ経営の生命線である。それを失ったバイエルンは、「メガクラブ」化が進むヨーロッパの先頭集団についていけるか、それともこのままちぎれて単なる「ビッグクラブ」にとどまるか、その瀬戸際に直面している。

バイエルンは、三大リーグがバブルに突入した時代(90年代末と現在)にも、移籍金や人件費を低く抑える健全経営を貫いてきた。ただしそれが可能だったのは、国内での圧倒的な競争力によって、ブンデスリーガの他のクラブから自由に選手を引き抜くことができたがゆえ。それでもなお、ヨーロッパの舞台における「メガクラブ」との格差は、無視できないところまで拡大してきているのが現実だ。押しも押されぬ看板選手だったバラックに契約満了(=移籍金ゼロ)で逃げられるという昨夏の屈辱的な出来事は、それをはっきりと象徴している。

過去には例のないような大金を投じてトーニ、リベリ、クローゼといったビッグネームを獲得するという今シーズンの補強戦略から、このままだと「メガクラブ」化の波に置いていかれるという深刻な危機感を読み取るのは、難しいことではない。CL出場権を失ったにも関わらず、緊縮財政ベースの健全経営路線から、積極投資による拡大路線へ打って出る。決してリスクが小さいとは言えないこの戦略転換に踏み切るべきかどうか、クラブの内部ではかなり激しい議論が交わされたと伝えられる。だが最終的には、ヨーロッパのエリートクラブとしての生き残りを賭けて背水の陣を戦うという決断を下さざるを得なかった。そうでなければ、「メガクラブ」化を諦めるという選択肢しか残されていなかったからだ。

だがそれでもバイエルンにはまだ、先頭集団についていく可能性が少なからず残されている。それ以外の「マイナーリーグ」では、リヨンやPSV、セルティックのようなトップクラブにとってすら、ヨーロッパの頂点は手の届かない距離まで遠ざかってしまっているのが現実だ。

リーグアン5連覇と国内では圧倒的な強さを誇るリヨンも、CLでは今のところベスト8が最高位。しかも、今シーズンはマルダ、昨シーズンはディアッラ、その前はエッシェンと、毎年看板選手を手放すことを強いられている。これは「メガクラブ」がオファーするような高額の年俸を支払う資金力を持っていないためだ。

オランダのPSVにしても事情は同じ。ここ数年、いい選手から順番に売却しながら常にCLでベスト8以上に勝ち残るという、奇跡的な偉業を達成してきたが、これでいっぱいいっぱいなのは明らか。なにしろ、資金力だけで見れば、ヨーロッパのベスト20にも入らない売上高しかないクラブなのである。チームの精神的支柱だったコクーもついに引退。最近のフェイエノールトのように、一度CL出場権を失うとそのままずるずる後退していく危険は、つねに身近なところにある。

スコットランドのセルティックやレンジャーズに至っては、国内では圧倒的な強さを誇る強豪でありながら、CLに出場してもグループリーグを勝ち上がればそれだけで十分満足、というレベルにとどまっている。

ドメスティックな個性に満ちた魅力

しかし、ここまでの議論はすべて、ヨーロッパ、さらにいえばチャンピオンズリーグという大きな文脈での話である。それぞれの国内リーグに目を移せば、そこにはまた、CLとはまったく異なるそれぞれの現実が存在している。確かに、ヨーロッパという枠の中では「マイナーリーグ」かもしれないが、それ自体をひとつの完結した世界としてとらえるならば、そこにドメスティックな個性に満ちた様々な魅力を見出すのは、決して難しいことではない。

例えばブンデスリーガ。歴史的に見れば、バイエルンが常に別格の存在として君臨し、そこに今ならヴェルダー、シャルケ、シュツットガルト、ちょっと前ならレヴァークーゼン、もう少し遡るとドルトムントやカイザースラウテルンといったクラブが、その時々の「第二勢力」として台頭しては優勝を争うというのが、このリーグの一貫した構図である。その時々で脇役を変えながら展開される熾烈な順位争いは、毎年最後まで見る者を飽きさせない。

ワールドカップを契機に最新鋭のスタジアムを手に入れたこともあって、観客動員数も大きく増加し、リーグ全体の経済力も上昇基調に乗ってきた。この流れには、スタジアムの設備更新をはじめとするビジネス化の推進によって80年代後半の危機を脱し、現在の隆盛を築いたイングランド・プレミアリーグの歩みと重なるところが多々ある。国内マーケットが持つ経済的ポテンシャルの大きさを考えると、「マイナーリーグ」の中では唯一、三大リーグにキャッチアップする可能性を持っているといえるだろう。

リヨンが独走するその背後でマルセイユとPSGという大都市の有力クラブが低迷に苦しみ、その隙を縫ってリール、ボルドー、レンヌといった中堅どころが上位を窺うフランス・リーグアン、フェイエノールトが三強から脱落する一方で、コ・アドリアーンセ、ファン・ハールという理論派監督の下で着実に地力をつけたAZが上位に定着し、近年PSVの後塵を拝していたアヤックスが復活の兆しを見せ始めたエールディビジも、見どころは少なくない。スコットランドの武骨でタフなフィジカルサッカーにも独特の魅力があるし、セルティックには中村俊輔がいる。

都市に根ざした文化と価値観

単に、世界最高峰・最先端のサッカー戦術やスター選手の輝きを、純粋なエンターテインメントとして堪能したいというのであれば、マイナーリーグよりも三大リーグ、そしてチャンピオンズリーグの方が上に決まっている。しかし、マイナーリーグにはマイナーリーグなりの個性があり魅力がある。それは、それぞれの国やクラブが、長い歴史の中で地に足をつけて培い、守り続けてきた文化や価値観と深く結びついている。そして、どんなマイナーリーグのマイナーなチームにも、それを支えるサポーターがいる。それは、すべてのサッカークラブが、地元である都市に根ざしているからだ。

チャンピオンズリーグ、そしてその主役であるメガクラブを支えているのは、我々日本人も含め、衛星ペイTVの視聴料を払って画面にかじりつく世界中のサッカーファンである。しかしマイナーリーグのマイナークラブを支えているのは、地元のクラブが1部リーグで戦うことに誇りを持ち、残留からUEFAカップ出場まで、それぞれの身の丈にふさわしい目標を勝ち取ることを至上の愉悦とする、ローカルなサポーターである。

不偏不党のフットボール好きとして、あるいはCLで頂点を目指すメガクラブのファンとして、強いチーム、凄いプレーを堪能するのもいい。でも、それとは別に、マイナーリーグに贔屓のクラブを作って、ローカルなサポーターと同じように感情移入してみると、遠い日本にいる我々にも、TVの向こう側に違った風景が見えてくるかもしれない。そんな複眼的な楽しみ方を与えてくれるところもまた、欧州サッカーの魅力であり豊かさなのである。□

(2007年7月10日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。