11-12シーズン終盤、降格の危機に瀕していたジェノアのウルトラスが、チームの不甲斐ない戦いぶりに怒って試合を中断させ、選手にユニフォームを脱ぐよう要求した事件がありました。その裏事情をまとめたレポートです。

某イタリアサッカーサイトのツイッターアカウントでジェノアが2005年に八百長疑惑で3部降格した時のレポートを紹介していただいたので、それにお応えして。シエナも絡んでいることだし。

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4月22日にジェノアのスタディオ・ルイジ・フェラーリスで行われたセリエA第34節ジェノア対シエナで、ジェノアのウルトラスが約40分間に渡って試合を中断させるという事件が起こったことは既報の通り。

グラディナータ・ノルド(北スタンド=ゴール裏)に陣取っていたジェノアのウルトラス約200人が、力ずくでフェンスを乗り越えてバックスタンドに侵入、ピッチに発煙筒を投げ込んで主審に試合の中断を強いると、選手たちに対して「お前らには着る資格がない」とジェノアのシャツを脱ぐことを要求し、チームも一度は1人を除く全員がそれに応じた結果、ウルトラスも矛を収めて試合が再開されるという、前代未聞の屈辱的な顛末だった。翌日のマスコミ各紙は「ジェノア、ウルトラスに屈服」「カルチョの降伏」「シャツを脱げ:ウルトラスの勝利」といった見出しを掲げてこの事件を報じている。
 
ジェノアは、後半戦に入ってから深刻な不振に陥り、思ってもみなかったセリエB降格という悪夢に苛まれ始めていた。ちょうど1年前に同じ都市のライバル・サンプドリアが経験したのと瓜二つの状況である。2月初めにはEL圏をうかがう7位に位置していたものが、第21節を最後に11試合に渡って勝ち星から遠ざかり、一気に降格ゾーンぎりぎりの17位まで急降下。しかも下からは、終盤戦を迎えて調子をつかんだレッチェがわずか2ポイント差まで追い上げて来ている。

そんな状況で迎えたこのシエナ戦は、勝ち点で3ポイント上にいる相手との直接対決ということもあり、勝利以外の結果が許されない「決戦」と位置づけられていた。それまで抗議を続けてきたゴール裏も「この試合が終わるまではチームを支える」と宣言していたほど。事実彼らは、試合が始まると力強いチャントでジェノアをサポートした。

すべてが変わったのは前半17分、シエナのブリエンツァが角度のないところからのFKで直接ゴールを狙い、ジェノアのGKフレイの虚を衝いて先制に成功してから。これでジェノアは張りつめた糸が切れたように力を失い、2分後にはやはりセットプレーから2点目を献上、その後もシエナに一方的な支配を許して、37分には3点目を喫してしまう。

0ー2まではチームをサポートしていたものの、その後は沈黙して試合を見守っていたウルトラスの一部は、ハーフタイムになるとバックスタンドに向かう不穏な動きを見せ、それを制止しようとするスチュワードと小競り合いを始める。後半が始まった時点ですでに、バックスタンドとピッチを隔てる透明な強化プラスチックのフェンスの向こう側には、ゴール裏から侵入してきた100人を超えるウルトラスが固まっていた。

そして後半4分、あまりにもたやすく0-4のゴールが決まる。ウルトラスがピッチに発煙筒と爆竹を投げこんで試合を中断に追い込んだのは、それから間もなくのことだった。中断を宣言したパオロ・タリアヴェント主審をはじめとする審判団、そしてシエナの選手たちがロッカールームに消えた後、バックスタンド中央に設置されているロッカールームへの通路を覆う蛇腹式の幌(選手の入退場時にピッチに伸びてくるあれ)の上に数人のリーダーが陣取り、ピッチ中央に集まって成り行きを見守るジェノアの選手たちに、「ここに来い」と呼びかける。

すでにこの時には、警備責任者代理の立場にあるジェノヴァ警察の副署長、そしてクラブのオーナーであるエンリコ・プレツィオージ会長が、観客席からピッチに下りて来ていた。その同意を受けて話し合いに向かったキャプテンのマルコ・ロッシに対してウルトラスが突きつけたのは、試合を続行したければ、ジェノアのシャツを脱いで続けろ、というまったく理不尽な脅迫だった。「お前らにこのシャツを着る資格はない。もし脱がなければどうなるかわかっているだろう?」。

近年はイタリアでもスタジアムの警備と安全確保は一般のボランティアであるスチュワードにほとんどが委ねられており、派遣されている警官隊は20人程度。しかもその大半はロッカールームで審判団とシエナの選手を警備していたため、もし200人からのウルトラスがピッチに侵入を試みるようなことになれば、大混乱になることは明らかだった。それでも警察の副署長はロッシに対し、脅迫に屈服することがあってはならないとして、要求に従わないよう強く求めたとされる。しかしそれに対して、シャツを脱いでウルトラスに届けるようロッシに命令を下したのは、ほかでもないプレツィオージ会長だった。

プレツィオージはこの翌日、「これ以上重大な事態が起こるのを避けるため、良識に従って判断した。シャツを渡せば連中も気が収まるだろう、我々は新しいシャツを来てプレーすればいい、とロッシに言っただけだ」とコメントしている。しかし、クラブのオーナー自らが、チームカラーに染められたシャツを選手から取り上げ、脅迫しているウルトラスに渡すよう命じるというのは、どう考えてもあってはならない話である。これが象徴的にどれだけ重大な意味を持つのかは、翌日の見出しに踊った「降伏」「屈服」といった言葉が語る通りだ。にもかかわらずシャツを脱ぐよう命じた理由はひとつしかない。それは、試合が中断したまま再開できなければ、ジェノアがその責任を問われて勝ち点減の処分を受けることは避けられなかったからだ。1ポイントを争う残留争いにおいて、この処分は致命的な重みを持ちかねない。プレツィオージは、残留という目先の経済的利害のためウルトラスに誇りと魂を売り渡した、と言われても反論の余地はないだろう。

実のところ、プレツィオージがこの種の振る舞いに出たのはこれが初めてではない。セリエBで昇格争いの主役を演じていた2004-05シーズン、引き分け以上でA昇格が決まるという最終戦で、対戦相手だったヴェネツィア(すでに降格が確定していた)のスポーツディレクターに現金100万ユーロを渡して買収したという前科があるのだ。ジェノアはこの試合に勝ってA昇格を祝ったが、直後に買収が発覚してクラブは昇格どころかセリエC1降格の処分を受け、プレツィオージはセリエAを戦うために獲得していたディエゴ・ミリートとエゼキエル・ラヴェッシを泣く泣く手放す羽目に陥ったのだった。

しかし今回は、シャツをウルトラスに渡すという、いわば「カルチョの葬式」とでも呼ぶべき事態は、最後の最後で避けられることになった。ジェノアの選手の中に1人だけ、シャツを脱ぐことを拒否して自らウルトラスとの直談判に及び、説得に成功した選手がいたからだ。この日FWとして先発出場し、中断直前の後半8分に途中交替でピッチを去っていたジュゼッペ・スクッリである。彼はピッチ側からウルトラスが陣取る幌によじ登ると、リーダーの中でも一番のボス格であるマルコ・コブレッティ(通称「コブラ」)と抱擁を交わし、耳元で言葉を交わす。「俺は脱がない。マルコ、もし脱がせたければお前が下りてこい」「試合を続けさせろ。勝ち点減の処分を受けたら終わりだ」。

スクッリのこの説得に応じたウルトラスは矛を収め、試合は40分の中断を経て再開されることになった。残る30分あまりのプレーは単なる儀式以上のものではなく、試合はシエナのオウンゴールによる1点を加えて1-4で幕を閉じた。

シャツを渡すという形でウルトラスの脅迫に屈服することなく、また彼らのピッチ乱入という事態を引き起こすこともなく、試合を再開して終了に漕ぎ着けたという点から言えば、今回の事件全体をめぐるリスクマネジメントは、一定の評価に値すると言うこともできなくはない。しかし、ウルトラスがあまりにもたやすくバックスタンドに侵入し、試合を中断させるに至った経緯を考えれば、スタジアムの安全管理がまったく不十分だったこともまた明らかだ。

とはいえ、なぜウルトラスはあれだけ強硬にシャツを脱ぐことを要求しながら、スクッリの説得をすんなりと受け入れたのだろうか。その理由を探るためには、ジュゼッペ・スクッリという選手について少し知る必要がある。

1981年生まれの31歳。南イタリア・カラブリア州で生まれ、15歳でユヴェントスに引き抜かれて育成部門で4年間を過ごした後、セリエBのクロトーネ、モデナ、Aのキエーヴォ、メッシーナなどでプレーし、06-07シーズンからはユーヴェ時代の恩師ジャンピエロ・ガスペリーニ率いるジェノアで足かけ5シーズンを過ごす。昨冬にラツィオに移籍したが、1年後の今年1月レンタルで古巣に戻って来ていた。

これだけならどこにでもいる並の選手のバイオグラフィでしかないが、彼のキャリアにはひとつの汚点がある。クロトーネ時代の00-01シーズンに、八百長工作に関わって8ヶ月の出場停止処分を受けているのだ。その八百長は非合法の闇サッカー賭博と関わっており、それをコントロールしていたと見られているのが、カラブリア州のマフィア組織「ンドランゲタ」。スクッリの祖父ジュゼッペ・モラービトは、その中でも有力なファミリーのドンで「ティラディリット(猪突猛進)」の異名を取る武闘派なのである。現在は逮捕されて服役中だが、指名手配中だった当時、祖父について訊かれたスクッリは平然とこう答えている。「祖父は何も悪いことなどしていない。人々のために尽くしてみんなから感謝されている。僕は誇りに思っている」。

こうしたバックグラウンドゆえか、スクッリはジェノアの中でも、ウルトラスと最も密接な関係を持っている1人である。直談判の相手だった「コブラ」ともかねてから昵懇の仲であり、その「コブラ」と並ぶゴール裏のボス格(極右政治団体の構成員)が銃器不法所持で逮捕・服役した出所祝いのパーティに出席していたという前歴もある。今回の事件に関して取材を受けた別のリーダーはこう語っている。「スクッリ?あいつは俺たちの一員だ」。ウルトラスと最も深く癒着していたからこそ、そのウルトラスへの屈服からクラブを救い出す“英雄”になり得た――。カルチョの世界が抱え込む巨大な矛盾がここに表れている。■

(2012年5月3日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」#240)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。