03-04秋のミラノダービーのマッチレポートを上げたオマケに、それから間もなくクビになったクーペル監督の後を継いだアルベルト・ザッケローニのインテル、就任3ヶ月目のレポートを。

このシーズンの展開と、その後ほかでもないロベルト・マンチーニに監督の座を奪われた顛末については、拙著『増補完全版 監督ザッケローニの本質』に、モラッティなどの証言つきで詳しく記してありますので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

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「2ヶ月半でチームが抱えていた問題を全て解決し、目指すサッカーが実現できるほどこの世界は甘くない。しかしこれだけは確信を持っていえる。インテルは正しい方向に向かっている」

束の間のクリスマス休みが終わり、セリエA再開を目前にしていたアッピアーノ・ジェンティーレの練習場での記者会見。インテルのアルベルト・ザッケローニ監督は、いつも通り淡々と、落ち着いた表情でこう語った。

ミラノ・ダービーでの惨敗に端を発するチームの躓きと消極的な采配に対する周囲の批判に業を煮やした形で、マッシモ・モラッティ会長がヘクトル・クーペル前監督の解任を決断したのは、昨年10月19日のこと。開幕からまだ6試合しか過ぎていない上に、同じような形で監督交代に踏み切った98-99シーズン(シモーニ→ルチェスク)、00-01シーズン(リッピ→タルデッリ)が、いずれも惨憺たる結果に終わった苦い記憶もあって、この性急な決断に対しては賛否両論あった。

マスコミや評論家の間では解任を支持する声が多数派だったが、サポーターの主流派はクーペル支持。サン・シーロのゴール裏には「クーペルを会長に!」、「8年間我慢してきたが、これからは容赦なく叩くから覚悟しろ」という横断幕が翻ったほどだ。モラッティ会長がインテリスタからここまで公然とした抗議を受けたのは、これが始めてのことだった。

しかし、それから2ヶ月半が過ぎた現時点から振り返って見れば、この監督交代はインテルにとって「吉」と出た側面が大きいように思われる。

最も肝心な「結果」という観点だけから見れば、ここまでの数字は期待外れとはいえないものの、決して100%満足できるものではない。

何より悔いが残るのは、監督交代時には安泰に見えたチャンピオンズ・リーグのベスト8進出を、最後の最後で逃してしまったことだろう。ザックが采配を執った後半3試合は、2分1敗という不甲斐ない成績。UEFAカップに回って欧州戦線で戦い続けられることが、せめてもの慰めである。

一方セリエAでの歩みは、就任からの10試合で7勝1分2敗(勝ち点22・第16節終了時点)と順調だ。11月から12月にかけて6連勝した後、クリスマス休みを挟んだここ3試合で1勝2敗とやや失速した感はあるが、10試合という単位で見れば、首位を走るローマに次ぐペース(1試合平均2.2ポイント)を保っており、順位も6位から4位に2つ上がった。ただし、首位とのポイント差は7から8へと増えており、悲願のスクデットが今年も厳しい状況であることに変わりはない。

しかし、何よりもポジティブな材料は、ピッチの上で展開されるゲームの「内容」が大きく改善されつつあることだ。クーペル時代の煮え切らないリアクションサッカーから、相手に関わらず積極的に主導権を取りに行くアグレッシブなサッカーへ、インテルは明らかな変貌を遂げつつある。これは、今シーズンの後半、そしてその先の未来に大きな希望を持たせる要素だろう。

ザッケローニ就任後、目に見える最も大きな違いは、基本となるシステムが4ー4ー2から3ー4ー3に変わったことだ。

スピードと読みに優れたコルドバ、カンナヴァーロ、高さのあるマテラッツィ、アダーニと、優秀なセンターバックを揃えたインテルには、4バックよりも3バックの方が適しているというのは、クーペル監督時代の昨シーズンから続いてきた議論。その意味で3バックの採用は、ごくロジカルで自然な選択だろう。

前線にしても、豊富なFW・ウイング陣(ヴィエーリ、クルス、レコーバ、マルティンス、ファン・デル・メイデ、キリ・ゴンザレス)をより効果的に活かそうと考えれば、2トップよりは3トップという選択は理に叶ったものといえる。

「しかし」とザックは強調する。

「最も大事なのは、チームが正しいメンタリティを持つことだ。3ラインの距離を常に短く保って相手にスペースを与えず、困難に陥れてボールを奪うアグレッシブなサッカーを貫く。これが私のアイディアだ。インテルは頂点を目指すチーム。相手が誰であっても自分たちが主導権を握って戦うことを目指すべきだ」

クーペル時代のインテルは、まず失点しないことを第一に守備を固め、攻撃はカウンターと個人技に頼るディフェンシブなサッカーが身上だった。今シーズンは、ボールポゼッションの質を高めるとともに、サイドを積極的に使ったスピードある攻撃を目指したものの、結局ピッチの上で実現できずに終わる。解任のきっかけとなった10月5日のミラノダービー(1ー3で完敗)、ミランに押し込まれた前半半ばに、攻撃の鍵となるべきウイングのファン・デル・メイデを引っ込め、サイドバックのヘルヴェグを入れた采配は、チームに戦術的なアイデンティティを与えられなかったクーペルの限界を象徴する試合だった。

それと好対照をなしたのが、ザッケローニ就任から1ヶ月あまりを経た11月29日に迎えた、ユヴェントスとのアウェー戦だった。「イタリアダービー」という呼び名も今は昔、過去10年以上全く勝つことができなかったデッレ・アルピで、インテルは強豪ユーヴェに真っ向から勝負を挑んだ。
爆発的なスピードを誇るがアナーキーなマルティンス、ヘディングが強くキープ力もある上に、戦術センスに優れたクルスという相互補完的なふたりのアタッカーを、右ウイングのファン・デル・メイデがサイドからサポートするというやや変則的な3トップは、ユーヴェのDFラインを何度も混乱に陥れる。結果は3ー1。新監督のいう「正しいメンタリティ」を90分を通して保ち、アグレッシブに戦ったインテルの完勝、といっていい内容だった。

このユーヴェ戦、そしてその後の試合が与える最も強い印象は、攻守両面にわたって組織的なメカニズムがチームに浸透しつつあるということ。チームは常にコンパクトな陣形を保ち、守備では激しいプレッシング、攻撃に転じれば最終ラインのDFも押し上げて組み立てに参加する。カンナヴァーロがロングシュートを決める(第9節レッジーナ戦)など、クーペル時代には考えられなかったことだ。

ウディネーゼ、ミラン、そして現在のインテルと、ザッケローニの下で7年もプレーする門下生、デンマーク代表のトーマス・ヘルヴェグはこう語っている。

「監督がすごいのは、自分が要求することをはっきりと、しかもわかりやすく選手に伝える能力。何をどういうふうにやらせたいのかが明確だから、ぼくたちもピッチの上ですぐに実践することができる」

守備の要、ファビオ・カンナヴァーロは、さらに具体的に説明する。

「戦術的な指示がすごく細かくて、この状況では誰が飛び出してその後ろはこうカバーする、もし当たりに行った選手が抜かれたら次はこうする、という決まりごとがすべてはっきりしている。そこのところが曖昧だと、実際のピッチの上ではひとりひとりが自分の感覚で勝手に動いてしまうから、組織としてうまく機能しない。その点は新監督になってから大きく改善された部分。毎日の反復練習で戦術がチームに浸透し、コンパクトな陣形を保ってアグレッシブに戦えるようになった」

以前から、リッピやアンチェロッティと並ぶイタリア屈指の“戦術インストラクター”という評価を受けるザックの手腕を窺わせるコメントだ。

ザッケローニに対しては、クーペル解任に反対してモラッティ会長に抗議したサポーターも、当初から好意的な姿勢をはっきり打ち出してきた。サン・シーロのゴール裏に、会長を批判する横断幕と同時に「ようこそザック」という横断幕がかかっていたことは象徴的だ。

実はザッケローニは、子供の頃から筋金入りのインテリスタ。父上の経営していたホテルの名前が「アンブロジアーナ」(インテルが戦前の一時期名乗っていた名称)だったというのは、よく知られたエピソードだ。ライバルのミランでスクデットを獲得したにもかかわらず、インテルサポーターから好意的に受け入れられたのも、これが大きな要因のひとつといわれる。

しかしもちろん、現実は薔薇色の世界だけで成り立っているわけではない。

スクデットから遠ざかって14年。インテルの周辺にはほとんどいつも、「今年こそは」という期待と焦りが入り交じった余裕のない空気が立ちこめ、それが過大なプレッシャーとなって自らを押しつぶすという悪循環が繰り返されてきた。

今シーズンもまた、「内容」はともかく「結果」に限ってみれば、チャンピオンズ・リーグからはすでに滑り落ち、スクデット獲得もかなり望み薄な状況にある。現実的な目標は、スクデットは難しいとしても最後まで優勝戦線に食い下がること、そしてUEFAカップかコッパ・イタリアのどちらかを勝ち取ることだろうか。仮にそこからも遠ざかるようなことになれば、またいつもの焦りやイライラがインテルの周囲に立ちこめてくることは容易に想像がつく。

事実、1月10日のパルマ戦で敗北を喫して、首位との差が8ポイントに開いただけで、マスコミは早くも「スクデットはもう無理」「インテルに不振の兆し」と危機説を煽り始めている。

そうした空気は、チームの内部にも容易に伝染するものだ。パルマ戦敗北のすぐ後には、ウディネで行われるコッパ・イタリア準々決勝の遠征メンバーに入っていた攻撃の大黒柱ヴィエーリが、出発直前になって膝の不調を理由に参加を拒否したという“事件”も表面化。監督との確執が取り沙汰され、昨夏ヴィエーリの獲得に乗り出したチェルシーに、この冬の移籍マーケットで譲渡する(その後釜にはパルマからアドリアーノを呼び戻す)という話までが飛び出している。

これが単なる噂で終わるのか、それとも具体化するのかは、本稿執筆時点では知るべくもない。しかし規律に厳しく、すべての選手を公平に扱うことを基本原則とするザックと、ピッチ上のパフォーマンスに議論の余地はないものの、やや我儘で時に集団の和を乱す行動を取ることもあるヴィエーリは決して相性がいい関係ではない、と以前から囁かれていたことは事実。

就任3ヶ月目に訪れたこの最初の障害は、チーム・マネジメントには定評のあるザッケローニの手腕を、改めて問うものになるだろう。これをどう乗り切るのかによって、今シーズンのインテルの運命も大きく左右されそうな予感がある。

「今シーズンが“つなぎ”の年だなんて思わない。インテルは今、ザッケローニの指導をスポンジのように吸い込んで、すごい勢いで成長しているから。確かにチームはまだ“工事中”で矯正すべき欠点はあるが、心配は全然していない。後半戦はインテルが主役になってカンピオナートを仕切らせてもらうつもりだよ」

つい数日前、GKフランチェスコ・トルドはこう語っていたが、果たして……。■

(2004年1月8日/初出:『Sports Yeah!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。