21世紀に入って以来、ミラノダービーの9割方はスタジアムで観戦してきました。今回はその中から、ちょっと古いマッチレポートを。インテルの監督がクーペルからザッケローニに替わる決定的な引き金となった03-04シーズン秋のダービーです。当時は両チームともCLで優勝を狙うレベルだったんですよね……(遠い目)。

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クーペルの顔面蒼白

「この敗北をサポーターに説明する言葉がみつからない。全員の怒りを解くことが不可能なことはよくわかっている。私は心から勝利を信じていた。試合の前日に『2ー0で勝つ』とあえて口にしたのもそれゆえだ。異なる結果になって本当に残念だ」

試合終了からほぼ1時間後、やっとプレスルームに姿を現したインテルのヘクトル・クーペル監督は、いつもの訥々とした口調で記者の質問に答えた。しかしその顔面は蒼白、悲痛な表情からは、完敗というよりも惨敗という言葉の方がずっと似合う、屈辱的な敗北のショックがありありと見て取れる。それでも、自らを勇気づけるようにしてこう続けた。

「私は戦い続ける。自分の仕事を、そしてこのチームには重要なタイトルを勝ち取る力があることを信じているから。全員が一丸となってこの敗北から立ち直る道を見いだせば、きっと勝利を掴めるはずだ」

だが、それから数日経ったいま、インテルの周辺ではクーペル監督の立場を巡るきな臭い噂が絶えない。曰く、マッシモ・モラッティ会長はすでにクーペルを見限った、今すぐ解任に踏み切らないのは、かつてシーズン途中で監督を解任した後の悲惨な結末が身にしみているからであり、もはやクーペルが死に体であることに変わりはない。曰く、これからの数試合で躓くことがあれば解任は確実、後任はアルベルト・ザッケローニ(元ミラン、ラツィオ)、コッラード・ヴェルデッリ(インテル助監督)、フランチェスコ・グイドリン(元ボローニャ)、ディノ・ゾフ(元イタリア代表監督)のうちの誰か。曰く、来シーズンの監督はロベルト・マンチーニで決まっており、すでにフロントも含めた大粛正の準備が始まっている。曰く……。

マンチーニの影

このダービーまでのインテルの歩みは、少なくとも結果を見る限り、決して非難されるようなものではなかった。セリエAでは2勝2分(勝ち点8)で首位から2ポイント差の4位、CLでも2戦2勝(勝ち点6)でグループ首位、しかも初戦ではアウェーでアーセナルを3ー1と粉砕している。公式戦6試合で失点はゼロ。

にもかかわらず、ダービーとはいえ、たった1試合の敗北でクーペル監督の立場は大きく揺らぐことになった。この振幅の大きさは一体何なのか。それを理解するためには、少し時計の針を戻す必要がある。

昨シーズン終了直後、インテルの内部では、クーペル続投か否かを巡って大きく意見が分かれたといわれる。最終戦まで首位を走りながらラツィオ戦に敗れてスクデットを逃した1年目、チャンピオンズ・リーグ決勝への切符を賭けたミランとのダービーに勝てず、再び無冠に終わった2年目の昨シーズン。さらに、欧州カップの決勝で3連敗というスペイン時代の“実績”もあって「クーペルでは決してタイトルは勝ち取れない」という声も少なくなかった。後任候補の一番手だったマンチーニは、ラツィオとの契約更新を保留して、インテルからの連絡を待ち続けていた。

しかし、モラッティ会長は最終的にクーペル続投の決断を下す。

「この2年の成績は決して悪くはない。いま大事なのは継続性だ。2年間の積み重ねをここでご破算にするのは馬鹿げている。しかし、私は単なる道楽でインテルに資金を注ぎ込んでいるわけではない。次のシーズン、クーペルは絶対にタイトルを勝ち取らなければならない。もちろん、そのために必要なサポートは惜しまないつもりだ」

この言葉通りインテルは、クーペルが2年越しで獲得を求めてきた左右のウイングプレーヤーを補強し、サイド攻撃を重視した4ー4ー2システムを信奉するクーペル監督の戦術的要請に則したチームを作り上げて、新シーズンに望むことになった。右サイドにはアンディ・ファン・デル・メイデ(アヤックス)とルシアーノ(キエーヴォ・ヴェローナ)、左サイドにはクーペルの“愛弟子”ともいうべきキリ・ゴンザレス(ヴァレンシア)と、新戦力はいずれもトップクラスのウインガーである。

満足のいくチームを手にして開幕を迎えたクーペル監督は「インテルは昨シーズンよりもいいサッカー、美しいサッカーをしなければならない。もちろん一番大事なのは勝つことだが、それはその結果として起こるべきだ」と勇気を持って明言した。中盤でボールがつながらず、前線への放り込み一辺倒だった昨シーズンまでのサッカーを見直し、ボールポゼッションの質を高めるとともに、サイドを積極的に使ったスピードある攻撃を展開すること。これが、クーペルの掲げたインテルのあるべき姿だった。

しかし、開幕からの戦いぶりは、結果はともかく内容的には、まだこの監督の狙いをピッチの上で表現するには至っていない。ディフェンスこそ安定しているものの、ボールを奪ってからはシンプルにサイドに展開するよりも、ハヴィエル・サネッティ、エムレ・ベロゾグルといった選手がドリブルでこねくり回すことが多く、スムーズに前線にボールが届く場面が少ないのだ。

監督があれほど望んだ両ウイングも中途半端な位置でのプレーが多く、サイドを突破して深い位置からクロスを上げる場面はごく稀にしか見られない。事実、ダービーに臨むまでの6試合で、サイドからのクロスを得点に結びつけた場面はまだ皆無。3ー1で圧勝したチャンピオンズ・リーグのアーセナル戦にしても、得点シーンはいずれも、相手が不用意に前がかりになったところでボールを奪いカウンターで仕留めたものだった。ディフェンスに細心の注意を払うイタリアのチーム相手には、そうそう再現されることのないシチュエーションである。

アーセナル戦を除くと、得点はマルコ・マテラッツィの直接FKとクリスチャン・ヴィエーリが無理やりねじ込んだゴールが、それぞれ2点ずつあるだけ。守備はともかく攻撃に関しては、せっかくの新戦力を組織として生かし切っているとはいえない、試行錯誤の状況が続いていた。

それでもクーペル監督は、ダービー前日の会見で力強くこう言い切った。

「明日の予想?2ー0でインテルが勝つ。今回は我々が優位にあると思っている。昨シーズンも、もしライバル相手の直接対決をひとつかふたつでも勝っていれば、スクデットを勝ち取ることができたはずだ。今こそ、強豪相手に勝ち星を挙げるべき時だ」

アンチェロッティの余裕

同じくダービー前日、ミランのカルロ・アンチェロッティ監督は、こう語るとにやりと笑って記者会見の席を立った。

「水曜日のセルタ・ヴィーゴ戦(0ー0の引き分け)は本当にひどい内容だった。誰よりも先に私自身がそれを認める。でもチームは着実に調子を上げつつある。本当の姿を見せるまであとどのくらいかかるか?一晩あれば十分だ。明日のダービーでは、すばらしい試合をお見せできると信じている。どうしてそんなことが言えるのかって?それは私が楽観主義者だからだよ」

昨シーズン、チャンピオンズ・リーグとコッパ・イタリアの二冠を勝ち取り、“勝てない男”“永遠の二番手”というレッテルをついに返上して以来、その態度には落ち着きと自信が大きく増したように見える。

開幕からダービーに至るミランの戦いは、セリエAでは3勝1分で首位タイ、チャンピオンズ・リーグでも1勝1分でグループ首位と、結果こそ順調だとはいえ、内容的にはいまひとつ消化不良感が残るものだった。高い個人技術を背景にボールポゼッションは保つものの、攻撃にスピードがなくシュートにつながる最終局面をなかなか作り出せない試合が多かったからだ。

会見で「いつになったらミランの本当の姿が見られるのか?」という質問が飛んだのも、まさにそれゆえだった。この日、ミラネッロで話を聞いたネスタも「昨シーズン序盤のような美しいサッカーがまだできていない。あと一歩なんだけど」と語っていたものだ。

今シーズンのミランは、財政的な理由もあり、昨年のメンバーをほぼそのまま残す文字通りの“継続路線”で開幕に臨んだ。新戦力は、ローマから移籍金ゼロで獲得したカフー、監督の構想から外れたデメトリオ・アルベルティーニとの交換でラツィオから獲得したジュゼッペ・パンカロというふたりのサイドバック、そしてブラジル代表の若き新星カカの3人だけ。

その中で21歳のカカは、8月半ばにチームに加わると、すぐにアンチェロッティ監督を魅了し、チームメイトに一目置かれる存在になった。テクニックの高さはもちろん、思い切りのいいドリブルやパス&ゴーで素早く敵を抜き去り、一気に数的優位を作ることで攻撃に縦のスピードを与えるそのプレースタイルは、どちらかというと攻撃をスローダウンしがちなルイ・コスタやリヴァウドとは異なる、そして指揮官が求めるトレクァルティスタ像により近いものだったからだ。

“将来への投資”として獲得した若きタレントは、こうしてミランにとって最も貴重な新戦力となった。事実、アンチェロッティ監督は、CLのアヤックス戦、そしてこのダービーと、ベストメンバーで臨むべき最も重要な試合では、いずれもルイ・コスタをベンチに置き、カカを先発で起用することになる。リバウドにはもはや、ベンチにさえ居場所がなくなっていた。

21歳カカの独り舞台

そして迎えた10月5日。試合開始直前の応援合戦で、サン・シーロをの大部分を埋めた6万人を超えるインテリスタに、クルヴァ・スッド(南側ゴール裏)に陣取ったアウェーのミラニスタがキツい一発をお見舞いする。選手入場とともにクルヴァを覆ったのは、「お前らの夢は俺たちが実現してやる」というスローガンが書かれた横断幕と、“ビッグイヤー”(欧州チャンピオンズ・カップ)を誇らしげに掲げる二本の腕が描かれた20×40mほどの巨大なフラッグだった。

昨シーズンのCL準決勝ダービーで、2試合ともに引き分けながら敗退しなければならなかった悔しさを今度こそ晴らそうと意気込むインテリスタにとっては、神経を逆撫でされるような、いや傷口に塩を擦り込まれるような仕打ちである。こういう“からかい”と“侮辱”を分けるギリギリのところで(悪)知恵と(ブラック)ユーモアを競い合うえげつない応援合戦も、ダービーの興趣のひとつには違いない。

さて、午後8時31分にキックオフの笛が吹かれた後、最初の15分はまずまず均衡した展開だった。しかしその後徐々に、ミランが中盤の攻防を支配していく。故障から復帰して左SBに入ったパンカロの積極的な攻撃参加やクラレンス・セードルフのドリブル突破で、インテルの守備網を穿ち始めたのだ。CBが本職のカハ・カラーゼとは違ってSB専業だけに、パンカロの攻め上りはスムーズで効果的。右サイドのカフー共々、サイドバックが攻撃に加わる頻度が大きく高まったことで、ともすると中央に集中しがちだったミランの組み立てには大きな幅と奥行きが加わっていた。

再三右サイドを破られたことに危機感を抱いたクーペル監督は、早くも前半35分に修正に走る。右ウイングのファン・デル・メイデに替えて右SBのトーマス・ヘルヴェグを投入し、ハヴィエル・サネッティをウイングの位置に上げたのだ。「15分過ぎから中盤のコントロールを失ってしまった。ファン・デル・メイデは適切なポジションが取れなかった」と指揮官は試合後に振り返ったが、攻撃の決め手となるべきウイングをたった35分でベンチに引っ込めるこの消極的な采配は、後で大きな非難を浴びることになる。アンドレア・ピルロのFKがフィリッポ・インザーギの頭に偶然当たってゴールに飛び込むという幸運な形(←2007年のCL決勝とまったく同じw)で、ミランが先制点を挙げたのは、その3分後のことだった。

後半、クーペル監督はカロンに替えてマルティンスを投入、同時にヘルヴェグを中盤右サイド、Jサネッティを中盤センターに移動させた3ー5ー2へのシステム変更を指示して、チームをピッチに送り出した。ところが、後半開始からわずか30秒、チームの守備陣形さえまだ固まっていない段階で、カカにヘディングシュートを決められ、痛い2点目を喫してしまう。「あの2ー0は大打撃だった。あれが試合の流れを決定づけてしまった」というクーペルのコメント通り、この失点でインテルは完全な混乱に陥った。ミランの一方的な攻勢の前に自陣に押し込められて後半のほとんどを過ごすことになる。

2ー0となった後もミランはかさにかかって攻め立てる。一旦ボールを支配すると、ふたりのCB(ネスタ、マルディーニ)と逆サイドのSB、そしてピルロの4人を後方に残し、6人が躊躇なく敵陣深くまで攻め込む大胆さは、イタリアのチームとはとても思えないほど。守備専業の“番犬”と思われがちのガットゥーゾですら、積極的に攻撃をサポートして、しばしば前線に走り込む。後半開始直後に決まった2点目も、ガットゥーゾが左足(!)で送ったクロスを、カカが頭で合わせたものだった。

前後半を通じてミランの攻撃のキーマンとなったのは、まさしくそのカカだった。トップ下でダイナミックに動き、ほぼ必ずマークを外した状態でパスを受けると、ドリブルとパスを絶妙に使い分けて一気に攻撃を加速させる。エリア内にフリーで走り込んでフィニッシュに絡むFW的なプレーを積極的にこなすところも特徴的だ。

クーペル監督は後半21分、もうひとりのウイング、キリ・ゴンザレスまでも引っ込めて、左サイドバックのブレシェをピッチに送った。これはキリが筋肉の異常を訴えたためだったことが後に明らかになるが、その場では、0ー2で負けているにもかかわらず、攻撃的な選手に替えて守備的な選手を投入するという、不可解そのものの采配に見えた。

その10分後、シェフチェンコに3点目のゴールを喫するに及んで、サン・シーロにはインテリスタの怒号が巻き起り、多くの観客が席を立って帰途につき始めた。

怒号の矛先が向けられたのは、不甲斐ないプレーしか見せられなかった選手たちに対してではない。その証拠に、普段ならこういう場合味方に浴びせられるはずのブーイングの口笛は一切聞こえなかった。標的は、チームに戦術的なアイデンティティを与えられない、それどころか自ら望んで手に入れた最大の武器たる両ウイングをディフェンダーと交代でベンチに退けるという負け犬的な采配で敗北を受け入れた(少なくともサポーターにはそう見えたはずだ)クーペル監督だった。33分にマーティンスが一矢報いたものの、それも焼け石に水以外の何物でもなかった。

モラッティ会長は、試合終了直前に席を立つと、怒りに満ちた表情で無言のままスタジアムを去った。そして翌日から、クーペル監督の“裁判”が始まった。□

(2003年10月8日/初出:『Sports Yeah!』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。