99年の6月、このページに「バブルの予感」という文を書いた。話の大筋は、移籍金相場の無軌道な上昇と選手の年俸の急騰が、クラブの財政を圧迫しており、このままだと近い将来、バブルが弾けたとしても何の不思議もない、というもの。それから2年、状況はまさしく危惧された方向に進んでいる。つまるところ、破綻への道を着実に歩んでいるということだ。
 
それを象徴するのが、当時は「ビッグ7」の一角を占めるといわれていたフィオレンティーナが直面している破産の危機。このクラブの経営が危機的な状況に瀕しているというのは、実は以前から知られていたことだが(これについても以前一度取りあげたことがある=「フィオレンティーナの危機」)、ついにそれがのっぴきならない形で表面化した。

先月26日に開かれた、6月末の決算期を控えた役員会で明らかになったのは、クラブが300億リラ(約160億円)を越える負債を抱えていること、そして、もし7月12日までに、当面の負債である1320億リラ(約70億円)を返済できない場合には、来期のセリエAにチームとして登録できなくなるという事実である。

役員会の後、2人の監査役がフィレンツェ裁判所にクラブの財務状況を報告、これを受けた破産裁判官は、フィオレンティーナが債務超過・支払い不能に陥っている可能性があるとして、調査に乗り出している。

その3日前に、この1月から代表取締役執行副会長としてクラブの実権を握ってきたマリオ・スコンチェルティ(元『コリエーレ・デッロ・スポルト』編集長)が、ヴィットリオ・チェッキ・ゴリ会長との意見の相違を理由に突如辞任を表明した時から、すでにトラブルの予感はあった。

スコンチェルティ自身、「私から見ればクラブの財政は破綻寸前だ。しかしチェッキ・ゴーリ会長はそうは思っていないらしい。これだけ認識が異なる以上、私がこのまま仕事を続けることはできない」と発言していたからだ。

いずれにせよ、フィオレンティーナが破産という最悪の状態を回避する唯一の方法は、手持ちの資産、すなわち選手を売り払って現金を手当てし、負債を穴埋めすることだ。戦力的には大幅な低下が避けられないが、それでも破産よりはずっとましである。

ルイ・コスタ(評価額700-800億リラ)、トルド(同500億リラ)、キエーザ(同400-500億リラ)、ヌーノ・ゴメス(同300-400億リラ)といった主力選手のうち、最初のふたりに関しては、28日、パルマとの間で総額1400億リラで売却するという合意が成立した。

しかし、まったく報告も相談も受けず、一方的に売り飛ばされた格好のルイ・コスタとトルドは、共に移籍を拒否する姿勢を示しており、この交渉が締結に至るかどうかはまだ微妙。

もしこのままこじれて、12日までに当面の負債を返済するメドが立たなくなれば、フィオレンティーナは深刻な危機に瀕することになる。かつて、90年代前半には、ボローニャがセリエC1から、ピーサに至ってはアマチュアのディレッタンティ(5部リーグ)からの再出発を、それぞれクラブの破産によって余儀なくされた例があるのだ。

しかし、もっと大きな問題は、財政的に深刻な状況に陥っているクラブが、フィオレンティーナだけではないという事実である。1ヶ月ほど前、COVISOC(イタリアサッカー協会クラブ経営調査委員会)のヴィクトール・ウクマール委員長は、経済紙『イル・ソーレ24オーレ』のインタビューに答えて、「プロクラブ128のうち、セリエA8クラブ、セリエB10クラブ、セリエC40クラブ、計58ものクラブがリーグに登録するための財政基準を満たしていない」と語っている。

この基準とは、年度内に返済すべき負債が売上高の3分の1を上回ってはならない、というもの。これを満たしていない8チームとは、『コリエーレ・デッロ・スポルト』紙によれば、インテル(基準を2600億リラ超過/以下同)、フィオレンティーナ(1320億リラ)、ラツィオ(1000億リラ)、ローマ(200億リラ)、ボローニャ(200億リラ)、レッチェ(200億リラ)、ナポリ(80億リラ)、ヴェローナ(5億リラ)。

ちなみに、このうち数字の上だけで見ると最も深刻な状態にあるインテルは、モラッティ会長の私財から2800億リラの資本金を積み増しするというウルトラC(これが初めてではない)で事態を乗り切っている。ラツィオもヴェロン、ネドヴェドを手放してほぼ安泰。最も余裕がないのは当然、フィオレンティーナということになる。
 
次の表は、イタリアプロサッカーリーグのリサーチセンターがまとめた資料による、セリエA全18チームをトータルした、過去5年間(ただし96/97シーズン分は欠落)の財務状況。

99/2000シーズンから売上高が急増したのは、有料衛星TV局との契約形態がリーグ単位からクラブ単位に変わったこと、欧州カップからの収入が大幅に増えたことが理由だが、その恩恵を受けたのは一握りのビッグクラブだけ。

そのビッグクラブはいずれも、増収分のほとんど(あるいはそれ以上)を、移籍金や年俸の吊り上げに費やすという自転車操業を続けており、長期的な経営基盤を固めるために使われたわけではまったくない。

それをはっきりと表しているのは、上の表で、売上高が急上昇しているにもかかわらず、営業赤字もまた着実に増えていることだ。さらにいえば、セリエA、Bの計38クラブの借入金の総額は、98/99シーズンの1兆1000億リラから、00/01シーズンには2兆リラまで膨れ上がっている。なんというか、不良債権の処理を先送りして延命を図っている日本経済のような状態なのである。
 
最大の問題が人件費、つまり選手の年俸の高騰であることも、2年前から変わっていない。95/96シーズンに4960億リラだったセリエAの全体の人件費総額は、2年後の97/98シーズンに8070億リラ(63%増)、さらにその2年後の99/00シーズンには1兆2700億リラ(57%増)にまで達した。たった4年間で、2.5倍にも達しているわけだ。

今シーズンも、トッティ(5年間で税込み870億リラ)、ネスタ(同800億リラ)など、高額の契約更新には事欠かないから、このペースはまったく鈍っていない。このままだと本当に、人件費を支えきれずに経営が破綻するクラブが相次ぐことになりかねない。

にもかかわらず、今年もまた移籍マーケットでは巨額のオファーが飛び交い、大型移籍が次々と実現しそうな気配だ。いったいどうなっているのだろうか?

自滅回路のタイマーは、着々とその残り時間をカウントダウンしている。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。