昨年9月、この連載で2回に渡って欧州サッカー界の移籍金制度改革問題について取り上げた(バックナンバー108~109参照)。当時、年内にも合意に達するという話になっていたEUとFIFAの間のネゴシエーションは、結局2001年にずれ込み、3月に入ってやっと具体的な合意文書が公表された。

取り上げるのが少々遅れたが、その概要を、以下に簡単にまとめておこう。

1)18歳以下の選手の国際移籍を原則禁止とする。
例外は、家族がサッカー以外の理由で新しいクラブがある国に移住したとき。または、新しいクラブが選手としての育成および学業の継続を保証する環境を提供するとき。

2)12歳から23歳までの選手の移籍には、育成への対価としての補償金が支払われる。
補償金の具体的な算定基準は、各国の法律に基づいて各国サッカー協会が設定する。その際に考慮すべき要素はすでに示されているが、イタリアではまだ具体的な基準の策定には至っていない。

3)選手とクラブの契約は最短1年、最長5年とする。
契約後の「保護期間」(契約時点で27歳以下の選手はそれから3年以内、28歳以上は2年以内)に、選手の側から正当な理由なく一方的にそれを解消する場合、4~6ヶ月の出場停止処分と違約金の支払いが課せられる。

クラブの側から正当な理由なく一方的に契約を解消した場合、2度の「移籍期間」(後述)が終了するまで、いかなる新規の選手登録も認められないなどの罰則処分が適用される。

4)選手の移籍が行われるのは、シーズンオフとシーズン半ば、年間2回の「移籍期間」に限られる。
1人の選手は、1シーズンについて1回しか移籍できない。契約期間中の一方的な解消は、選手側からもクラブ側からも、シーズンオフにしか認められない。

内容の詳しい検討は機会を改めることにするが、大筋としては昨年9月にFIFAが示した改革案に沿ったものといっていい。

とはいえ、未成年の国際移籍に例外規定という「逃げ道」を残したこと、シーズン中の「移籍マーケット」開催を認めていること、2-3年の「保護期間」を設けていることなど、FIFA案と比較すると、クラブ側に有利な修正もいくつかなされている。

逆に、クラブ側に不利になったのは、移籍に際して補償金が支払われる年齢が24歳から23歳に下がったこと、クラブ側からの一方的契約解消に厳しい罰則規定が設けられたことだ。
 
9月にこの連載で取り上げた時、「…FIFA案は、ドラスティックといえばドラスティックではあるが、少なくとも、リーグ側が危惧しているように(というよりも大げさに危惧して見せているように)、現在のプロサッカー界のシステムを一気に機能停止に導くような“悪質な”案ではないように見える」と書いた。

そのことは、FIFA案と大きく変わらない今回の合意文書が発表された時に、別にこの世の終わりのような騒ぎが起きることもなく、冷静に受け止められたことをみても明らかだ。

プロサッカーの未来にとって重要なのは、2)で言及されている「育成への対価としての補償金」が、アマチュアも含めた中小規模のクラブにとって、育成部門に投資するためのインセンティヴとして働くような算定基準を設定し、育成システムの空洞化を避けることだろう。

余談になるが、今月のはじめに日本で放映されたNHKスペシャル「サッカー移籍ビジネス/イタリア過熱する選手移籍の舞台裏」のビデオを入手して見た。イタリア国内で放映されたら間違いなくスキャンダルになる“スクープ”も複数含まれており、イタリア移籍マーケットの一面を鋭く切り取った、非常に興味深い内容だった。

この番組の中でも取り上げられていたが、「過熱する移籍ビジネス」に絡んでプレゼンスが高まる一方なのが、代理人という存在だ(バックナンバー48~49参照)。彼らの主な仕事は、移籍から契約更新まで、選手とクラブの契約関係にかかわる実務を代行して、その手数料を得ることである。

しかし、欧州のプロサッカーが世界規模のエンターテインメント・ビジネスに成長する中で、もうひとつの業務がその重要性を増しつつある。それが肖像権の管理だ。

選手の個人スポンサー獲得、肖像権を使ったライセンス・ビジネスなど、クラブとの契約やそれに基づくクラブの一員としての活動を離れた、個人としてのビジネス領域のマネジメントがその仕事になる。わかりやすい例を挙げれば、中田にとってのサニーサイドアップだ。

中田がペルージャに移籍してきた3年前、マーケティングやマーチャンダイジングがあまり発達していなかったカルチョの世界に、この分野の業務に特化した代理人やエージェンシーは、まったくといっていいほど存在しなかった。契約と移籍にかかわる業務を柱とする代理人にとって、肖像権ビジネスは二次的な仕事という認識が強かったせいもある。

しかし、この3年間で状況は大きく変わりつつある。イタリアでも肖像権ビジネスの市場が拡大してきたこと、そして何よりもこの種のビジネスが持つポテンシャルの大きさ(なにしろマーケットは世界中にあるのだ)が理解されてきたことから、契約業務を担当する代理人とは別に、肖像権の管理を専門のエージェンシーに委ねるのが、スター選手にとってはいまや普通のことになった。

それに伴い、これまで弁護士などの法務畑出身者、そして元サッカー選手や元クラブスタッフといったカルチョの世界のインサイダーに加えて、彼らとは異なるバックグラウンドを持つ勢力が「代理人業界」に進出する動きが出てきた。

Gea(General Athretic)という名前のエージェンシーがそれである。3人の役員の名前は、キアーラ・ジェロンツィ、アンドレア・クラニョッティ、フランチェスカ・タンツィ。

それぞれ、ローマの大手銀行バンカ・ディ・ローマ、大手食品メーカー・チリオ、大手乳業メーカー・パルマラットの経営者を父に持つ、実業界のサラブレッドだ(親の七光りという言い方もできるが)。今や、カルチョというエンターテインメント・ビジネスは、そうした人種の食指をそそるほどの規模に成長しているのである。

セリエA通の読者の中には、このGeaの役員たちの名前を見て、あれ?と首をひねった方もおられると思う。その謎解きは次回。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。