インターネットを通して日本の情報に触れていて、このところ(つまりアウェイで0-5の大敗を喫したフランス戦の後)改めてよく目にするのが、日本代表のプレーヤーにはもっと海外(特にヨーロッパ)でプレーする経験が必要だ、という議論である。

それを読んでいて、1ヶ月ほど前にインタビューした、セリエA・ペルージャのアレッサンドロ・ガウッチ代表取締役が、こう話していたのを思い出した。

「日本にとって重要なのは、2002年までにもっとたくさんの選手が外国のリーグでプレーすることです。いまの日本がもっと強くなるためには、個々の選手のレベルをもう一段階高めることが必要でしょう。

そのためには、彼らがもっとレベルの高い環境に身を置くことが必要です。トップの3-4チームを除けば、Jリーグのレベルはまだまだ低い。あの環境では、代表クラスの選手はこれ以上伸びません。

以前日本に行ったとき、代表監督のトゥルシエとも話したのですが、選手たちは日本にいる限り、世界の舞台で戦うために必要なマリーシア(注:イタリア語なので発音は“マリーツィア”)を学ばないだろう、と言っていましたよ」
 
中田英寿を“発掘”し、その後もスカウティングのために日本を何度も訪れ、さらには本まで出版しているという、イタリアサッカー界きっての“日本通”の発言には説得力がある。
 
ほんの2-3年前まで、つまり“中田以前”ならば、この議論は「移籍のオファーも来ないのにどうやって海外でプレーできるのか」と誰かが言ったところで、身も蓋もなく終わっていたに違いない。それが今や、そのオファーをする立場からこうした意見が飛んでくるのだから、時代の変化は速い。

事実、イタリアに話を限っても、このペルージャはもちろん、それ以外にも、アジア、特に日本にスカウティングの網を広げている、あるいは広げようというクラブが出てきている。

もちろん、ユヴェントスやミランといったビッグクラブが、ヨーロッパで経験も実績もない無名選手に興味を持つことはあり得ない。しかし、セリエA中堅以下のクラブの目には、日本が、ポテンシャルのある若いプレーヤーを生み出しつつある興味深いニュー・マーケットと映りはじめているようなのである。

実際にこのところ、セリエAで残留争いを戦う複数のクラブの獲得リストに日本の選手の名前があるという話を、直接、間接に(マスコミ経由ではなく)耳にした。
 
もしこれが本当だとすると、この6-7月のシーズンオフ(日本はシーズンの真っ盛りだが)にこれらのクラブから(もちろんスペインやイングランドからも)、何人かの日本代表にオファーが届く可能性は大いにあるということになる。
 
しかしここで気になるのは、“ガウチ社長”が次のようにも語っていたことである。

「中村の獲得を考えているのは本当です。他にも注目している選手は何人かいます。しかし一番の問題は、クラブの方に手放す気がないことです。どのクラブに交渉を申し込んでも、2002年が終わるまでは売れない、の一点張りで、話の進めようがありません。

日本のクラブの考え方はおかしいと思いますね。2002年までは売らないといいますが、重要なのはむしろ、2002年までに海外を経験させることの方でしょう」

本人にその気がないのなら話は別だが、もしそうでなければ、海外からのオファーは、選手にとって待ち望んだ飛躍と経験のチャンスであるはずだ。クラブにはクラブの事情があるというのも理解できなくはないが、大局的に見て、クラブの利害が選手から飛躍の芽を摘むというのが、プロサッカーの正しいあり方だとは思えない。

“ガウチ社長”の発言が事実であるかどうかを知る由はないのだが、さもありなん、と思ってしまうのには理由がある。Jリーグのクラブの“移籍”に関する感覚が、選手たちのそれ、さらにはヨーロッパや南米のサッカー界で一般的なそれと少なからずズレている、という話を聞くのは、これが初めてではないからだ。

海外ではなく、国内の移籍に関してだが、Jリーグのあるクラブの関係者がこう語ってくれたことがある。

「あの選手が欲しいということになって、所属するクラブにオファーを出しますよね。ところが、返事は最初からこの選手は出せない、の一点張り。本人にはオファーが来たことさえ伝わっていないケースも少なくないんですよ。

日本ではまだ、移籍そのものがネガティブなものとして捉えられているんです。特にクラブのフロントはそう考えていますね。終身雇用が保証されている大企業のサラリーマンが出向してきてるんだから、無理もないのかもしれませんが。

ヨーロッパのクラブみたいに、こいつを売ってあいつを取ればチームがこういうふうに良くなってクラブはこれだけ儲かる、という発想で移籍を考えているところは、ひとつもないんじゃないですか。全部のクラブがそうだから、移籍市場が活発化しない。動くのは戦力外になった選手ばかりですよ」
 
選手は、クラブにとって単なる“戦力”ではなく、最も重要な“資産”でもある。他のクラブに高く売って利益を上げ、それをまた新たな選手に投資する、あるいはレンタルに出して経験を積ませ、選手の市場価値を高めるという選択肢は、戦力としてキープするという選択肢と、原則としては並列であるべきなのだ。

どうも、Jリーグのクラブには、そしてもしかするとJリーグ自身にも、まだそういう発想は根付いていないように見える。それが結果として、日本代表を担う選手が海外で経験を積むチャンスを妨げることがあるとすれば、かなり残念なことである。

ご存じの通り、ヨーロッパのクラブに移籍する形態は様々だ。完全移籍はもちろん、共同保有(50%づつ保有権を持つ)やレンタルもあれば、それにオプションをつけることもできる。

もちろん、その内容はクラブ同士のタフなネゴシエーションによって決めるべきものだ。オファーをもらったクラブには、少なくとも話し合いのテーブルにだけはついてもらいたいものである。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。