前回、移籍ビジネスについての話の中で、Geaという会社のことをちょっとだけ取り上げた。サッカー選手の肖像権管理を専門とするエージェンシーで、その経営陣は大物実業家の子弟という、いわば“代理人業界のニューウェーブ”である。

この会社が、昨年の設立以来、たった1年足らずで代表レギュラークラスのビッグスターを次々と顧客とするなど、急速にその勢力を広げつつあるのだ。

具体的には、ネスタ(ラツィオ)、トッティ(ローマ)、カンナヴァーロ、ブッフォン(パルマ)などが、すでに肖像権管理業務を同社に委ねており、他にもバローニオ、スタンコヴィッチ(共にラツィオ)といった若手の有望選手が、Geaの顧客になろうとしているようだ。
 
しかし、この会社が注目を浴びているのは、その急速な成長ぶりからだけではない。むしろ、この会社が持っている潜在的な力が途方もない(あるいはとんでもない)ものであるためだ。

前回ご紹介した通り、Geaの中心となる3人の役員の名前は、3人の役員の名前は、キアーラ・ジェロンツィ、アンドレア・クラニョッティ、フランチェスカ・タンツィ。それぞれ、ローマの大手銀行バンカ・ディ・ローマ、大手食品メーカー・チリオ、大手乳業メーカー・パルマラットの経営者を父に持つ、実業界のサラブレッドだ。

これだけの顔ぶれがそろっていれば、顧客である選手にスポンサーを獲得するのもさぞかしたやすかろう。コネ社会のイタリアでは、有力者の知り合いや友人であることが、ビジネスに大きな影響を及ぼすものだからだ。

だが、単にそれだけの話なら、ここで取り上げるほど大きな話題ではない。せいぜい経済紙かゴシップ雑誌の記事どまりだろう。問題は、彼らの家族が、大物実業家であるだけでなく、カルチョの世界ですでに大きなポジションを占めているところにある。

キアーラ・ジェロンツィの父アンドレアが会長を務めるバンカ・ディ・ローマ(ローマ銀行)のロゴが、数年前までラツィオのユニフォームの胸を飾っていたことを覚えている方もいるだろう。このラツィオはもちろん、ローマもまた、この銀行の有力な融資先である。

アンドレア・クラニョッティの父セルジョはそのラツィオの会長であり、兄マッシモはゼネラル・ディレクター。そして、フランチェスカ・タンツィの兄ステーファノはパルマの会長。これが前回の謎解きである。
 
Geaという社名は、General Athreticの略らしい。しかし、その業務内容からいうと、Gestione di Atleti(イタリア語で「選手のマネジメント」の意)と言った方が似合っている。

今のところ、顧客のほとんどとは肖像権管理の仕事に限った関係であり、チームとの契約や移籍に関する業務は、Geaとはまったく別に、それぞれの選手の代理人の仕事になっている(これは、中田英寿をめぐるサニーサイドアップとジョヴァンニ・ブランキーニの役割分担を考えていただくとわかりやすいかもしれない)。

しかし、Geaが本当に狙っているのは、どうやらその代理人業務の方らしいのである。事実すでに、ラツィオのキャプテン、アレッサンドロ・ネスタは、長年のつき合いだった大物代理人ダリオ・カノーヴィの下を離れ、昨年からGeaに代理人業務を委ねている。
 
Geaがネスタをカノーヴィから「奪った」手口は、相当に露骨なものだったらしい。
自宅にリムジンで迎えに行き、ローマの社交界(なにしろ「ドルチェ・ヴィータ」の町である)の仲間入りをさせる。契約切れ後の保有権をめぐってオランダのエージェンシーから起こされていた訴訟の和解金10億リラ(約6000万円)を肩代わりしてやる。

カノーヴィの事務所で働いていたネスタの兄フェルナンドに、噂では年俸20億リラ(約1億2000万円)という破格の契約を提示してGeaに引き抜き、ネスタの名目上の代理人を務めさせる(二親等以内の親族であれば、資格なしで代理人を務めることができる)。投資として豪邸を購入する資金を低利で貸しつけるなど、資産運用のコンサルティングも万全――。
 
こうまでして代理人業務を手に入れようとするのは、もちろんそれだけの旨味があるからにほかならない。そして、そこが曲者なのである。

現在、セリエAのビッグクラブの財政を左右する最も大きな要素は何か。それは移籍金の収支である。TV放映権料、入場料、マーケティング関連といった営業収益だけで、人件費、運営経費といった営業支出をカバーするのは、どのクラブにとっても簡単ではない。

クラブとしての決算を赤字にしない(上場しているクラブにとってこれは義務といっていい)ためには、特別損益の範疇に含まれる移籍金の収支がプラスになることが絶対条件なのだ。

ちなみに、プロサッカークラブにとって、移籍金の収支とは、そのシーズンに選手を売って得た金額と買って支払った金額の差し引きではない。クラブにとって選手というのは株券と同じであり、ある金額で買って保有していたものを売ったときにはじめて、購入価格と売却価格の差が、移籍金の収支として計上されることになる。

したがって、移籍金収支をプラスにするためにクラブが考えるべきことは2つ。ひとつめはひとりの選手からなるべく多くの利益を引き出すことだ。例えば、2年前アトレティコ・マドリードから500億リラでヴィエーリを買い、翌年900億リラでインテルに売却したラツィオは、彼ひとりから400億リラもの利益を得たことになる(それでやっと20億リラの当期利益をひねり出した)。

もうひとつは、なるべくたくさん“取引”をして、どんどん利益を計上することである。どんなに高い“株式”でも寝かせている間は一銭にもならない。売り時を見極めて売却してはじめて、利益を計上することができるのだ。
 
元々、会長同士が仲のいい(乳業・食品業界の同業者だ)パルマとラツィオが、ここ何年か、毎年大きな選手のやりとりをしているのも、上に見たような事情があるからにほかならない。ヴェロン、センシーニ、クレスポ、アルメイダ、コンセイソン、ディノ・バッジョ…。

多くは、戦力を補強するためという以上に、株式のように選手を動かし、互いに利ざやを稼ぐことを目的とした移籍にも見える。このシーズンオフにも、カンナヴァーロがラツィオへ、S.インザーギ、バローニオがパルマへという交換トレードが噂されている。

Geaは、ここに一枚噛んでこようとしているわけだ。Geaが代理人業務を請け負ってしまえば、事実上はクラブ(ラツィオとパルマ)の思うままである。例えば、もし仮に、Geaがカンナヴァーロの代理人業務を請け負うことになったとしたらどうだろう。パルマからラツィオへの移籍交渉の当事者は、すべてタンツィ家とクラニョッティ家の人々ということになってしまう。

実際今も、ネスタがラツィオと契約見直しの交渉をする時、実際に話し合うのはマッシモとアンドレアのクラニョッティ兄弟だ。対立する利害を代表して話し合う2人が、実は利害を同じくしている、というのは、とんでもない矛盾である。

前に代理人の話を取り上げたときにも触れたことだが、以前から、例えばユーヴェのルチャーノ・モッジGMの子息アレッサンドロが、ユーヴェの選手の代理人を務めているといったケースはあった。

しかし、こんどのGeaのケースは、それをもっと大きな規模で、システマティックに行おうとしているところが、業界を震撼させる理由である。下手をすると、この数年のうちに、いくつかのクラブが大物選手の多くを間接的に抱え込んでしまう可能性だって、決して否定できない。これだけ虫のいい手口を、他人が指をくわえて見ているわけはないからだ。

日本やアメリカなら、すぐに公正取引委員会やアンチ・トラストが摘発するような出来事が白昼堂々と起こってしまうのが、カルチョの世界の不思議である。カルチョだけでなくイタリア社会全体がそうだ、という話もあるが…。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。