先日、セリエAでは中堅どころのクラブであるボローニャのゼネラル・ディレクター(以下GD)、オレステ・チンクイーニに取材する機会があった。

イタリア語だとdirettore generaleとなるゼネラル・ディレクターは、クラブの運営実務を統括する総責任者である。クラブによっては、GDの下にチーム部門の総責任者、スポーツ・ディレクター(direttore sportivo/以下SD)を置くこともあり、その場合GDは管理部門の総責任者ということになるが、ボローニャの場合は、チンクイーニが管理部門、チーム部門の双方を統括する形を取っている。

クラブの財政をはじめスポンサー、マーケティングといったビジネスの領域から、監督選び、選手の獲得/放出などチーム作りの根本に関わるテクニカルな領域までを、ひとりでコントロールしているわけだ。

1時間ほどのインタビューも終わりに近づき、話題が育成部門に入ったときに、興味深い話を聞いた。

「我々は、フランスのオーゼール、ナント、モナコといったクラブを模範にした寄宿舎制の育成センターを整備するというプロジェクトに取り組んでいます。16歳前後の才能ある選手を、地元はもちろん、国際的なレベルで20~25人スカウトし、学業もケアしながら時間をかけて育てようというものです。

すでに今も、プリマヴェーラ(18歳以下のユースチーム)ではフランス人が3人、スウェーデン人、ブラジル人が各2人、シエラ・レオネ人が1人、それぞれプレーしていますが、これをもっと徹底して進めようと考えています。そのために、この近くに育成部門専用のスポーツセンターを確保し、20~30億リラかけて必要な施設を建設しているんですよ。これは時間がかかるプロジェクトですが、クラブの将来にとっては大きな意味を持つことになるでしょう」

ビッグクラブのような資金力を持たない中小クラブ(ボローニャもそのひとつだ)にとって、チームの戦力を落とさずに何年間も戦い続けることは、年々難しくなっている。その背景にあるのは、ここ数年の移籍金高騰や、ビッグクラブと中小クラブの“経済格差”の急激な拡大である。

ボローニャのように、ビッグクラブとまったく遜色のない歴史と伝統を誇る名門にさえ、クラブが払いきれない高年俸をオファーするビッグクラブに主力選手がどんどん引き抜かれ、その穴を埋めるべき即戦力は移籍金が高すぎて手が出ない、という事態が起こっているのだ。

したがって、中小クラブにとっては、選手をユース段階から自前で育成するか(ex:アタランタ)、あるいは無名のタレントをいち早く発掘してじっくり伸ばすか(ex:ウディネーゼ)、いずれにしても、高い移籍金を払わずに、売却した主力選手の穴が埋められる体制を構築することが、セリエA定着のためには不可欠の条件になっている。ボローニャのこのプロジェクトも、その一環というわけだ。
 
話の続きは、さらに興味をそそるものだった。

「実は、日本にも関心を持っているんですよ。中田をペルージャから獲得する寸前までいったり、小野の獲得を検討したりした中で、日本にも若いタレントが生まれつつあることはわかりましたからね。

ただ、18-20歳のレベルでは、獲得してもすぐにトップチームに登録して使わなければならないから、実際のところ難しい。例えば小野も、いい素材ですがセリエAですぐに通用するレベルではなかったから、結局手が出せませんでした。

彼が日本でトップクラスのタレントならば、今のところセリエAで即戦力になる選手はほとんどいない、中田は例外だったと考えるのが妥当でしょう。

その中田ですが、本人が何度かここに来て私と話をして、移籍には非常に乗り気だったんですよ。しかし、ガウッチの要求する移籍金があまりに高かったので、獲得を断念せざるを得ませんでした。ペルージャで1年過ごした直後の話です。

それはそれとして、15-16歳の選手なら、プロ契約をせずプリマヴェーラに置いて、2-3年じっくり育てることができます。この年代ならば、日本にいるよりもイタリアでプレーした方が、ずっと才能を伸ばすことができるでしょう。日本のU-16代表あたりに、誰かいいタレントはいませんか?」

チンクイーニの話を聞いていると、そう遠くない将来、日本の15-16歳の将来を嘱望されるタレントにも、イングランドやイタリアを初めとする欧州のクラブから誘いの手が伸びてくる可能性は十分あるのではないか、という気にさせられる。世界中から若い才能を「青田買い」しようと考えているのが、このボローニャだけでないことは明らかだからだ。 

事実、すでに、イングランドのいくつかのクラブは、同じことをイタリアやフランスを対象に行っている。例えば、80年代にミランやイタリア代表で活躍したGK、ジョヴァンニ・ガッリ(現在はTV解説者)の息子で、フィオレンティーナの育成部門でプレーしていたニッコロ・ガッリは、16歳でアーセナルの育成部門に引き抜かれ、昨シーズンのリーグカップで、トップチームへのデビューを果たした。

そして今シーズン、そのガッリJrを15億リラで買い取ってプリマヴェーラで育てているのは、他ならぬボローニャである。

また、今シーズンのセリエAで最も注目すべきチームであり、イタリア屈指の育成部門を持つアタランタのプリマヴェーラで、同期のドナーティ(MF・すでにミランが300億リラで予約済)以上のタレントといわれたサムエレ・ダッラ・ボーナも、17歳の時にチェルシーに引き抜かれ、現在はラニエーリ監督の下でレギュラーの一角を手にしつつある(彼の話は以前このページでも取り上げたことがある:連載80を参照)。

今、日本のプレーヤーが海外のクラブで活躍するためには、Jリーグユースや名門校のサッカー部からJリーグに入り、そこで活躍してA代表にデビュー、外国のクラブからのオファーを待つというのが、ほとんど唯一の道であるように見えるはずだ。しかし、それとは別のもうひとつの道が開かれるのも、そう遠い先のことではないかもしれない。

ただし、それはもはや「海外移籍」ではなく「才能の海外流出」と呼んだ方がいいだろう。そんなオファーが来るのは、例えばU-16代表で注目を集めている“本当のタレント”に限られるに違いないからだ。
 
もし小野が16歳で海外に「流出」していたら、今頃はどんな選手になっていただろうか、などと想像するのは、それはそれで楽しいことではある。

一方、19歳の時に1年間ラツィオのプリマヴェーラに留学した財前(当時ヴェルディ川崎、現仙台)について、当時のチームメイトたちはそのテクニックに対する賛辞を惜しまなかったが、監督(現在セリエBのピストイエーゼを率いているミンモ・カーゾ)は「技術は申し分ないが、戦術的なメンタリティが欠けていた。

もしザイが16歳だったら話は別だが、あの歳では、イタリアで通用する選手になるのは難しいと思った」と語っていたことも思い出す。

しかし、“本当のタレント”が生まれるたびに、15-16歳でヨーロッパのクラブにかっさらわれるようなことになったら、日本のサッカー界もたまらないだろう。

とはいえ、それに対抗できるほどの魅力と国際性を持ったクラブがJリーグにあるように見えないのも事実。もしかするとそのうち本当に、日本の将来を背負うタレントの「海外流出」が始まるのかもしれない。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。