前回お伝えした移籍金問題の続きである。EUの「移籍金制度見直し勧告」に対して、9月1日にFIFAが独自に策定した改革案を提出し、それをきっかけに、それまで知らんぷりを決め込んでいた欧州サッカー界(UEFAや欧州各国のプロリーグ)があわてて動き出した、というのが前回の話だった。

事態はその後、特に大きな展開を見せてはいない。7日にストラスブールの欧州議会で行われた、EUスポーツ委員会のレディング委員長と欧州主要5カ国(イタリア、スペイン、フランス、イングランド、ベルギー)のリーグ代表者の会談では、10月31日を期限に改めてリーグ側が対案を策定し、それに基づいて11月以降、本格的なネゴシエーションに入る、というスケジュールが確認された。とりあえずリーグ側が時間を稼いだ格好である。

ここに集まった欧州各国のリーグ代表者は、FIFAが提出した改革案はあまりにもドラスティックな内容だと見ており、FIFAやUEFAと連絡は取りながらも、独自の対案を策定する方針とみられている。

すでに政治家を動員したロビー活動も始まっており、9日にはイギリスのブレア首相とドイツのシュレーダー首相が連名で、「現在のシステムを見直す必要があることには同意するが、その代案はまずクラブ側から提案されるべきものだと考える。

イギリスにおいてもドイツにおいても、サッカーは市民社会と密接な利害関係を結んでおり、その関係は守られるべき」という内容の声明書を発表した。本音としては、巨大なエンターテインメント・ビジネスとして急成長している現在のプロサッカーのシステムを、根底から揺るがすようなドラスティックな改革は避けるべきだ、ということだろうか。
 
しかし、これだけリーグ(=クラブ)から嫌われているFIFAの改革案も、柱となる5つの項目を具体的に見ていくと、内容的にはかなり筋が通ったもののようにも見える。ひとつひとつ見ていくことにしよう。
 
1)18歳以下の選手の国際移籍を全面的に禁止する

これは、法的に「未成年」である18歳以下のサッカー選手が、事実上18歳以上の成年と変わらない形で「売買」されているという現実を改めることが狙い。

この1-2年、イングランドやイタリアのクラブが、フランスのクラブの育成センターから、まだプロ契約を結んでいない有望選手を事実上タダで引き抜くというケースが相次いで問題になっている。

イタリアのプリマヴェーラからイングランドに引き抜かれたという例も、ガットゥーゾ(現ミラン)、マレスカ(現ユヴェントス)、ダッラ・ボーナ(現チェルシー)など、何例もある。こうしたケースでは、育成したクラブは、自らの育てた最良の選手を、まったく投資を回収できない形で横取りされることになるわけだ。18歳以下の国際移籍全面禁止は、こうした問題を根本的に解決することになる。

現在ヨーロッパでそれ以上に問題になっているのは、一部の代理人やFIFAエージェントが、アフリカなどから将来ものになりそうな10代半ばの子供を、ほとんど人買い同然の形で連れてきて、使えないと見るやそのまま放り出してしまう悪質なケース。しかし、そうした形で連れてこられる子供が、現地のクラブに正式な選手として登録していなければ(多くの場合そうではない)「移籍」という形にはならないため、残念ながら未成年の国際移籍禁止措置だけでは、この問題の解決は難しいのが現状のようだ。

2)18歳から24歳までの選手が移籍する場合には、育成に対する対価としての移籍金が発生する

もし移籍金が文字通り「全廃」されてしまうと、クラブにとってはユースセクションに投資して選手を育成する意味も価値も全くなくなってしまう。これは、とりわけ「育てる」ことで成り立っている中小規模のクラブにとっては大打撃であり、クラブとしての存在基盤そのものを失いかねない。

それを避けるために、(とりあえず)24歳までを選手としての形成期と位置づけ、「育成に対する対価」という形で移籍金を残そうというのがこの項目の主旨。

移籍金「全廃」が、プロサッカーの「底辺」ともいえる中小クラブ、そして何よりも選手の育成システムそのものの空洞化を導く危険性が非常に高い以上、こうした措置は不可欠である。

年齢のラインをどこに設定するか、「対価」の額を市場原理に任せるのか、それとも何らかのパラメーターを設置するのかといった具体的な内容によって、影響度が変わってくることはいうまでもないが、その「さじ加減」次第では逆に「育成型」の中小クラブに有利な環境も作れるのではないかという気がする。

 
3)24歳以上の選手については、移籍金を全廃する

これが実現すれば、クラブの立場からすれば、選手の「売買」の差額で利益を上げることができなくなる、選手に対する保有権がまったく主張できなくなり、契約期間にかかわらず選手がいつでも「自由に逃げ出せる」ことになるなど、経営基盤が根底から崩れてしまう……ようにも見えるし、実際にリーグ(=クラブ)側は声高にそう主張している。

しかし、以下に見る2つの項目があれば、24歳(というかある一定の年齢)以上の移籍金全廃がクラブにとって大打撃になるとは、必ずしも限らないようにも見える。
 
4)クラブ、選手はともに、違約金を支払うことによって、一方的に契約を中途解消することができる。違約金は、税込み年俸に契約の残り年数を乗じた額とする

現在のシステムでは、雇用主(クラブ)と被雇用者(選手)の双方が合意に達しない限り、契約の途中解消はできないことになっている。

わかりやすい例を挙げよう。ガウッチ、センシの両会長が合意に達しても、中田本人がうんと言わなければローマへの移籍はなかったし、もし仮に中田とミランが水面下で合意していたとしても、ペルージャがミランのオファーに応じなければいずれにしろ移籍は実現しなかったはずだ。

もし上記のような形で契約を中途解消することが可能になれば、今度は、中田はローマに違約金を払うだけで自由の身になれる。ミランと話をつけてその違約金を手当てしてもらい、その後に堂々とミランと契約を交わすことも可能になるわけだ。違約金を試算すると、ローマとの契約の残り年数(4年)に税込み年俸(約100億リラ=手取りの約2倍)をかけて、およそ400億リラ。

これが、現在の中田の「市場価値」とほとんど変わらない額であることを見ても、実質的には、「移籍金」が「違約金」にとって変わるだけになることは想像がつく。もちろん、契約の残年数などによって条件は変わってくるが、ボスマン問題の時もそうだったように、この種の偏差はすぐに微調整されるものだ(契約期間の延長、条件の見直し、年俸の引き上げetc)。

クラブの側にも、たとえ長い年数の契約を強いられたところで、役に立たない選手との契約を中途解消する権利があるのだから、その点では「おあいこ」でもある。そう考えれば、一定の年齢を超えた選手の「移籍金」を全廃したところで、それが直接クラブの経営基盤を壊滅的に突き崩すことはないようにも見えるが…。
 
5)契約期間は最低1年間とし、契約の中途解消ができるのはシーズンオフのみとする

これも、リーグ(=クラブ)側が難色を示している項目。しかし、契約後1シーズンは、双方とも中途解消の権利を行使できない(=移籍はできない)ことになるので、少なくとも選手が「自由に逃げ出せる」わけではないことは明らかだ。

むしろ、クラブにとって大きな問題になるのは、シーズンオフ以外には移籍そのものができなくなる(契約の中途解消ができなければ移籍はあり得ない)ことだろう。シーズンオフのチーム作りを失敗したときに、途中でそれを修正する可能性が大幅に狭められるわけだ。せめてシーズン中に一度は移籍マーケットが開いてくれないと困る、というのがクラブ側の本音だろう。

いずれにしても、現在の無節操といっていい移籍マーケットの状況と比べれば、そのめまぐるしさや不透明さは、むしろずっと緩和されるように思える。

こうしてみると、FIFA案は、ドラスティックといえばドラスティックではあるが、少なくとも、リーグ側が危惧しているように(というよりも大げさに危惧して見せているように)、現在のプロサッカー界のシステムを一気に機能停止に導くような「悪質な」案ではないように見える。

そもそも移籍金というシステム自体が「労働の自由」、「域内での公正な競争」というEUの基本原則に抵触するというEU側の主張に、サッカー界が正面切って反論できないとすれば、その基本原則に沿った形での改革を図る以外にはなかろう。
 
もちろん、痛みを伴わない改革はあり得ない。しかし、ボスマン裁定の時もそうだったように、仮にこのFIFA案が大きな変更を受けずに実施されたところで、欧州プロサッカー界にはこのインパクトを吸収する力が十分にあるような気がするのだが…。
 
いずれにせよ、この問題がどのような形で解決に向かうかは、10月末までにまとめられるリーグ側の対案、そしてそれを巡るEUとリーグ側、さらにはFIFA、UEFAも含めたネゴシエーション次第である。今後も、新たな展開があれば、またこの連載で取り上げていきたいと思っている。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。