開幕当初に「セブン・シスターズ」と呼ばれたいわゆるビッグクラブの中で、最も期待を裏切ったのがフィオレンティーナであることに、異論のある方はいないだろう。

第21節を終えた時点での成績は6勝9分6敗(27ポイント)で、トップのユヴェントスから17ポイント差、チャンピオンズ・リーグ出場権(4位以内)から12ポイント差の7位。アウェイでは昨年1月から1年以上未勝利である。

昨シーズンのこの時点では43ポイントを挙げトップに立っていたこと、今シーズンの目標がスクデット争いにあったことを考えれば、この結果は惨憺たるものだといわざるを得ない。唯一の慰めは、チャンピオンズ・リーグで2次リーグに勝ち残り、今のところグループ首位に立っていることだけである。

トラパットーニ監督にとって最初の誤算は、「計算されたリスク」をキャッチフレーズに導入を目指した3-4-3システム(バティストゥータ、キエーザ、ミヤトヴィッチの3トップをルイ・コスタが支えるカウンター指向の攻撃サッカー)がうまく機能せず、シーズン開幕から数試合で早くも路線変更を迫られたことだろう。

チャンピオンズ・リーグとセリエA、ほぼ毎週2試合というハードスケジュールの中でチームを修正するのは簡単なことではない。さらに、主力選手が入れ替わり立ち替わり故障で戦列を離れるという不運も重なって、シーズン前半は、ほとんどベストメンバーが組めないまま、目先の試合のことだけを考えてやりくりを続けるしかない状態に陥ってしまった。

セリエAで大きく出遅れたフィオレンティーナは、自ずとチャンピオンズ・リーグを重視するようになる。土壇場に追い詰められた1次リーグの第5戦、アウェイでアーセナルを破って2次リーグ進出を果たしたものの、セリエAへのしわ寄せは小さくなかった。

前半戦を終えた時点での順位は11位。順位表の「右側」(下位9チーム)が指定席になるという状況に、サポーターもついにしびれを切らす。1月26日のコッパイタリア準々決勝・ヴェネツィア戦で、サポーター・グループが申し合わせて抗議の「ストライキ」を敢行したのだ。

この日、ピッチに入場する選手たちを出迎えたのは、会長、監督、チームに対する抗議の横断幕だけが並ぶ人っ子1人いないゴール裏という異様な光景だった。バックスタンドに移動したサポーターたちは、試合を通じてほとんど沈黙し続ける。

試合の方も、1-1で迎えた後半ロスタイムにこれを決めれば準決勝進出というPKを得ながら、キエーザがこれを無人のゴール裏にダイレクトで蹴り込むという大失態で、格下のヴェネツィアにベスト4を譲るという結果に終わってしまった。

トラパットーニ監督の進退問題が噂に上るようになったのもこの前後から。2月に入ると、来シーズンはクラブ、チームともまったくの新体制で一から出直しか、という観測も出始め、一部のマスコミからは、次期監督の名前(ゼーマン)までが具体的に挙がったほど。

これはクラブ、ゼーマンの双方が即座に否定したことで一段落したが、来シーズン以降もトラパットーニ体制が続くことになるのかどうかは、今のところまったく予想がつかない状況であることに変わりはない。2週間後に再開するチャンピオンズ・リーグの結果が、それを左右することになるのだろう。
 
フィオレンティーナがこのような状況に陥った原因はもちろんひとつではない。しかし、その最も根本的なところに何があるかを考えると、浮かび上がってくるのは、「クラブとしての総合力」が、他のビッグクラブと肩を並べて戦うには十分ではないという事実である。

セリエAとチャンピオンズ・リーグという2つのコンペティションを戦い抜いていくためには、質・量ともに大幅なチーム力の強化が必要となることは明らか。今シーズンのフィオレンティーナも、決して少なくない金額を投じて補強を図った。とはいえ、その総額は他のビッグクラブ6チームの平均(1510億リラ)の半分、750億リラ(約45億円)にとどまっている。

今年のチームがそれなりのメンバーを擁していることは確かだが、主力選手の離脱がチームの成績に大きく影響したことを見ても、控え選手のレベルが他と比べてやや落ちることは否めない。ここまでの結果を見る限り、この補強は必ずしも十分(あるいは的確)ではなかったといわざるを得ないだろう。

しかも、1月の移籍マーケットで「修正」を図る途があったにもかかわらず、フィオレンティーナは全く動かなかった。実は、動かなかったのではなく動けなかったのである。クラブの財政状態がそれを許さなかったのだ。

スポーツ紙「Corriere dello Sport」によれば、フィオレンティーナの98/99シーズンの財政収支は約350億リラ(約21億円)の赤字。これはセリエA18チーム中最大である。

この記事が出た翌日、フィオレンティーナは「クラブが正式に申告した決算報告書では、赤字は160億リラに過ぎない。この報道は誤報だ」と反論したが、決算報告書など、ちょっとした操作でどうにでもなるもの。

事実、Corriere紙の記事は、監査報告書の原文を引用した上で、クラブの実質的な持ち株会社であるREAL(チェッキ・ゴーリ会長の経営)が280億リラ(約17億円)の貸付金を帳消しにしたという経緯があることも伝えている。

書面上の赤字額はともかくとして、クラブが財政的困難に直面していることはどうやら間違いないようだ。いずれにせよ、ライバルが更なる補強に乗り出す中、戦力強化の機会を有効に活用できないのでは、「復活」は簡単ではない。

さらに一部では、この数ヶ月、選手に対して給料の遅配が続いていることも報じられている。これが事実かどうかは知る由もないが、昨シーズンの時点で支出が収入を上回っていた上に、今シーズンの補強によって選手数が増え年俸の平均額も上がったことで、人件費が明らかに上昇していることを考えれば、あり得ない話ではないだろう。

もしそうだとすれば、これもまた不調の原因のひとつと見ることができる。高給を支払った上に報奨金というニンジンを目の前にぶら下げて選手の尻を叩くのが常識となっているこの世界で、そのボーナスはおろか毎月の給料さえも支払われないというのは、選手のモティベーションを削ぐには十分すぎるほどの事態だからだ。

フィオレンティーナは「歴史と伝統」から言えば、ローマ、ラツィオ、トリノ、ナポリ、ボローニャ、サンプなどと共に「中堅クラブ」のグループに属する。

それがこの数年の「カルチョのビジネス化」の流れの中で、ビッグクラブへの仲間入りを狙って積極的な投資に打って出たわけだが、投資を回収してビッグクラブとしての基盤を固める前に、資金繰りが立ち行かなくなりつつある(らしい)という現状を見る限り、これがかなりの「背伸び」であったことは想像に難くない。
 
先程「クラブとしての総合力」と書いたのは、フィオレンティーナが他のビッグクラブにキャッチアップできていないのが、財政的な側面に限った話ではないからだ。「カルチョ・ビジネス」の最先端を行くビッグクラブとして、企業としてのマネジメントにもチームのオペレーションにも高度な専門性が必要とされているにもかかわらず、フィオレンティーナはまだそれに組織として対応しきれていないのである。

ほとんどのビッグクラブが、オーナー会長のワンマン体制から、各分野の「プロフェッショナル」に権限を委ねる組織的な経営体制に移行しつつあるのに対して、フィオレンティーナは依然、ヴィットリオ・チェッキ・ゴーリ会長とその側近のルチャーノ・ルーナ代表取締役が本業(映画製作、放送)の傍らクラブの経営に直接携わっている状態である。

しかも、昨シーズン、ディレットーレ・スポルティーヴォ(チーム部門の総責任者)の座に就いていたネッロ・ゴヴェルナートがラツィオに引き抜かれて(というか出戻って)から、この最も重要なポストは空席のまま。

ディレットーレ・ジェネラーレ(ゼネラル・ディレクター)の座にはクラブの伝説的なバンディエーラ、ジャンカルロ・アントニョーニが就いているが、実質的には単なるクラブの「顔」として以上の役割も権限も担っていない。

チームが抱える問題に即座に対応し、迅速な解決を図って、監督や選手がピッチの上での仕事に集中できるだけの環境やサポート体制が、他のビッグクラブのようには整っていないのが、フィオレンティーナという「クラブ」のもうひとつの現状なのだ。
 
チームの不調の原因をこうした間接的な要因にだけ求めるのが正しいとはもちろん思わないし、またそうであるはずもない。

しかし、急激なスピードで進む「プロサッカーのビジネス化」の流れについていくためには、まず資金力(残念ながら「カネが物を言う」割合は高まるばかりだ)、そしてビジネスのスケールに見合った「企業」としてのマネジメント体制の確立が不可欠の課題となっていることは明らかな事実である。ここで躓いてはビッグクラブとして生き残っていくことは不可能だろう。
 
今シーズンは、チャンピオンズ・リーグでともかく行けるところまで行くこと、そして何としても来期のUEFAカップ出場権を確保することが、フィオレンティーナに残された課題となる。しかし、クラブの財政状態が本当に報じられているようなものであるならば、いずれにしてもチェッキ・ゴーリ会長は、来シーズン以降に向けて大きな決断を迫られることになるだろう。

選択肢はふたつ。現在の拡大路線を支え続けられるだけの資金をどこからか調達し、投資を続けて「ビッグクラブへの道」を走り続けるか、給料の高いスター選手を売り払って「セブン・シスターズ」から離脱し、「新・中堅クラブ」として身の丈にあったリストラを図るかのどちらかである。

前者は最悪の場合破産の危険を伴うが、後者を選べばフィレンツェは満足しないだろう。どちらにしても、困難な道であることは間違いない。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。