6月9日、イタリア代表FW、クリスチャン・ヴィエーリが、ラツィオからインテルへ移籍した。移籍金は900億リラ(60億円弱。実際には690億リラ+シメオネ)。

これまでのイタリアでの移籍金最高額は、9ヶ月前、ラツィオがそのヴィエーリを買うためにアトレティコ・マドリードに支払った520億リラ(約34億円)だったから、彼の「市場価値」(と移籍金の最高記録)は1年足らずで一気に2倍近くに吊り上がったことになる。
 
この900億リラという金額は、どうしてもヴィエーリを手に入れたかったインテルが、いわば採算を度外視して提示したオファーで、破格というよりは非常識と言った方がいい例外的な数字だが、この数年、トッププレーヤーをめぐる移籍金の「相場」が急激に上昇していることは事実である。

例えば2年前、ロナウドがバルセロナからインテルに移った際の移籍金は480億リラ(約31億円)。当時の感覚からすれば、これでも十分にスキャンダラスな金額だった。

しかし、今年の移籍マーケットを見ると、ヴィエーリは例外としても、アモローゾ(ウディネーゼ→パルマ)600億リラ(約40億円)、ヴェロン(パルマ→ラツィオ)520億リラ(約34億円)、モンテッラ(サンプ→ローマ)500億リラ(約32億円)、シェフチェンコ(D.キエフ→ミラン)450億リラ(約29億円)など、2年前なら20-30億リラが「相場」だったに違いない選手に、40-60億リラの値段がついている。

2年間で移籍金の「相場」が2倍になるというのは、どう考えても普通ではない。
 
この背景には、近年進んだ「プロサッカーのビジネス化」が、クラブの財政規模を大きく膨らませているという事実がある。しかしそうはいっても、それは2年間で倍になるほどドラスティックなものではない。

イタリアプロサッカーリーグのリサーチセンター(こういう機関があるのだ)がまとめた資料によれば、セリエA18クラブの売上高の合計は、95/96シーズンが8740億リラ(約570億円)、97/98シーズンが1兆670億リラ(約822億円)で、2年間を通した売上の伸びは44%。これでもかなりのものだが、移籍金の上昇率にはまったく及ばない。

セリエA上位のビッグクラブでさえ、97/98シーズンの総収入は90-160億リラ(58-104億円)というところ。インテルは、年間売上高(1430億リラ)の半分以上を、ヴィエーリ1人に注ぎ込んだことになるのだ。

今後もこの勢いで移籍金の「相場」が吊り上がると、そのうちに、首が回らなくなるクラブが出てきてもおかしくはないだろう。株式を上場しているラツィオ以外のクラブには、赤字の穴埋めにオーナーの資産を使うという抜け道があるが、もちろんそれにも限度はある。

事実スペインでは、昨年までビッグネームを買いあさってきたレアル、アトレティコの両マドリード勢が、今シーズンの不振で、かなりの財政的な苦境に陥っているようだ。投資規模が大きくなればなるほどリスクが増えるのは、当然の成り行きである。
 
 
移籍金相場の上昇もそうだが、それ以上にクラブの財政を圧迫しつつあるのは、選手の年俸である。移籍金は、選手を売って収支を黒字にすることも可能だが、年俸の方は固定費だからそういうわけにはいかない。

95/96シーズン、セリエAで最も高い年俸は、この年ユーヴェからミランに移籍したR.バッジョの35億リラ(約2億3000万円)だった。ところがその2年後には、ロナウドがインテルと年俸60億リラ(4億円弱)の8年契約を交わし、更に2年経った今、インテルがヴィエーリと交わした契約は、100億リラ(約6億5000万円)の5年契約である。

注意していただきたいのは、これが税込みではなく税抜きの手取り額だということ(イタリアでは給料はネットが基本である)。インテルがヴィエーリ1人のために負担するコストは、年間売上高の14%(200億リラ=約13億円)にも上るのだ。
 
この年俸急騰の背後にあるのは、例のボスマン裁定。詳しくはバックナンバーの「代理人の話(1)」をご参照いただくことにするが、今や、クラブと選手が交わした契約は、ほとんどただの紙切れ同様の価値しか持たなくなっている。

クラブにとっては、契約が切れてしまえばタダで選手を手放さなければなくなってしまうから、その選手を手放したくないと考えれば、契約期間の途中で契約を延長する以外にない。

選手(と代理人)はそこにつけこんで、移籍の可能性をちらつかせては、クラブに契約の延長(と年俸アップ)を迫る。近年の年俸急騰のせいで、同じ「格」の選手の年俸が倍近く違うというケースも少なくないから(例えば、4年前の契約が今も続いているデル・ピエーロの現在の年俸は「たったの」32億リラ=約2億円である)、クラブもその要求をのまざるを得なくなる。

今回のヴィエーリの移籍も、そもそもは彼の代理人であるセルジョ・ベルティが、まだ5年契約の1年目を終了したばかりにも関わらず、ラツィオに契約の書き換え=年俸の大幅アップを要求したことが発端だった。ベルティは、インテルが年俸100億リラをオファーしてきたことをちらつかせながら、ラツィオにこれと同額まで年俸を引き上げることを要求したのである。

ラツィオのクラニョッティ会長はこれを拒否し、62億リラから72億リラに年俸を引き上げることで妥協を図ろうとした。しかし、裏ですでにインテルと話がついているベルティは、この提案には応じない。そこに、インテルのモラッティ(元)会長が、900億リラのオファーをひっさげて登場、という筋書きである。

当初は「ヴィエーリには契約を履行する義務がある。ラツィオでプレーしたくないと言うのなら、1年間観客席送りにする用意もある」と強硬な態度を崩さなかったクラニョッティ会長も、このオファーを受け入れざるを得なかった。

移籍の契約が成立した翌日、「ラツィオに残るつもりはあった。クラニョッティは俺を引き留めるよりも400億リラ稼ぐことの方を選んだんだ」としらばっくれるヴィエーリに対して、ラツィオはこの移籍話の経緯をすべて明らかにした10項目からなるプレスリリースを配布。そこには「ラツィオは、ヴィエーリ氏とその代理人ベルティ氏によるこのような恐喝には応じるべきではないと判断した」という一文さえ含まれていた。

しかし、この「戦い」に勝ったのは、もちろん年俸100億リラ(とそこからのパーセンテージ)を手に入れたヴィエーリ=ベルティの方である。今や、セリエAのスタープレーヤーはビッグクラブ以上の「権力」を持っているのだ。
 
ここで、97/98シーズンのセリエA有力クラブの売上高/人件費比率を見てみよう(単位はリラ)。

 ミラン       77.8%(1440億/1120億)
 インテル      66.2%(1430億/ 948億)
 ユヴェントス    54.9%(1640億/ 899億)
 ラツィオ      66.3%(1220億/ 807億)
 パルマ       72.7%( 990億/ 727億)
 ローマ       57.5%( 910億/ 524億)
 フィオレンティーナ 64.6%( 650億/ 418億)

この比率は年々上昇しており、セリエA全体で見ると、95/96シーズンには56.7%(8740億リラ/4960億リラ)だったものが、97/98シーズンには64.1%(1兆2580億リラ/807億リラ)へと、7.4ポイントも増加している。

すでに見たように、この間のセリエA全体の売上高伸び率は44%。一方、人件費の伸び率は63%にも上っているから、このまま行けば、人件費の高騰がクラブの経営に深刻な問題をもたらすことは避けられない。
 
確かに、来シーズンから欧州カップのシステムが変わり、チャンピオンズ・リーグ、UEFAカップに参加するクラブには、かなりの収入増が保証されるということはある。本来ならば、こうした増収分は、ユースセクションの充実やスタジアムの整備など、長期的な経営基盤を強化するために使われるべきであろう。

しかし、これまでの状況を見る限り、ほとんどのクラブは、その収益を移籍金や年俸の吊り上げに注ぎ込み、先を争ってスタープレーヤーの獲得に走ることになるような気がする。

そして、もしそうだとすれば、近い将来、バブルが弾けたとしてもまったく不思議はない。そもそも、上のリストに上げた7つのビッグクラブのうち、決算で黒字を出しているのはユヴェントスとラツィオの2つだけなのだ。もしかすると、セリエAは自滅回路のスイッチを押してしまったのかもしれない。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。