代理人の話を続けよう。イタリア国内で代理人業を営むためには、高卒以上の学歴を持ち、AIPC(イタリアサッカー代理人協会)の主催する資格試験(法務、FIFAや協会の規約などの知識を試すもの)に合格した上で、7000万リラ(約500万円)の供託金を積んで、会員として登録することが必要である。

とはいえ、これは決して高いハードルではない。事実、プロサッカーのビジネス化に伴って、「法務コンサルタント業」から「移籍仲介業」へのシフトが進み、「旨味」の大きくなったこのビジネスに参入しようという人々の数は急速に増えている。

98年に500人強だったAIPCの会員数は、この1年間で一気に250人も増加した。異常ともいえる「代理人ブーム」がイタリアでは起こっているのである。
 
しかし、代理人として成功するためには、まず何よりも、優秀な選手をクライアントとして抱えることが必要である。そして、最も難しいのは、まさにここなのだ。いくら代理人の数が増えようとも、クライアントとなるべき選手の数までが増えるわけではない。

しかも、10億円単位の移籍金、億単位の年俸を得るトッププレーヤーとなると、ほんの一握り。そして、前回も触れたように、彼らの大部分はすでに、経験・人脈共に豊富な、数十人の有力代理人の傘下に集中しているのである。

こうしたトップレベルの代理人の「クライアント・サポート」はまさに至れり尽くせりである。まず「本業」の分野では、クラブとの契約更新の交渉がある。最近は契約期間中でも、他のクラブからより良い条件で移籍のオファーがあると、クラブは選手を引き留めておくためによりいい条件で契約を結び直すことを強いられる。最近も、ラツィオがネスタとの契約を4年間延長し、年俸もほぼ倍増(約4億5000万円!)した。

やり手の代理人になると、海外のクラブに移籍話を持ちかけてオファーを出させ、それをネタにクラブに契約更新を迫る、というマッチポンプを仕掛けたりもする。そうした手を使ってでも年俸を吊り上げてくれるのがいい代理人、という選手も少なくないから話は厄介になる。

もちろん、現在所属するクラブでなかなか試合に出られない選手や、地方の弱小クラブで活躍し、ビッグクラブへの移籍を狙っている選手には、いい移籍先を探して来なければならない。代理人の経験と人脈が物を言うのは、まさにその辺りである。

人脈ということでいえば、最近、この業界で急速に勢力を伸ばしている、まだ20代半ばの代理人がいる。アレッサンドロ・モッジという名のこの青年は、ユヴェントスの総合ディレクターで、「移籍マーケットの影の帝王」「イタリアサッカー界の黒幕」と呼ばれ、グレーな噂も少なくないルチャーノ・モッジの息子。

彼のクライアントには、タッキナルディ、ラヴァネッリ、ユリアーノ、ペッキアといった、ユヴェントスの(元)選手も含まれている。ペッキア(今シーズンの半ばにユーヴェからサンプに移籍した)などは、ナポリ時代、あこがれのユーヴェに移りたいために、わざわざ代理人をモッジに替えた、といわれるほど。

選手の利害を代表する代理人が、交渉相手であるクラブのディレクターの息子、というのは、どう考えても尋常ではないが、こういうことが堂々とまかり通ってしまうところがイタリアサッカー界の不思議な(というか胡散臭い)ところである。
 
さて、スポンサー関係の契約や肖像権管理などももちろんだが、彼らの仕事はこうした契約関係のサポートだけではない。例えば、毎週日曜日、試合を終えた選手の携帯電話には、必ずと言っていいほど代理人からの電話が入る。「いい代理人は、毎週日曜日の夕方だけで数十万円の電話代を使う」といわれるくらいで、選手を誉めたり、慰めたり、愚痴を聞いてあげたりすることも、彼らの重要な仕事なのである。

彼らの「ケア」はさらに、家や車の購入から資産運用のコンサルティングまでに及ぶ。サッカー選手は、サッカー以外の世事にはとんと疎いのが普通。あらゆる面で信頼できる相談相手となれなければ、いい選手は寄ってこない。

これだけ代理人間の競争が激しくなってくると、差がつくのはかえってそういう部分であったりもするらしい。選手の家族や親戚の冠婚葬祭への顔出しや盆暮れの付け届け(?)ももちろん欠かさないというのだから、経費のかかる商売ではある。
 
しかし、既存のクライアントに対するサポートだけで手一杯になっているようでは、代理人としてはまだまだ。新規顧客を開拓しなければ、この商売は長続きしないのだ。

彼らは、独自に築いた情報網を駆使して、セリエCから全国のプロチームのユースセクションまで、将来伸びそうな選手の発掘にも余念がない。まだいい顧客を持っていないマイナーな代理人であれば、こちらの仕事の比率はなおさら高くなる。

なるべく若く、無名で、しかし将来性豊かな選手を発掘し、契約を取り付けておくことが、将来のビッグビジネスにつながるのである(この辺りで有利なのは、やはり元選手だろう)。

イタリアでは16歳以下の選手とはいかなる契約関係も結ぶことはできないが、実際には、15歳以下でも有望な選手には、ほとんど代理人の手が伸びている。両親と内々に覚書を交わすなどして「予約」しているわけだ。

イタリアの場合、選手の発掘・育成のシステムが非常に発達しているので、このくらいの年代でもすでにかなり「選別」が進んでいる。したがって、16-17歳くらいの有望選手になると、まだトップの試合に出たことのないレベルであっても、代理人の間で取り合いになったりさえする。

最近も、ラツィオのプリマヴェーラでプレーする16歳のMF、ガスペリーノ・チネッリ(ザンブロッタに近いタイプのエレガントでスピードのある攻撃的MF。14歳からプリマヴェーラに上げられていた逸材で、数年後にはブレイクしている可能性大←残念ながらブレイクしませんでした12/2002)をめぐって、有力な代理人の間でトラブルが起こったばかりである。

彼を「予約」していた代理人が別の代理人を、約50万円の「小遣い」と最新の携帯電話をプレゼントしてチネッリを横取りした、として告発したのだが、こういう話はごろごろしているらしい。
 
このエピソードが象徴しているように、ビジネスとしての「旨味」が増すにしたがって、代理人「業界」のモラルが低下しつつある、と指摘する声も最近は少なくない。ミシェル・プラティニなどは、代理人こそサッカー界をビジネス一色に染め上げた元凶、とまで語り、不快感を隠さない。

こうした批判に対応して、業界内の「良識派」を代表するAIPC会長、クラウディオ・パスクアリン(デル・ピエーロ、ビアホフ、D.バッジョなどの代理人)は、大学卒業を義務づけるなど、代理人の資格規定を厳しくすることを提案しているが、もちろん、元選手、元クラブ関係者など、その資格を持たない多くの人々(イタリアでは大学卒業者は非常に少ない)は大反対しており、これは実現しそうにない。事態はもはや後戻りできないところまで来ている。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。