ボスマン裁定によるEU内移籍マーケットの自由化と衛星ペイTVの普及に伴う「TVマネー」の流入によって、ヨーロッパではこの数年、選手移籍の国境を越えた流動化とそれに伴う移籍金・年俸の高騰が急速に進んでいる。

欧州各国のビッグクラブの間では、金に物を言わせたトッププレーヤーの取り合いがエスカレート、この数年で「相場」は3倍にも跳ね上がった。リストラで減俸が相次いでいる日本とはまったく逆である。

これにいい意味でも悪い意味でも「貢献」しているのが、いわゆる「代理人」と呼ばれる存在。選手と専属契約を結び、契約更改や移籍をはじめスポンサーから肖像権の管理に至るまで、選手の契約にかかわる業務を代行して、年俸やスポンサー・フィー、移籍金などからパーセンテージを得るのが彼らのビジネスである。

今回は、日本ではまだあまり馴染みがないであろう彼らの実態について、2回に分けて取り上げてみたい。

かつて、サッカー選手が「社員」としてクラブに従属する立場にあった時代(イタリアでは1981年まで、選手はクラブの「所有物」であり自ら移籍先を選ぶ自由さえなかった)には、代理人は必要なかった。クラブと対等の関係で契約を結ぶ”フリーランスの専門職”としての立場が選手に認められたことで、「ビジネス」には疎いサッカー選手に代わってクラブとの交渉を行うスペシャリストが求められるようになったのである。

イギリスやオランダでは、70年代から代理人が活躍していたが、当時のイタリアではまだ一般的ではなかったようだ。この国で代理人の存在が公式に認められたのは、「イタリアサッカー代理人協会(AIPC)」が結成されサッカー協会の認定を受けた1990年のこと(代理人を介しての交渉はそれ以前から認められていた)。

イタリアに限っていえば、比較的歴史の浅い商売なのだ。現在は700人以上を数えるAIPCの会員も、当時はそれほど多くなく、またそのほとんどは弁護士資格を持った法務のスペシャリストだった。この状況に大きな変化が訪れたのは、EU圏内の移籍自由化を認めたボスマン裁定の前後からである。

移籍マーケットの自由化は、欧州サッカー界に大きな変化を引き起こした。ビッグクラブは「TVマネー」に物を言わせて各国のトッププレーヤーを買い集めようと躍起になり、選手たちにも、国を問わずより強いクラブとよりいい条件で契約を結びたいという意識が生まれてくる。これは、その間に立つ代理人にとっても、ビジネスチャンスの飛躍的な拡大を意味していた。

パーセンテージを取ることで成り立つ彼らのビジネスにとっては、移籍や契約更新のトラフィックが増えれば増えるほど、また「相場」が上がれば上がるほど、懐が潤うのは自明のこと。近年の移籍マーケットの過剰なまでの「活性化」に、代理人の存在が大きく関与していることは疑いのないところである。

従来はどちらかといえば選手の法的業務を代行する地味な「コンサルタント業」(年俸からのパーセンテージが収入になる)が中心であった代理人の仕事は、むしろ条件のいい移籍先を探し、交渉をまとめ上げる「仲介業」(移籍金からパーセンテージを取る)にシフトしつつあるのだ。

こうなると、求められる能力も変化してくる。法務のスペシャリストである以上に、マーケットの動きを関知するアンテナや、幅広い人脈を持つことが成功の条件になって来ている。元サッカー選手や元クラブ関係者がこのビジネスに参入するケースが増えているのも、そのためである。
 
ところで、一口に「代理人」といっても、そのカテゴリーはひとつではない。イタリアの場合、イタリア国内で選手の代理業務を行う資格を持った「代理人procuratore」(AIPCの会員)と、FIFAから認定を受けて国際的な移籍を仲介する「FIFAエージェントagente FIFA」という、2つのカテゴリーに分かれている。

両者の最も大きな違いは、前者は選手の代理人しか務めることができないのに対し、後者は選手だけではなく、クラブの代理として移籍交渉を行うこともできるという点。クラブ間で支払われる移籍金からパーセンテージを取れるのは「FIFAエージェント」だけ、ということになる。さらに、契約によって得ることのできるパーセンテージも、「代理人」は最大5%までと定められているのに対し、後者はより高い。

とはいえ、この区別はあくまで名目上のものに過ぎない。実際のところ、FIFAエージェントの資格を持たない代理人であっても、何らかの形で(つまりオフィシャルではない形で)、クラブから移籍の仲介料を手にしているのが実状だからだ。

1回の移籍で数十億円が動く移籍交渉、しかも多くの場合は複数のクラブの競争が絡むだけに、裏での「密約」の類も少なくないのである。「代理人」という言葉に、何かしらブローカー的な胡散臭さがついて回るのも、彼らのビジネスがそうした不透明さを感じさせるからにほかならない。
 
さて、現在、イタリアには700人を越える代理人(AIPC会員)が存在するが、大部分のトッププレーヤーは、数十人の有力な代理人に集中している。経験と人脈が物を言う世界だけに、成功するのは決して簡単ではないのである。次回は、イタリアにおける代理人事情について、より具体的に迫ってみたい。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。