5月6日、インテルのオーナー、マッシモ・モラッティがクラブ会長のポストを突然退いた。11月のシモーニ監督解任以来、後任のルチェスクと一部の選手との軋轢、そのルチェスクの辞任、さらにその後を引き取ったGKコーチのカステッラーニも4試合でチームを投げ出し、ついにはロイ・ホジソンを呼び戻すなど、混乱に満ちたとしか言いようのないシーズンを送ってきたインテルだが、今回の会長辞任は、まさにその混乱を象徴するような出来事となった。

モラッティ自身は、突然の辞任をこう語っている。「色々な意味で幻滅したことが理由だ。ホジソンを呼び戻した時に受けた批判や皮肉もそうだが、続けていく意欲を失わせるような出来事がいくつもあった」。

事実、開幕当初は優勝候補ナンバーワンという声も高かっただけに、インテルが「崩壊」してからの、マスコミを初めとする周囲の批判や攻撃は容赦のないものだった。「4年間で500億円を投資し50人の選手を買い、勝ち取ったのはUEFAカップひとつだけ」、「ファンタジスタ偏愛症候群」、「グランデ・インテルのOBたちに好き勝手やらせている」、「インテルへの愛着と選手への愛情が強すぎて冷静な経営者としての判断ができない」、「これだけ監督を替え続けて成功したオーナーはいない」等々。

特に、ウディネーゼ戦敗戦後のティフォージの激しい抗議(選手はもちろんフロントのスタッフにまで罵声、ペットボトル、卵、オレンジ、コインetcが浴びせられた。

モラッティに矛先は向かなかったが、彼自身はマッツォーラやロナウドまでが標的となったことに大きなショックを受けたといわれる)、そしてマスコミの皮肉に満ちた批判に、モラッティ会長の誇りは強く傷つけられたとも伝えられる。

95年に当時危機にあったインテル(翌年のカンピオナートへの登録も危ぶまれていた)を買い取ってから4年間、愛するインテルのために莫大な資産はもちろん、多大な情熱と犠牲を捧げてきた結果がこれだとしたら、確かに幻滅してもおかしくはない。

こうした側面から見る限り、今回の突然の辞任は、シモーニ解任劇と同様、計画的というよりも衝動的な部分が大きいようにも見える。しかし、少し詳しく事情を見てみると、必ずしもそうではないようにも思えてくる。

何よりもまず、モラッティは会長を辞任するが、インテルの筆頭株主(=オーナー)としての立場を放棄するわけではない。

一方、注目すべきなのは、モラッティの辞任を受けて、サンドロ・マッツォーラ(移籍マーケット責任者)、ルイス・スアレス(海外スカウト部門責任者)、マリオ・コルソ(国内スカウト部門責任者)という「グランデ・インテル」のOB3人、そして第二の株主であるピレッリの社長マルコ・トロンケッティ・プロヴェーラを初め、クラブの役員を務めていたモラッティのビジネス・パートナーたちもインテルを去ることを表明していること。

簡単にいえば、モラッティの辞任は同時に現経営陣を道連れにし、インテルの経営体制そのものを大きく変革するという結果をもたらしつつあるのだ。

新しい経営体制は、7月に行われる役員会で正式に決定されることになっているが、すでに明らかになっていることもいくつかある。

―会長には(モラッティが周囲の慰留を受け入れて復帰しない限り)、クラブのイメージを代表する人物が就任し、主にクラブの「顔」として渉外・外交を担う。第一候補は、もうひとりの「グランデ・インテル」OB、ジャチント・ファッケッティ。

―社長(代表取締役)のリナルド・ゲルフィは留任。「企業」としてのマネジメントに関する全権を持つ。ちなみに彼はモラッティ家の本業(SARAS=石油精製会社)でも片腕である。

―チーム部門の責任者であるスポーツ・ディレクターに、現在はパルマで同じポストを務めるレレ・オリアーリ(彼も元インテルの選手)が就任し、リッピ新監督とのパートナーシップの下、チーム作り(移籍・スカウトを含む)に関する全権を持つ。

―クラブの役員は、現在の22人から大幅に減員される見込み。

狙いは明らかに、経営スタッフの減量と権力の集中化・専門化である。オーナー会長が全権を握るというのはイタリアのクラブ経営の伝統的なあり方で、もちろん、モラッティ会長の父親であるアンジェロ・モラッティの「グランデ・インテル」もそうだった。

インテルを買い取ってからの4年間は、モラッティにとって、父親がやったのと同じ方法で「グランデ・インテル」をもう一度復活させる、という「コンセプト」に則ったものだったといってもいいかもしれない。

しかしインテルの場合、例えば毎年のチーム作りの根幹に関わる移籍マーケットとスカウトの部門に3人もの「責任者」がいたり、クラブの役員が全部で22人もいたりすることでもわかるように、会長の「助言者」が多すぎるきらいがあった。船頭多くして何とやら、である。

さらに、例えばペルージャのような地方の中小クラブならともかく、インテルほどの規模のクラブになると、企業としてのマネジメントにもチームのオペレーションにも高度な専門性が必要とされる。この10年で大きく様相を変えた「カルチョ・ビジネス」の最先端を行くビッグクラブの経営は、ひとりのオーナー会長が全権を握ってすべての判断を下すには、難しすぎる宿題になっているのである。

オーナーが「パトロン」に退き、それぞれの分野のプロフェッショナルに実際の権限を委ねる、という経営体制で思い出すのはユヴェントス。現在、ユーヴェの「真のオーナー」であるフィアット名誉会長のジャンニ・アニエッリは、ユヴェントスに関しては名誉会長の座さえ弟のウンベルトに任せている。

実際にクラブの経営に携わっているのは、実質的なクラブの「顔」であるロベルト・ベッテガ副会長、マネジメント部門を担当するアントニオ・ジラウド代表取締役、そしてチーム部門の全権を担うゼネラル・ディレクターのルチャーノ・モッジの3人。

お気づきの通り、インテルの予想される新体制、ファッケッティ/ゲルフィ/オリアーリというトリオも、役回りはこれとまったく同じである。ちなみに、もうひとつのビッグクラブ・ミランの場合も、クラブの「顔」は相変わらずベルルスコーニだが、実質的な経営はガッリアーニ(副会長)、ブライダ(スポーツ・ディレクター)の2人が担っている。
 
モラッティは「色々な意味で幻滅した」ことを辞任の理由に挙げている。マスコミの批判やティフォージの抗議が、彼を大きく幻滅させたことは間違いないだろう。

しかし同時にまた、今シーズンの失敗を通じて、彼自身の「オーナー会長」としての限界(というよりも、ビッグクラブ経営におけるシステムとしての「オーナー会長」の限界だが)に気づかざるを得なかったことにも、少なからず幻滅を感じているのではないだろうか。

現体制の導入によって大きな「結果」を手にしたユヴェントスが、その一方でかつて尊敬を込めて「ユヴェントス・スタイル」と呼ばれたフェアで紳士的なカルチャーを失ってしまったように、「モラッティ会長」のいないインテルもまた、何かしらの変質を避けることは難しいだろう。しかし、時代の変化はノスタルジーを許さない。

一流の経営者ではありながら、インテルのこととなると、ひとりのスーパー・ティフォージとしての感情を抑えきれなくなってしまうほどクラブを愛しているモラッティが、全権を握る「オーナー会長」から、単なる「パトロン」に一歩退くことを決心するのは、並大抵のことではなかっただろう。

しかし、彼にはそれをする勇気と見識があった。7月、インテルは新しい「コンセプト」の下で新たな戦いに臨むはずだ。「グランデ・インテル」復活を夢見るマッシモ・モラッティの挑戦はまだまだ終わってはいないのである。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。