「監督という仕事はこの10数年で大きく変わった。選手たちがいい意味でも悪い意味でも世間知らずで、現在のように守られてはいなかった時代は、彼らを統率していくのもより簡単だった。

今の選手たちは昔と比べるとより成熟しているけれど、同時により尊大にもなった。彼らの頭の中にあるのは、まず自分がよりたくさん稼ぐことで、チームのことは二の次。クラブは、信じられないほどの大金を投入して、その見返りをすぐに要求する。チームには、昔と比べれば倍近い選手がいて、しかも大部分が代表クラス。

自分が試合に出るのは当然だと思っている。その背後には代理人がついていて、選手がレギュラーから外されただけで、移籍先を探し始める。そしてスポンサー。監督の仕事を複雑に、そして難しいものにすることばかりだ。

クラブとチームの間に挟まれて押し潰されそうになり、しかし結果を出さなければ最初に責任を問われる。これが現代の監督という仕事だ」(ジョヴァンニ・トラパットーニ、3月17日)
 
3月21日、インテルのミルチェア・ルチェスク監督が辞任した。過去1ヶ月は勝ち星すらなく、スクデット争いはもちろん、コッパ・イタリア、チャンピオンズ・リーグからも脱落したインテルは、この日も、降格圏内で戦っているサンプドリアを相手に、まったくいいところのないまま0-4で敗戦。ルチェスクがこれ以上なす術はない、と思ったとしても無理はない。

11月30日にシモーニ前監督解任の後を継いでから、わずか111日目の出来事である。

この辞任劇の背景にある事情は、シモーニ解任劇のそれとはかなり異なっているようだ。モラッティ会長を初めとするクラブ首脳陣は、ルチェスク監督の仕事ぶりを評価し続け、最近の不成績から解任(とシモーニ復帰)が噂に上り始めるに及んでも、常に監督を支持し、守り続けてきた。

監督にとって、落ち着いて仕事を続けるための最低限の条件は、クラブが監督の立場を支持してくれることである。その意味では、しばしばモラッティ会長から批判を浴びてきたシモーニと比較して、ルチェスクを取り巻く環境は決して悪くなかったはずだ。では何が問題だったのか? 

その鍵は、ルチェスク自身が、先週、マスコミに語った言葉の中に潜んでいる。
「インテルの最大の問題は、選手の誰もが自分はロナウドだと思っていることだ。彼らをベンチに送るのは、国家的事業よりも困難な仕事だ。誰もローテーションを受け入れようとはせず、私がどんな選択をしても、それがチーム内に緊張や対立、反発や嫉妬を呼んでしまう。こういう状況の中で仕事をするのは本当に難しい」
 
確かに、ルチェスクと選手たちとの関係は、就任直後から困難を予想させるものだった。12月6日、就任して最初の試合であるヴィチェンツァ戦で、途中交代させられたウェストが、脱いだユニフォームをルチェスクに向かって投げつけたのである。そしてその後も、折に触れてチーム内の対立が外部に漏れ伝わってくる。

曰く、ボローニャ戦の直前にスタメンを外されたコロンネーゼがロッカールームで監督に食ってかかった、エンポリ戦でジョルカエフが途中出場を拒否した、ラツィオ戦を控えてウェストとヴェントラが監督と激しく口論した、ecc。

この種の話は、後になってから「実は…」という形で出てくるものが多いのだが、今回も例外ではない。

月曜夜のサッカー討論番組にゲストで出演したペルージャのボスコフ監督は「インテルの内部は3つのグループに分裂しているという話を以前から聞いていた。ルチェスク派と反ルチェスク派がいて、残りの選手は沈黙を決め込んでいる」と語っていたし、一時、シメオネがリーダーとなってチームをまとめようとしたものの、逆に一部の選手たちから反発を買い、内部分裂がさらに決定的なものになってしまったという話も伝えられている。

一部紙上では、ルチェスクとは逆に、クラブ首脳との折り合いは悪かったが選手からは慕われていたシモーニ前監督が、解任後も一部の選手と公然とコンタクトを取り続けており、復帰を狙って不和の種を撒いていた、という説さえ飛び出している。
 
これらの話の真偽はともかく、ルチェスク監督が、インテルのサッカーをより攻撃的でスペクタクルなものに変える、というグラウンドの上での仕事(モラッティ会長の願いはそこにあった)以前に、ロッカールームの統率、つまりチーム・マネジメントの段階で躓き、結局それがすべてを悪い方向へと導いたことは確かなようだ。

その点ではルチェスクの力不足、ということもできなくはないのだろうが、シーズン終了までのパートタイム、しかも後任監督の名前までを誰もが知っている、という状況の中で、傾きかけたチームを立て直すのは並大抵のことではない。

2チーム分のトップ・プレーヤーを擁するインテルのようなチームとなれば尚更である。シモーニの下で何とかバランスを保っていたチームが、その結束の「要」を失ってバラバラになり、ひとりひとりが自分の利害だけにしか関心を持たなくなっていく―という経過があったことは容易に想像がつく(冒頭に引用したトラップの言葉は示唆に富んでいる)。

そんな状況の中に、内部事情をまったく知らないまま放り込まれた外国人監督(しかもパートタイム)にできることは、実際のところそう多くはなかっただろう。

そう考えれば、問題の源はむしろ(というよりも「やはり」)、4ヶ月前のシモーニ解任にあった、といわざるを得ないだろう。当時の事情はこの連載でも取り上げた(「インテル・モラッティ会長の決断」)ので繰り返さないが、あの解任は結果的に、実は微妙なバランスの上に成り立っていたインテルというドリーム・チームを、内部からの自己崩壊に導く役割を果たしたに過ぎなかったのだ。
 
この原稿を書いている時点では、後任監督の名は発表されていないが、ほぼ間違いなくGKコーチのルチャーノ・カステッラーニが、シーズン終了までの「つなぎ」として登板することになるだろう(88年からGKコーチを務め、クラブからも選手からも信頼の厚い彼は、一昨年、ホジソンが辞任したときにも同様の役割を果たした)。

もはや来季のUEFAカップ出場権だけが目標となったインテルだが、現在の順位は9位。このままでは地獄のインタートト・カップ送りである。残りはわずか8試合。「ネラッズーロ」(黒と青:インテルのチームカラー)の誇りに賭けて戦う選手がどれだけいるかで、インテルの運命は決まる。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。