ペルージャの監督交代劇は、同じ時期に起こったユヴェントスのそれとは対照的に、なにやら茶番劇めいた匂いが漂っていた。今回は、いつもとは少々趣向を変えて、時系列を追って客観的に整理したこの事件の顛末をお送りする。少々長くなるが、このいかにもイタリア的なドタバタ喜劇をゆっくりとご鑑賞いただきたい。
 
◆2/7(日)
オリンピコでのラツィオ戦。序盤に得たほとんど唯一といってもいいチャンスに、マトレカーノのヒールシュート(最近流行中)を、実際にはゴールラインを越えた後にアルメイダが弾きだしたにもかかわらず、ゴールと認めてもらえないという不運はあったものの、何よりもまず力の上で到底及ばないペルージャは当然のように苦戦。

後半開始には、ラパイッチ、ペトラーキの両ウイングを下げ、ブッキ、テントーニを入れるという「奇策」を講じたものの、まったく効果なし。一方的な試合は3-0と順当すぎる結果に終わった。

◆2/8(月)
午前中、カスタニェール監督からマスコミに突然、ペルージャに辞任の意思を伝えたこと、夕方には記者会見を行うことを伝えるfaxが入る。理由は「監督としての仕事を責任を持って遂行できる状況が保証されないため」。それが具体的にどういうことなのかは、記者会見の席上、カスタニェール自身によって明らかにされることになる。

「ラツィオ戦のハーフタイム、ガウッチ会長はロッカールームに下りてくると『ラパイッチとペトラーキを替えろ。これはクラブの決定事項であり、その責任はすべてクラブが持つ。あなたは命令を遂行するだけだ』と私に言った。私には、それを選手たちに伝える以外になかった。ここまでされて辞表を出さなければ、私は選手たちに対して監督としての体面を失うことになる」。

伝えられるところによれば、カスタニェールは、度重なるガウッチ会長の「現場介入」に耐えかねており、すでに2週間前、ガウッチが強制合宿を命じた時に一度は辞任を決意していたという。この時は選手たちの説得を受け入れたが、さすがに、監督という仕事の本質的な要素である采配そのものへの介入までは許すことができなかったようだ。

辞任の噂はあっという間にペルージャの町に広まり、会見が行われるホテルには、キャプテンのマトレカーノを初めとするペルージャの選手数人、そして数多くのティフォージが集まった。当然ながら、全員が辞任撤回を望んでのことである。会見を前に、まず選手たち、続いてティフォージが説得を試みる。

この必死の説得は、部屋と廊下を仕切ったガラス越しにTVカメラがとらえるという尋常ではない状況の中で行われた。クラブから取材拒否命令を受けている選手たちは、マスコミの前では無言だったが、マトレカーノは”非公式”に「ひとつだけ確かなことがある。監督が辞めれば我々は間違いなくBに落ちるだろう」と悲痛な面持ちで語ったと伝えられる。

同じ頃、ペルージャは「突然のことで驚いている。クラブとしては辞表を受け取るわけには行かない。辞任は認めない」というコメントをマスコミに向けて発表している。ガウッチ会長はローマのオフィスにおり、対応に追われたのは息子のアレッサンドロとリッカルドだった。

夕方行われた記者会見の席上、カスタニェールは「今のところ辞任を撤回する気持ちはない」としながらも、選手、ティフォージはもちろんペルージャの市民すべてが心から彼の留任を祈っているという事実に、少なからずその決意が揺らいでいることを隠せなかった。

しかし、「ガウッチ会長とは話をしたのか」というマスコミの質問に対しては「電話で話をしたが、話さない方がずっと良かった」と語り、ガウッチが慰留に努めたわけではないことをうかがわせた(実際のところ、怒り狂ったガウッチは「貴様を抹殺してやる」とまで脅迫したらしい)。

こうして、辞任か留任か、誰にも判断ができない状況のままに、激動の1日は終わりを告げた。

◆2/9(火)
眠れぬ夜を過ごしたカスタニェールは午前中、自宅を訪れた何人かの選手やティフォージの代表と共に過ごす。クラブには、辞任を拒否するという前日のコメント以来何も動きがなく、状況は不透明なままだったが、この時点では辞任撤回の可能性が高まっているようにも見えていた。

事実、後の報道によれば、1日経って頭が冷えたガウッチはこの頃彼に電話をし、今後監督の領域には介入しないという条件で留任の話がまとまっていたといわれる。しかし、午後になって練習場に向かおうとしていた彼を訪れたガウッチの弁護士が彼に伝えたのは、次のようなメッセージだった。

「ペルージャの監督として残ってくれることを嬉しく思っている。ついては、今日の練習が終了したら、チームと一緒に合宿に向かうための準備をしていただきたい」。介入しないという言質を取り付けた直後のこの仕打ちに、カスタニェールも改めて決意を固めざるを得なかった。ガウッチはこの反応に「クラブが取材拒否を命じていたにもかかわらず独断で記者会見を開き、会長を中傷した」とする解任通告で応じる。

練習場には、辞任撤回の噂を耳にした1000人近いティフォージが集まっていた。しかし、練習が始まってみると、指揮を執っているのはプリマヴェーラの監督、ゴレッティで、カスタニェールの姿はない。

その頃彼は、自宅の前で待ち受けていたマスコミに、苦い思いを吐き出していた。「私を馬鹿にしているとしか思えない仕打ちだ。私を辞めさせるための戦術だと理解するしかない」。

ペルージャは小さな町だけに、話が伝わるのも早い。ティフォージたちにも、この報はすぐに届いた。怒った彼らは練習中のピッチに大挙して乱入、練習場は大混乱に陥ってしまう。それを取り巻いていた警察がそこに介入。選手たちは練習を切り上げてクラブハウスに逃げ込むしかなかった。

この時点ですでに、後任候補は、3年前にガウッチの下でペルージャを率いA昇格を果たした(翌年はガウッチと対立して解任されている)ガレオーネ、そしてユーゴ人のベテラン監督・ボスコフの2人に絞られていた。結局ガウッチが選んだのは前者。この日の夜には、ジェノヴァの自宅にいたボスコフをローマに呼び寄せ、今シーズン終了時までの契約を結ぶという早業だった。

◆2/10(水)
練習場に初めて姿を現したボスコフ新監督を待っていたのは、集まったティフォージたちの抗議だった。彼らは前日のようにピッチに乱入することはないものの、「イラリオか、無か」というコールを繰り返し、ボスコフに罵声を浴びせる。

クラブ側は、1ヶ月前にサレルノで起こった出来事(ロッシ監督解任の記者会見で会長がウルトラスから暴行を受けた)を思い出したのか、新監督の就任記者会見を行わないという異例の対応をせざるを得なかった。いつもは饒舌なボスコフ監督も「問題はペルージャというチームであって、誰が監督かではない」と非公式にコメントするにとどまった。

◆2/11(木)~2/13(土)
ティフォージたちの間にも徐々にあきらめの空気が広がったのか、ボスコフへの抗議は日を追ってトーンダウンしていく。ボスコフ監督も語り始めた。

「チームにはいい選手が揃っているし、なによりもひとつのグループとしてまとまっている。これは非常に重要なことだ。A残留が目標だという言い方は好きではない。このチームには、UEFAカップの出場権を狙える力があるからだ。目標はUEFAカップだ。

ティフォージも、1日目は抗議したが、2日目には抗議も弱まり、3日目には何も言わなくなった。大体、就任した初日にティフォージから抗議を受けるなんて、これまで一度も聞いたことがない。彼らが会長に反発するのは勝手だが、私がそれと何の関係があるのか。

今一番大事なのは落ち着いてインテル戦に備えることだ。抗議はその妨げにしかならない。彼らにもそれがわかったのだろう。もしガウッチ会長が何か言ってきたら?私の34年の監督人生の中で、他人に何をしろと命令されたことは一度もない。一度もだ」。

しかし、ティフォージたちの怒りが収まったわけでは決してなかった。ウルトラスは翌日のインテル戦で、ガウッチに対する大がかりな抗議行動を行うことを予告する。

◆2/14(日)
ホームでのインテル戦。果たしていつものゴール裏には、「ガウッチ:ペルージャの恥」、「お前にチームを預けるくらいならC2に落ちる方がましだ」、「今度はお前が合宿に行け。二度と帰ってくるな」といった横断幕が並ぶ。声援も、ガウッチを攻撃するコールと、いつもの「イーラリオ、イーラリオ」ばかり。しかし、標的となったガウッチ本人は、スタジアムに姿を見せず、ローマの自宅に残ってTVで試合を観戦していた。

この張りつめた空気の中で、逆に結束を強めたチームは素晴らしい戦いを見せる。堅いディフェンスから繰り出すカウンターアタックは何度もインテルのゴールを脅かし、19分にはカヴィエデスが先制ゴール。

1-0のまま入った後半12分に中盤の要、オリーヴェを退場で失い、一方的に攻め込まれるようになっても、先月当のインテルから移籍してきたばかりのGK・マッザンティーニが奇跡のセーブを連発して必死で持ちこたえる。後半35分には、やはりカウンターからラパイッチがだめ押しの2点目を奪い、試合に決着をつけた。

ボスコフ監督のコメント。「我々は世界でもベスト10に入るチームを破った。しかも後半の大部分を10人で戦いながらだ。我々のチームには素晴らしいキーパーがいるし、中田という才能あふれる選手もいる。ラパイッチについてはいまさら触れるまでもないだろう。目標?前にも言ったとおり、あくまでもUEFAカップだ」。

◆2/15(月)
勝利に気をよくしたガウッチ会長は、ついに沈黙を破ってマスコミの取材に応じた。
「この1週間というもの、すべてのマスコミからひどい扱いを受けたが、私自身がそれに値するとも、問題の原因がすべて私にあるともまったく思っていない。もちろん私も間違いを犯すことはある。しかしそれもすべて、愛するペルージャのためによかれと思ってやっていることだ。

ラツィオ戦でラパイッチを替えるよう命令したというのは作り話だ。私は単に、自分の意見を述べただけで、カスタニェールもそれに同意したから交代に踏み切ったのだろう。だから、どうして彼がああいうことを言うのか全く理解できない。

会長が監督に自分の意見を言うのは当然のことだ。モラッティだってやっている。どうして私だけがそれをしてはいけないのか。確かに、水曜日からの合宿を提案したのは事実だ。しかしそれは懲罰のためではなく、次のインテル戦への準備に集中できるようにと思ってのことだ。

私は会長として、チームがいい結果を出すことを考える義務がある。今年に入ってからの6試合は1勝5敗だったが、サンプドリアに勝ったその1勝が合宿の後だったというのは、偶然だろうか。

カスタニェールが辞めたらペルージャも終わりだと誰もが言っていたが、結果はどうだ。選手たちは私が期待していたとおりの反応を見せてくれた。カスタニェールはいい監督だが、ネガティブな状況にあるチームに刺激を与えることができなかった。鞭が必要な時にも弱腰過ぎるんだ。とはいっても、彼を切るつもりは私自身はまったくなかった。どうしても辞めたがったのは彼の方だ」。

どこまでも懲りないガウッチ会長であった。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。