12月14日、サンプドリアのスパッレッティ監督が解任された。セリエAではインテルに続いて今シーズン2チーム目の監督交代である。

主力選手の相次ぐ放出で昨シーズンと比べてチーム力が大幅に低下、しかも頼みのストライカー、モンテッラを故障による長期欠場で欠いているとはいえ、13節を終えて降格ゾーンからわずか1ポイントの14位、しかもリーグ最下位の25失点という現状は、監督交代の典型的なシチュエーションには違いない(もちろん監督を替えたからといって状況が好転するとは限らないわけだが)。

マントヴァーニ会長が後任として選んだのはイタリア人監督ではなく、元イングランド代表キャプテンでかつてサンプでも2年間プレーしたデヴィッド・プラット。昨シーズン限りで現役を引退し、イングランドU-19代表のコーディネーターを務めていたプラットの監督就任は、しかしイタリアプロサッカー監督協会の強い反発を呼んだ。

というのも、彼はイタリアではもちろん、イングランドでもプロコーチ・ライセンスを持っていなかったためである。

グーリットやヴィアッリの例を見てもわかるとおり、イングランドではプレミア・リーグであろうともライセンスなしで監督になることができる。

しかしイタリアでは、他の多くの国々同様、プロチームの監督になるためにはプロコーチ・ライセンスが必要である。選手協会同様、労働組合的な性格も持っている監督協会は、ライセンスを持たないプラットの正式な監督就任を認めようとせず、結局サンプドリアは名目上の監督を立て、テクニカル・ディレクターという形でプラットと契約することになった(これでもベンチに入って実際に指揮を執ることはできるから実際には不都合はないのだが)。
 
プロコーチ・ライセンスのシステムについては、ドイツのそれが日本では比較的よく知られていることと思う。昨年からやっと始まったS級ライセンスの講習にも、ドイツからコーチ(のコーチ)が招聘されているようだ。イタリアのシステムも基本的には同様で、以下のように3段階に分かれている。

◆基本ライセンス(*):アマ、プロのユースチーム及びアマチュアのトップチームの監督
 ―5週間の講習+テスト(州単位で年数回開催)
◆カテゴリー2ライセンス:プロのトップチーム(セリエC1/C2)の監督
 ―6週間の講習+テスト(基本ライセンス取得後2年間の経験が必要。フィレンツェ近郊・コヴェルチャーノにある協会テクニカル・センターで年2回開催。定員40名)
◆カテゴリー1ライセンス:セリエA、Bの監督
 ―16週間の講習+テスト+論文(カテゴリー2ライセンス取得後2年間の経験が必要。コヴェルチャーノで年1回開催。定員20名)
 (*) 昨シーズンまでは、「ユース・インストラクター」(12歳以下のユース指導専門)と「カテゴリー3ライセンス」(13歳以上のユースチームおよびアマチュアのトップチームの監督)とに分かれていたが、今シーズンからUEFAの規定に基づきこの二つが「基本ライセンス」として一本化された。  

セリエAのチームの監督になるためには、もちろんカテゴリー1のライセンスが必要である。プロコーチを目指す者はすべて基本ライセンスから始めなければならない上に、上位のライセンス講習を受講するためには2年間の経験が必要とされているから(例外規定はある)、イングランドのようなプレーイング・マネジャーはもちろん、現役引退後すぐにセリエAやBの監督になることもシステム上不可能。

現在セリエAの指揮を執っている監督たちも、ほとんど全員がユースコーチからスタートしている。

ユースコーチとして何年かの経験を経て、カテゴリー2のライセンスを取得してセリエCあたりにポストを得たとしても、それはまだ単なるキャリアの始まりに過ぎない。ここで期待された成果を上げられなければ、もうそれでその先はない。

現在、カテゴリー2のプロコーチは643人にも上るが、カテゴリー1のライセンス講習(マスターコースと呼ばれる)を受講できるのは、毎年わずか20人。事実上、セリエC、あるいはA、Bのプリマヴェーラあたりで何年か目立った実績を積み重ねない限り、参加資格を得ることさえできないのである。

週3日間、ほぼ1年間を通して続くこのコースを終えて、初めてセリエBのチームを指揮する資格が得られる。

しかし、道のりはまだまだ長い。更にハイレベルのセリエBにポストを得て、数年のうちに高い評価を確かなものにして初めて、セリエAの監督の座にたどり着くことができるのだから。

現在カテゴリー1のライセンスを持っているプロコーチは183人。セリエA、Bのポストは合わせて38しかないことを考えれば、イタリアのプロコーチの層の厚さ、競争の激しさがどれだけのものかは、容易に想像がつくだろう。その結果としての質の高さについては言わずもがなである。

「世界で最も美しいリーグ」といわれるセリエAのレベルの高さは、世界中から集まるワールドクラスの選手の華麗なプレーもさることながら、チームを指揮する彼ら監督たちの手腕に負うところも決して小さくはない。

どんなにいい選手が揃っていても、監督のレベルが低ければチームのサッカーはそれに見合った内容にしかならないのだから。このあたりはやはり日本との歴史の差を感じさせられるところではある。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。