ここまで3節を終えたセリエA。フィオレンティーナ、ウディネーゼ、ローマといった中堅クラブが好調なスタートを切った一方で、ビッグクラブはいずれもまだエンジンがかかり切らず多少もたつき気味、という状況である。

もちろん、シーズン開幕当初のこの時期は、各チームとも試行錯誤を繰り返しながらベストのフォーメーションとシステムを模索する段階であり、何らかの判断を下すにはまだまだ時期尚早。しかし、それを承知で言えば、最も大掛かりな補強を行ったラツィオの出足が最も鈍い(3試合をいずれも引き分け、トップから6ポイント差)、という事実には、何かしら示唆的なものがある。

ラツィオは、この連載でも以前紹介したように、この春、イタリアのプロサッカークラブとして初の株式上場を果たすなど、ヨーロッパ全体で進行するプロサッカーのビジネス化の波に、最も敏感に反応しているクラブである。

このシーズンオフにはサラス(リーヴェルプレート)、ミハイロヴィッチ(サンプ)、スタンコヴィッチ(レッドスター)、デラペーニャ、コウト(バルセロナ)、S.コンセイソン(ポルト)、そしてヴィエーリ(A.マドリード)と、世界中のトッププレーヤーを獲得、一躍、移籍市場の主役に躍り出た。

そのために投じた資金は150億円を超える莫大な額。何人かの主力選手(カジラギ、フゼール、ユーゴヴィッチ、チャモなど)を放出したとはいえ、移籍金の収支は100億円近い大赤字である。

誇れるほどの歴史と伝統もなく(スクデットは’74年の1回のみ)「中の上」クラスの「格」しか持っていないラツィオを、これだけ大胆な投資に駆り立てるものは何なのだろうか。

それはおそらく、このレベルのクラブにとっては、欧州プロサッカー界が迎えているこの大きな転換期こそが、それに乗じてユーヴェ、ミラン、インテルという「御三家」に肩を並べるトップクラブにのし上がる唯一最大のチャンスだからだ。市場が過渡期を迎えている不安定なときに大規模な投資をして、一気に市場拡大を図ろうとする成長企業のような戦略、といったらわかりやすいだろうか。

ラツィオのクラニョッティ会長は、’80年代末に突如実業界に姿を現わした、M&Aを本業とする投資家である。サッカーへの愛からこの世界に参入したわけでは全くなく、「サッカーのことなら何でも知っている多くのオーナーたちが何のタイトルも勝ち取ることができないということは、勝つためにはもっと別のことを知らなければならないということではないか」と明言してはばからない。クラブ経営を最初からビジネスとして割り切って捉えているのだ。

ヨーロッパ中のビッグクラブとの競争をくぐりぬけ、次々とビッグネームを買いまくる(本業が本業だけに「売買」に関しては辣腕なのである)のも、「エンターテインメント・ビジネスとしてのプロサッカークラブ経営」にとって大事なのは「人気」と「話題性」だと見抜いているからだろう。

そのスタンスがよく現れているのが、開幕直前にA.マドリードからイタリア代表のストライカー、ヴィエーリを40億円で獲得した一件。すでにサラス、マンチーニ、ボクシッチ、プロッティ(+デラペーニャ、ランバウディ)という十分な攻撃陣を抱えてチームの体制を固めつつあったエリクソン監督にとっては、ヴィエーリは必ずしも必要な選手ではなかった。

むしろチーム・マネジメントを困難にする戦力「過剰」をひき起こすことになったといってもいい。しかし、監督のまったく知らないところで数日のうちに進められ、電撃的に発表されたこの移籍は、上場直後の 6500リラから5000リラ近辺まで落ち込んでいたラツィオの株価を、1日で5%以上も押し上げたのである。

クラニョッティ会長は、他のオーナーのように、チームの戦い方や選手起用といった「監督の領分」口を出すことは全くないが、その代わり監督には、クラブの利益に優先順位を置いて作られたチームを受け入れ、「投資に見合った」成績をあげることを要求する。

チームは、確かに「スター揃い」には違いないが、だからこそマネジメントも難しいし、第一、選手が値段に見合った働きをするかどうかは何の保証もないのだが、「投資家」にとってはそんなことはおかまいなしである。

そして本来はスペクタクルの主役である「スター」たちにしても、その何割かは、高給と引き換えに、不平もいわずにベンチや観客席からゲームを見守らなければならない。しかし、それが兆単位の資本が動くビッグビジネスに化けようとしている、21世紀の欧州プロサッカーの掟なのである。そして「成長企業・ラツィオ」は大胆にも、一気にその最前線に躍り出ようと目論んでいるのだ。

その野望が実現するかどうかは、今シーズンのラツィオの戦いぶり次第。今のところ、個々の選手のプレーには目を見張るものがあるが、チームとしてはまだまだ未組織の状態である(セリエAの3試合に加え、楽勝と思われたカップウィナーズ・カップのローザンヌ戦でも引き分けに終わっている)。「投資」がどこまで回収可能なのかを判断するには、もう少し時間が必要だろう。

確かなのは、プロサッカーの世界は、生産設備の増強や販売拠点の拡大のように、投資効果が計算できる世界ではないということだけである。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。