メジャー・サッカー・シーンはすっかりワールドカップ・モードに入ったが、イタリアの下位リーグではまだシーズンは終わっていない。昇格・降格を賭けた熱い戦いが、ちょうど大詰めを迎えているところである。今回は、日本ではほとんど報道されることのない、このちょっとマイナーな話題を取り上げてみたい。

ほとんどがプロ2部制を取っているヨーロッパの国々の中にあって、イタリアは4部のセリエC2までがプロリーグ。プロチームの数も、全部で128にも及んでいる(詳しくは文末の注参照)。

都市の規模との関係で言えば、全国規模のメジャーリーグであるセリエA、Bでは、州都レベルの大都市、中都市のチームが大半を占める一方、セリエCは県庁所在地レベルかそれ以下の中小都市のチームが「全国区」目指してしのぎを削る、という構図である。

さて、筆者の住む北イタリア・ピエモンテ州の小都市、アレッサンドリア(人口9万2000人)にも、USアレッサンドリアというセリエC1(グループA=北部)のクラブがある。この規模の都市にとっては、セリエBのクラブを持っていればそれだけで鼻高々だが、C1のクラブでもまあそれを誇りに思うことはできる、というところ。

実際、この町の人々は、戦前はセリエAの常連で、ユヴェントスやトリノ、インテルをしばしば破り、「大物殺し」と恐れられたこのクラブが、もう20年以上もセリエBから遠ざかっているにもかかわらず、常にチームの動向に関心を注ぎ続けている。

月曜日のローカル紙は常に1面で試合結果を取り上げるし(その上、更にスポーツ欄2面をゲームに費やす)、観客動員数も、チームが上位にいれば5000人を超えることも少なくない(これはC1ではトップクラスである)。

ところが今シーズンのアレッサンドリアは、B昇格を照準に入れてスタートしたはずが、ホームで引き分け、アウェーで負けという地獄のパターンから抜け出せず、ずるずると順位を下げるばかり。

当初は我慢強く応援を続けていたティフォージたちも、シーズン後半には、あまりの試合内容の悪さに公然とサボタージュを宣言する始末で、結局、リーグ戦を18チーム中17位という成績で終え、ホーム&アウェイで戦われる残留決定戦(昇格を賭けたプレーオフと区別するために「プレーアウト」と呼ばれている。和製英語ならぬ伊製英語である)のポストを辛うじて確保するという悲惨な結果に陥ってしまった。

落ち目とはいえ、「全国区まであと一歩」のC1の一角を長年占めてきたクラブにとって、そしてそれ以上にそれを小さな誇りとしてきた市民(筆者も含む)にとっては、C2降格は屈辱以外の何物でもない。大げさに言えば、これは都市の「格」にもかかわる一大事である。

というわけで、先週の日曜日(5/31)に、フィレンツェ近郊の小都市ピストイアのクラブ、ピストイエーゼ(14位)との間で行われた、その「プレーアウト」第一戦(ホーム)には、ガラガラだったシーズン中とは打って変わって、5000人を超えるアレッサンドリア市民が応援に駆けつけた。スタジアムは満員に近い盛況である。

選手がピッチに入ってくると、発煙筒の煙と爆竹の音で騒然とするクルヴァ(ゴール裏スタンド)には、市の紋章が大きく描かれ、その下に”ONORATE LA CITTA'”(町の誇りを賭けて戦え)と大書された10×15mほどもある大きな旗が一杯に拡げられる。この試合を前にして、おそらくウルトラスが何日もかけて準備したに違いない。

監督はもちろん選手の大半が毎年のように入れ替わり、経営陣が変わることも珍しくないこの規模のクラブにとって、ずっと変わることがないのは、チームを支えるサポーター(=市民)だけである。その意味では、市民こそが真のクラブ・オーナーなのだと言えるかもしれない。この旗には、その彼らの誇りと祈りが一杯に込められていた。

肝心の試合の方は、この熱いサポートに支えられたアレッサンドリアが一貫してゲームを支配し、前半は0-0で終えたものの、退場で相手が10人になった直後の65分に待望の1点を先取。相手の落胆は明らかで、これでまず勝利は確実と思われたが、途端に選手たちの足が止まる。

イタリアでは、リードして迎えた終盤に現れるこの種の心理的ブレーキのことを”Paura di vincere”(勝利への恐れ)と表現するのだが、アレッサンドリアの選手たちは、「残留」という光が見えたその瞬間に、まさにこの状態に陥ってしまった。

試合の流れは徐々に相手に傾き、選手たちはナーヴァスになっていく。80分には、中盤の選手がイエロー2枚で退場を喰らって10対10。更に終了5分前には、もうひとりが相手のファウルに怒って肘打ちを見舞い、レッドカードをもらって、味方が9人になってしまった。そしてロスタイムに入った92分、キャプテンのCBが相手FWとエリア内で交錯、審判はペナルティスポットを指さしてホイッスルを吹いた。

スタジアム中が怒号で包まれ騒然とする中、動揺した警察犬が事もあろうにアップ中の相手の控え選手に噛みつき、1週間の怪我を負わせるという笑えないハプニングまで発生。試合は結局1-1で終了した。

2試合のトータルがイーヴンの場合は、シーズンの成績が上位のチームが残留する、というのが「プレーアウト」のルール。この引き分けで、アレッサンドリアは、敵地で勝たない限り地獄のC2降格である。そして、このチームは、もう2年以上もの間、アウェーで全く勝てずにいるのだ。

…はっきりいって、筆者は、多くの市民と同様、まったく気が気ではない1週間を送っている。これはもう、ワールドカップどころではありません、ホントに。運命の第2戦は次の日曜日。果たして…。

注) 全国レベルで戦われるのはセリエA(18チーム)とセリエB(20チーム)まで。3部のセリエC1は、A(=北部)とB(=南部)の2グループ(計36チーム)、4部のC2は、A(=北部)、B(=中部)、C(=南部)の3グループ(計54チーム)に分かれている。

セリエCは、それぞれのグループ(18チームずつ)から2チームが上のリーグに昇格、3チームが下のリーグに降格する仕組みになっているが、2つの昇格ポストのうちひとつは2-5位のチームで争われる「プレーオフ」、3つの降格ポストのうち2つは14-17位が争う「プレーアウト」によって決められる。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。