チャンピオンズ・リーグ決勝を最後にクラブサッカー・シーズンが幕を閉じた5月21日、イタリア代表の最終メンバーが発表された。これでイタリアもやっと「ワールドカップ・モード」に入ったわけだ。

選ばれたメンバーは21+2名(リストはすでに”Web news”に掲載されているのでそちらをご参照いただきたい。「+2名」については後述)。25-26人の選手を召集し、大会直前になって22人に絞る、という出場国が多い中、マルディーニ監督は、大会まで3週間を残したこの時点で、あえて「最終メンバー」を固定することを選んだ。

「この期に及んで、一度召集した選手のうち何人かを”家に送り返す”のは正しいことではない」というのが同監督のコメント。それが「正しい」かどうかはさておき、「決断」を2週間先延ばしにするメリットよりも、短い(それだからこそ貴重な)準備期間中に、「最終選考」をめぐる無用な不安や緊張がチーム内に生まれ、せっかくの結束が乱れるデメリットの方がずっと大きい、という判断が背景にあることは、まず間違いない。

チームとしての「核」はすでに固まっており、選手たちも「やるべきこと」は解っている、もちろん、今更、新しい「実験」をするわけでもない―とすれば、最も重要なのは、選手間、そして監督と選手の信頼関係にひびを入れることなく、精神的に安定かつ充実した状態で大会に臨むことである。そのためにも、不協和音や確執の種になる要素は極力取り除いておく、ということだろう。

無用な確執を避ける、という配慮は、選手にとってはある種の「こだわり」の対象ともなりうる「背番号」の決め方にも表れている。まず慣例に従ってキーパー3人に1番(ペルッツィ)、12番(パリウカ)、22番(ブッフォン)を割り当てた後は、まずDF、次にMF、最後にFWと、選手をポジション別のグループに分け、各グループ内でアルファベット順(これはイタリア代表のかつての「伝統」でもある)に若い番号から割り振っていく、という、単純明快で機械的な方法が採られたのだ。

従って、2番はDFの中でアルファベット順で一番最初に来るベルゴミに、また、本来はセンターフォワードに与えられるエースナンバーである9番はMFのアルベルティーニに、そしてFWは全て2桁の大きい番号を背負う(R.バッジョは18番)、ということになった。

ただし、例外が2つだけある。キャプテンのマルディーニには、本来なら5番が当たるところを、慣れ親しんだ3番が、そして故障からの回復が望まれているデルピエーロには、あえて「特別扱い」の10番が与えられたのだ。しかしこれらは、誰もが納得できる「粋な計らい」の範囲内であり、選手たちの間に何かしらの不快感を引き起こすものではないだろう。

その一方で、それぞれ選手のチームの中での「役割」(というか「立場」)は、かなり明確である。レギュラーはほぼ固定。初戦のチリ戦(6/12・ボルドー)に向けてなすべき選択は、右サイドにディリーヴィオを使う(守備重視)か、モリエーロを入れる(攻撃重視)か、ということと、現在故障中のデルピエーロが間に合わなかったときに、ヴィエーリと組む2トップの一角を誰にするか、ということくらいだろう。

レギュラーは不安なく調整に専念し、サブの選手たちは常に出場できる態勢を整えておく、というはっきりとしたタスクがすでに設定されているのである。

もちろん、大会が始まってしまえば、予測の範囲を超えた事態はいくらでも起こりうるから、全ての選手に「チャンス」はある。しかし、いずれにせよ、22人全員をゲームに出すことが物理的に不可能である以上、個々の選手には自分の立場とタスクをはっきりと理解・納得させておく方が望ましいことは明らかだ。その意味で、これは、「公平」とは言えないかも知れないが、間違いなく「公正」なやり方である。

先に触れた「+2名」の件、つまり、チャンピオンズ・リーグ決勝で右太腿の肉離れ(全治約3週間)を起こしたデルピエーロについて、代表のポストを「保留」とし、「保険」としてキエーザを召集した一件にも、それは当てはまる。

マルディーニ監督は、キエーザに「万が一デルピエーロが間に合わなかった場合のみ、フランスに連れていくことになるが、私は間に合うことを確信しているし、祈ってもいる。状況を理解した上で、それでもいいならば代表に合流してほしい」と明快に告げたのだ。もちろんキエーザは、納得の上で召集に応じている。

確かに、チーム内にあえて心理的なテンションを作り出し、それをバネにして選手のモラルを高める、というマネジメント手法もある。しかし、マルディーニ監督は、U-21時代を含めて、少なくとも外部からうかがい知れる範囲では、この手法を使ったことはほとんどないようだ。

まず何よりもチームの「結束」を重視し、選手にはそれを乱さないプロとしての高いディシプリンを要求する。その上で、「公正さ」に根ざした選手との「信頼関係」をベースに、彼らがその実力を十分に発揮できるメンタルな環境を整えることに、最も高い優先順位を置く。

これが、有能な「コーチ」である以上に良き「マネジャー」たるマルディーニ監督の、チーム・マネジメントの基本コンセプトなのである。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。