イタリアは今、今シーズンの優勝を賭けたユヴェントス-インテル戦(4/26・1-0でユーヴェの勝利)での審判の判定を巡り、政治家まで巻き込んだ喧々囂々の大論争で揺れている。

すっかりその影に隠れた形になってしまったが、試合の翌日、27日には、イタリアサッカーにとってひとつのエポックとなる出来事があった。セリエAのラツィオが、プロサッカークラブとして初めて、株式公開を果たしたのである。

読者の皆さんならご存じかもしれないが、ヨーロッパでは、’83年のトットナム・ホットスパーを皮切りに、イギリス(イングランド、スコットランド)ですでに二桁の数のプロサッカークラブが株式を市場に公開している。

しかしこれは、イギリスのクラブが公的助成にほとんど頼らず、独立した私企業に近い形で運営されてきたという歴史的背景があってのことで、他の国々では、近年までこうした資金調達の可能性が話題に上ることはなかった。

イタリアでも、プロ、アマチュアを問わず、サッカークラブは、従来、任意団体あるいは有限会社(株式は発行する)として運営されてきた。プロサッカークラブに、株式会社の形態が認められることになったのはわずか2年前、’96年のことである。

もちろん、株式会社になっても、上場するためには、直近2年間の決算が黒字であることを初め、様々な財務指標を満たさなければならない。これらをクリアし上場にこぎつけた初めてのクラブが、ラツィオだったというわけだ。

これまで、ラツィオの株式は、クラブのオーナーであるセルジョ・クラニョッティ氏が、自らが会長を務める、日本でもトマトの水煮缶でおなじみの食品メーカー、チリオCirioを通じて、ほぼ全数を保有していた(イタリアでは、ほとんどのクラブが、こうした形でひとりのオーナーの所有下にある)。

今回公開されたのは、その約3分の2にあたる2000万株。そのうち、最低500万株が一般投資家向けの公募の対象となり、残りは機関投資家などに割り当てられることになる。

この株式公開によってラツィオが市場から調達する資金は、諸経費を除くと500億リラ(約37億円)前後。公募に当たって新聞に掲載された公報によれば、この資金は、借入金の返済、ローマ郊外のフォルメッロに建設中(一部は完成してすでに使用されている)の練習場の施設整備、およびトップチームの戦力強化に充てるとされる。

実際ラツィオは、この株式公開の時期にタイミングを合わせるように、ユヴェントスに対して550億リラ(約40億円)を提示し、デルピエーロの獲得に乗り出している(もちろんユーヴェの答えはNO)。

これが本気なのか、株式市場対策なのかは判断がつけがたいところだが、来シーズンに向けた補強にすでに60億円近くを費やしているラツィオに、まだ更に投資余力があることは間違いないだろう。今回の株式売却益が、その小さくない部分を占めていることは想像に難くない。

セリエAのクラブでは、今のところ、ラツィオに続いてボローニャとヴィチェンツァが早期の上場を目指している。意外なようだが、むしろ財政規模があまり大きくない中堅クラブの方が、財務体質はいいのである。実際、セリエAのクラブで、’97年決算の当期利益が最も多かったのは、弱小・ピアチェンツァ(70億リラ=約5.2億円)であった。

一方、財政規模が50億円を超えるビッグクラブの中で、’96年、’97年と2期連続で黒字(といっても数千万円)を出しているのはラツィオだけ。ミラン、インテル、パルマは投資過剰で赤字体質(いずれも’97年は当期利益段階で200億リラ=約15億円を超える赤字、経常利益段階ではさらに悪い)、上場までまだ数年はかかりそうな見通しである。

唯一の例外はユヴェントスで、100億円を超える財政規模を持ちながら、年度によって多少の赤字が出ることはあっても、常に収支トントンに近い健全な財務体質を誇っている。上場についても、焦る様子はまったくない。

さて、27日からの株主公募を前にして、先週のTV、新聞、雑誌には、ラツィオの選手たちが、ダークグレーのスリーピース、ボウラーハット、蝙蝠傘という、古き良き時代のシティ(ロンドンの金融センター)のマネジャー姿(ただし足元はサッカーシューズ)で勢揃い、優雅に帽子を持ち上げて一礼するという投資家募集広告も登場した。

株式の額面は1000リラ(約74円)、最低の単位株数は1000株と、日本のそれと違いはない。公募価格はもちろん市場によって決められるが、一株あたり4500-6500リラ(約333-481円)の間に収まることになっている。50万円あれば、誰にでもラツィオの株主になるチャンスはあるわけだ。

しかし、株式である以上、値上がりもすれば値下がりもする。実際、イギリスでは、プロサッカークラブの株価指標である”FOOTBALL INDEX”(こういうのがあるのだ)が、この数カ月で40%近くも値下がりしているという。

通常の事業とは異なり、チーム補強に大枚の投資をしたからといって、それに見合った結果が得られることが保証されているわけではまったくないのが、プロサッカークラブ経営の難しいところ。

その点から言えば、このラツィオへの投資が、本当に割に合うものになるかどうかは、まだまだ未知数である。とりあえずは、今後の推移を見守ることにしよう。 

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。