2014年10月13日 クラブ

イタリア通信002:「クラブ」の利害と「チーム」の利害 (03.1998)

先週の半ば、ASローマのズデネク・ゼーマン監督が、来シーズンに向けた契約にサインした。シーズン途中のこの時期に来期の契約とは、不思議に思われるかもしれないが、イタリアでは珍しいことではない。

特に、引く手あまたの監督や選手の契約がシーズン末で切れるような場合、春先までに翌シーズンの「見通し」が立っているというのはよくあることだ。

さて、今回の契約更新は、決してスムーズに運んだわけではなかった。この早い時期に更新を望んだのは、クラブ側(センシ会長)だったのだが、ゼーマン監督は、チームの指揮権だけでなく、プレシーズンのチーム作り、つまり来シーズンに向けた選手補強についても主導権を握ることを要求し、それに難色を示したセンシ会長と対立したのである。

簡単に言えば、とにかく金に糸目をつけずにスター選手を買い集め「グランデ・ローマ」(偉大なるローマ)を作る、というのが、センシ会長のチーム作りの考え方。

しかし、ゼーマン監督は、この太っ腹のオーナー会長に対して、自分のサッカーに合った選手を集めなければ「勝てるチーム」は作れない、名前だけのスター選手はいらないし、金もそんなに使う必要はない–と言い張り、それが受け入れられなければ契約は更新できない、と迫ったのだ。通常、もっといい選手を買ってくれ、と会長に迫るのは監督の方だから、これは非常に珍しいケースである。

結局、ゼーマンの要求は、最終的にはほぼ全面的に受け入れられた。しかし、センシ会長が「チーム作り」の権限を手放したがらなかったのにも、それなりの理由がある。特にローマのようなビッグクラブの場合、クラブを「経営」する立場にある会長と、チームを「指揮」する監督とでは、チーム作りにかかわる「利害」がしばしば異なるのだ。

スクデット(リーグ優勝)を狙えるチームを作るためには、それに相応しいビッグネームが必要、というのが、ビッグクラブがネームヴァリューの高いスター選手を買いあさる表向きの理由である。しかし、実際には決してそのためだけではない。

’90年代に入って、ビッグクラブの経営は、時には100億円以上の規模の金が動く巨大ビジネスに成長した。全世界で放映される試合のTV放映権料や、グッズ販売をはじめとするマーチャンダイジング・ビジネス(イタリアではまだそれほど進んでいないが)の収入は、それまで最大の収入源であった入場料収入とは一桁も二桁も違う金額をクラブにもたらす重要な財源となっている。

その種のビジネスにとって重要なのは、チームの「強さ」以上に「人気」。そしてその人気を支えるのは、やはりスター選手たちなのである。

また、クラブに対して有形無形の影響力を持っている「ウルトラス」と呼ばれるハードコアなサポーター・グループとの関係もある。シーズン前の段階で、少なくとも優勝を狙えるように「見える」チームを作らないことには、彼らは納得しない。

ウルトラスのクラブに対する理不尽な抗議(しばしば脅迫に近い度を越えた形を取る。日本のサポーターには決して真似て欲しくない行動である)に遭わないためにも、ビッグクラブは、毎年、それなりの「名前」を持った選手を補強しないわけにはいかないのだ。

しかし、グラウンドの上でチームを指揮する監督にとっては、もちろん事情は異なる。会長の買い集めたスター選手が、必ずしも監督の目指すサッカースタイルや、チームの補強ニーズに合っているとは限らない。

「名前」を重視するあまり、チームのコンセプトに合わない、あるいは既存の中心選手とタイプのダブる選手を買って来て、監督が頭を抱える、というのも、実際、よく目にする事態である(ローマは来期に向けて、ゼーマンに言わせれば「トッティのコピー」であるリヴァプールのマクマナマンに食指を伸ばしかけていた)。

また、特にゼーマンのように、個々の選手の局面局面でのムーブメントまで細かく決めた高度に組織的なサッカーを指向する監督にとっては、プレーにおいても自己主張の強い「エゴイスト」であるスター選手は、監督の戦術を理解して遂行するインテリジェンスや高いモティベーションを備えていない限り、むしろ厄介な存在になることも少なくない。

ゼーマン監督は、こうした「クラブ」と「チーム」の利害の対立を前に、あくまでも後者の立場で押し切ったわけだ。

とはいえ、今や、ビッグクラブのチーム作りが、グラウンドの上の要素だけでは決まらなくなっているというのは、ひとつの「現実」である。したがって、インテルのモラッティ会長がしばしば口にするように、個性の強いスター集団をまとめあげ、本当に強いチームを作ってこそ一流の監督である、という言説ももちろん成り立つ。

しかし、監督という職業にとって、唯一かつ最大の目的はグラウンドの上で「勝つ」ことである以上、その目的に対する自らのアプローチに頑なに固執するゼーマンのような行き方もまた、プロとして、当然「あり」なのである。彼がユヴェントゥス、ミラン、インテルといった「本当のビッグクラブ」の監督になる可能性が低い理由が、まさにそこにあるにしても。  

About tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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