イタリアサッカーの戦術的流れは、「カテナッチョ」から続く、リベロを置いた伝統的なディフェンシヴ・サッカーと、元イタリア代表監督サッキ(来季はアトレティコ・マドリッド監督就任濃厚)の流れを組む、ゾーン・ディフェンスをベースにしたサッカーに二分されている――という、前回の話の続き。

サッキとそれに続くカペッロ監督率いるミランが、イタリア国内はもちろん国際的にも大きな成功を収めた’80年代末から’90年代初頭、しかしイタリアでは、数の上ではまだまだ伝統的なディフェンシヴ・サッカーが優勢だった。それが変わりはじめたのは、’90年代半ばに入ってからのこと。

以前から、サッキの戦術コンセプトを積極的に採り入れ、よりバランスの取れたゾーン・サッカーを追求していたサッキと同世代の監督たち(リッピ、スカーラ、ラニエーリなど)が、ビッグ・クラブでも台頭してきたのである。

そのひとつの契機となったのは、’94-’95シーズンからリーグ戦の勝ち点が2から3に変わったこと。「負けない」こと(引き分け)の価値が相対的に下がった結果、「負ける」リスクを冒してでも「勝つ」ための、より攻撃的なサッカーが求められるようになったのだ。ユヴェントゥスがトラパットーニからリッピに、ラツィオがゾフからゼーマンに監督を替えたのはこのシーズンである。

もうひとつ、この時期にはすでに、より若い世代の監督たちの間で、サッキのコンセプトと戦術が広く支持されていたことも見逃せない。その結果、彼らの率いる下位リーグやプロのユース・セクションにもゾーン・サッカーが徐々に浸透し、その戦術をすぐに消化できるセンスを身につけた「ゾーン育ち」の若い選手が増えてきたのだ(注1)。

ところで、前回も少し触れたことだが、ゾーン=攻撃サッカー、という図式が無条件で成り立つわけではもちろんない。そもそも、ゾーンかマンマークか、というのは、あくまでも守備戦術の話であって、攻撃とは何の関係もないからだ。

しかし、リベロを置いたマンマーク・ディフェンスを採るイタリアの伝統的なスタイルが、あくまで「受け身」であるのに対し、サッキ以降の”ゾーン・サッカー”(ゾーン・ディフェンス自体は以前からあった)は、アクティヴにボールを奪いにいく、あるいは相手に攻撃をさせない、という意味で、よりボール支配=攻撃志向が強いということはできる。

相手の攻撃を「受ける」のではなく「壊し」、ボールを持って積極的にゲームを支配する、というイメージである。

こうして、イタリアサッカー界の各レベル(監督、選手とも)にゾーン・サッカーが浸透し、定着してきたこの1-2年、セリエA、Bでは監督の世代交代が急激に進んでいる。サッキから強い影響を受けていることから「サッキ主義者sacchista」とも呼ばれる若い世代の監督が頭角を現して来たのである。

その代表が、カペッロやリッピの現実主義的ゾーン・サッカーを、より攻撃重視の方向に発展させた3-4-3システム(注2)を採り、今シーズンのセリエAに旋風を巻き起こしているザッケローニ(ウディネーゼ)とマレサーニ(フィオレンティーナ)の両監督。

いずれもビッグ・クラブから注目されており、来季はより上位を狙えるクラブで指揮を執る可能性が高い。

また、惜しくもC3準決勝で敗れたヴィチェンツァを率いるグイドリン、サッキの愛弟子・アンチェロッティ(パルマ・首が危ない)、B落ち確実といわれた弱小エンポリを率いて残留戦線に踏みとどまっているスパッレッティ(来季はサンプドリアにほぼ確定)などもこのグループである。さらに来シーズンは、セリエBから何人かの若手「サッキ主義者」がAにデビューするだろう。

システム的にも、すでに見た3-4-3に加えて、ゼーマン(ローマ)の4-3-3、グイドリンの4-5-1、リッピの3-4-1-2など、多様な発展を見せており、今ではサッキの4-4-2(中盤横一列)が、「融通の利かない古いシステム」と評されるまでに、イタリアン・ゾーン・サッカーの進化と深化は進んでいる。

こうして見ると、イタリア伝統のディフェンシヴ・サッカーはこのまま消えていくのか、という風に見えなくもないが、実際はそんなことはない。セリエA、Bでは、まだ半数近くがこの戦術を採っているし、シモーニ(インテル)、ファシェッティ(バーリ)、グエリーニ(ピアチェンツァ)、モンドーニコ(アタランタ)など、優秀な監督も少なくない。

特に、相手の攻撃を何とか凌いで数少ないチャンスに賭けるという戦法を否応なく採らざるを得ない、戦力的に明らかに劣る弱小クラブにとっては、「カテナッチョ」は、まだまだ現実的で有効な戦術なのである。

また、インテルのように圧倒的な才能を持つ攻撃陣を抱えていれば、まず守りをしっかり固め、彼らの「才能」が最大限に発揮されるカウンター・アタックを攻撃の柱に据える、という戦略も十分「あり」になる。

そしてイタリア代表も、サッキからマルディーニに監督が替わり、5-3-2のディフェンシヴなシステムに戻った。確かにディフェンスはゾーンが基本だが、相手のFWやMFが強力ならば躊躇なくマーカーを張り付けるし、なにより基本的にリアクション・サッカー志向だという点で、イタリアの伝統をしっかり継承している。

伝統と革新、2つの「イタリアサッカー」が共存する状況のなかで、代表チームのこの方向性が今後も継承されるのか、それとも、今度こそはっきりとイタリア流ゾーン・サッカーへの道を歩むのか。フランス・ワールドカップはその大きな転換点となるだろう。

(注1)イタリアのユース・セクションで、戦術的なことを教えはじめるのは13歳前後からだが(それ以前は個人の基本技術を磨くことだけに焦点が当てられる)、今では、この段階からゾーン・ディフェンスの戦術を教えるクラブが、プロチームの多くを占めるようになってきている。

組織的な戦術に対する理解を早くから深められる一方で、プレーの選択の幅が広いため、湯浅健二氏いうところの「自由にならざるを得ない」状況により多く直面させることができる、さらに、ゾーンで育ってもマンツーマンには対応できるが、マンツーマンで育った選手はゾーンに対応するのが難しいことなどがその理由である。

(注2)ウディネーゼやフィオレンティーナの3-4-3システムは、フラットな3ラインのゾーン・ディフェンス、中盤も4人が横並びというフォーメーションで、いわば4-4-2(ゾーン)の発展型。リベロを置き中盤が菱形のアヤックス-バルセロナ系3-4-3とは、「数字」上は同じでも中身はだいぶ異なる。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。