サッカーには国民性が反映する、とよくいわれる。ルールが世界共通であるにもかかわらず、というよりもまさにそれゆえに、このゲームをどう理解・解釈し、どのような戦術・プレーを選ぶかという方法論には、個々の国々の歴史・社会・文化が刻印されるのだ。

その意味でイタリアを代表するといわれてきたのが、「カテナッチョ」(ドアにかける閂錠のこと)、つまり、相手FWをマークするストッパーに加えて、特定のマークを持たない「リベロ」を置く厚いディフェンスを敷き、相手を呼び込んでおいて必殺のカウンターを繰り出すという、しごく守備的な戦術である。

サッカーに限らず、球技全般にいえることだが、「ゲーム」としての基本的なコンセプトは、相手よりも多く点を取った方が勝ち、というものである。サッカーの戦術も、戦後、1950年代までは、その発想に基づいて発展してきたといっていい。

ところが、’50年代から’60年代にかけてのイタリアでは、この「ゲーム」のコンセプトを、少なく失点した方が勝ち、あるいは点を取られなければ少なくとも負けることはない、と読み変えてしまったのだ。

スポーツというのが、本来、どちらがより優れているかを競うゲームだとすれば、それをどちらがより劣っていないか、という議論にすりかえてしまうというのは、考え方によってはかなり「卑怯」な話である。しかし、手段がどうであろうと、結果として得られる現実的利益が大事、というイタリア人からすれば、これは至極当然の発想であった。

そして、この「カテナッチョ」は、’60年代から’80年代まで、イタリアサッカーの伝統的な戦術となり、国際的にも大きな成功を収めることになる。

しかし、’80年代後半になって、その伝統に公然と「反逆」した1人の監督が、新しいサッカー・スタイルを生みだした。ミランを率いて大きな成功を収め、イタリア代表監督にまで登り詰めたアッリーゴ・サッキ監督である。

中盤からの激しいプレッシング、高いライン・ディフェンスによるオフサイド・トラップのシステマティックな適用、そしてそれらを可能にする組織的なゾーン・ディフェンスといった彼の守備戦術は、今や現代サッカーのひとつのスタンダードとしての地位を確立したといっていい。

しかし、「ゴールを割らせないこと」ではなく「相手からボールを取り返すこと」、さらには「相手に攻撃をさせないこと」を基本コンセプトとするこの戦術は、当時のイタリアでは、まさに革命的なものであった。

このコンセプトは、積極的なボール支配(=攻撃)をゲーム戦術の基本とするところからしか生まれてこない。その点で、サッキのサッカーは、攻めさせておいて反撃の機会をうかがう(ゴールさえ割られなければボールは相手に持たせておいても構わない)、という従来のイタリア的なそれとは明らかに一線を画していた。というよりも、ほとんど断絶していたのである。

それは、サッキがプロサッカー選手の経験がない理論家、つまり、イタリアサッカー界のアウトサイダーであったことと密接な関係がある。この国の伝統的なサッカー文化に縛られることなく、サッカーというゲームを純粋に研究の対象とし、理論的に突き詰めたところから得たひとつのニュートラルな解答が、ゾーン・ディフェンスをベースとするプレッシング・サッカーだったというわけだ。

ミランの国際的な成功の後、イタリアでは多くの監督が、試行錯誤を繰り返しながらこの戦術を採り入れてきた。そして現在、イタリアサッカーの戦術的な流れは、リベロを置いた伝統的なディフェンシヴ・サッカーと、ゾーン・ディフェンスをベースにした新しいスタイルのサッカーとに、はっきりと二分されている。

そして、今年のセリエAで上位を占めるビッグ・クラブの中で、前者を採用しているのがシモーニ監督率いるインテルだけ、という事実は、現在の状況をはっきりと物語っている。

しかし、実際のところ、現在イタリアで主流を占めるゾーン・サッカーは、決してサッキのミランが志向し、展開したような超攻撃的なサッカーではない。

サッキの戦術が、ボールを支配(=攻撃)している以上点を取られることはあり得ない、という大胆なまでに論理的な発想に根ざした理想主義的なサッカーであったとすれば、カペッロ(ミラン)、リッピ(ユヴェントゥス)、スカーラ(B.ドルトムント、元パルマ)、ラニエーリ(ヴァレンシア、元フィオレンティーナ)といった、サッキと同世代の「ゾーン主義者」たちが発展させたスタイルは、サッキの発想をベースにしながらも、ディフェンスと攻撃のバランスを重視した、より現実主義的なゾーン・サッカーであった。

これは、伝統からの断絶として生まれた無国籍でニュートラルなサッキの戦術の「イタリア的」展開、いってみれば、ディフェンシヴ・サッカーの伝統に基づいた再解釈であると見ることができよう。当然の話だが、ゾーン・サッカー=攻撃的、というわけでは、全くないのである。

蛇足になるが、その中で唯一、理想主義的な攻撃サッカーを追求し続けているのが、サッキ同様純粋な理論家であり、さらに外国人だという意味で、二重のアウトサイダー性を帯びているゼーマン(ローマ)だというのは、興味深い事実である。(次回に続く)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。