来週火曜日に、いまヨーロッパで最も勢いのあるチーム・アーセナルとの決戦を迎えるミラン。今回は、いまから3年前、まだルーニーやC.ロナウドがティーンエイジャーだった頃のマンUと戦った試合のマットレポートです。

この後ミランは、インテルとの「炎のダービー」(火を吹いたのは発煙筒でしたが)、そしてPSVとの薄氷勝利を経て、インスタンブールの悲劇へと向かって行くことになります。

そして今、この時からほとんど顔ぶれが変わらないまま3つ歳を取ったミランは、当時のマンUよりもさらに若くさらにダイナミックでさらにコレクティヴなアーセナルを迎え撃とうとしています。『footballista』に寄稿したプレビューの通り、ギリギリでミランの勝ち、というのが(贔屓目も含めた)ぼくの予想です。確率はきっかり50/50だと思いますが。

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7万9000人の大観衆で膨れ上がったサン・シーロ。選手入場とともに、ミランサポーターの牙城クルヴァ・スッド(南ゴール裏)には、赤い悪魔の顔が浮かび上がり、その下には“I’ve got a devil in me”と大書された横断幕がなびいた。

マンチェスター・ユナイテッド(以下マンU)が“レッド・デヴィルズ”ならば、ミランのニックネームも“ディアヴォリ”(悪魔)。ピッチを隔てたクルヴァ・ノルド(北ゴール裏)の1階を埋めた9000人を超えるマンUサポーターに向け、同類同士の仁義を切ったというわけだ。

2匹(?)の悪魔のうち、追いつめられているのはマンUの方だった。2週間前の第1レグは、GKキャロルのミスから痛恨のアウェーゴールを喫し、0ー1の敗北。敵地で最低でも2ゴールを挙げない限り、勝ち上がりの可能性はない。

一方、アウェーで先勝したミランは、引き分けでもOKという有利な立場。アンチェロッティ監督は試合前から、何の隠し立てもなくこの試合に向けた基本戦略を明言していた。

「試合へのアプローチは第1レグと同じ。つまり、ボールポゼッションを通じて積極的に主導権を握って戦いたい。もちろん、攻守のバランスを崩して逆襲を受けることがないよう、ディフェンスへの注意は怠らないつもりだ。最近のミランはシュートが少ない?それはその通りだが、相手にシュートを許すことはもっと少ない。明日もそういう試合になるだろう」

ミランが第1レグに続いて採用したのは、1トップのクレスポを1・5列目からルイ・コスタ、カカが支える4ー3ー2ー1システム。その配置から「クリスマスツリー」というニックネームを持つこの布陣は、ミランが通常使っている2トップの4ー3ー1ー2と比べて、中盤に割く人数が1人増える分、ボールポゼッションを保ちやすいという長所がある。

短所は、敵ゴール前、フィニッシュの局面に人数を割きにくい点。しかし、ミランの狙いは、得点すること以上に、主導権を握って試合のリズムをコントロールすることにある。

逆に、無理をしてでも勝ちに行かざるを得ないマンUは、ファン・ニステルローイ、ルーニーの2トップに加え、強力な1対1の突破力を誇るギグスとクリスティアーノ・ロナウドを左右のウイングに起用してきた。

「このチームは、6年前にCLで優勝した時よりも強いさ。本当に優秀なボーイズが攻撃を担っているからな」そう語るファーガソン監督、ご自慢のアタッカーを総動員する背水の陣である。

この4人がいい形でボールを持ち、敵陣深くで前を向いてプレーするチャンスを得られれば、スタム、ネスタ、マルディーニというワールドクラスを擁し、絶対的な堅守を誇るミランの最終ラインを脅かすことも不可能ではないはずだった。

中盤での激しい攻防で幕を開けたこの試合、最初にビッグチャンスを手に入れたのはマンUの方だった。前半28分、ピルロの中途半端なパスを中盤でキーンがカットし、素早く縦に展開。

それを受けたV.ニステルローイが、左サイドからカフーを振り切って全速力で走り込んだギグスに絶妙のアシストを送る。一閃した左足から放たれた鋭いグラウンダーは、しかしファーポストをかすめるとそのまま枠を外れてしまう。

だが、マンUが危険な香りを漂わせたのもここまで。終わってみればこれが、この試合たった一度の決定機だった。マンUにとって最大の問題は、中盤が恒常的な数的不利に置かれたことだった。4ー4ー2の両ウイングが高く張り出した陣形のせいで、ボランチを務めるキーンとスコールズには自ずと大きな負担がかかる。

百戦錬磨のベテランコンビといえども、ピルロ、セードルフ、ガットゥーゾというミランMF陣に加えて、トップ下から下がってくるカカやルイ・コスタまでを実質2人で相手にすることを強いられては、苦戦は免れなかった。

1タッチ、2タッチの素早いパス回しに振り回され、少しずつ消耗していくばかり。やっとボールを奪ってもすぐに包囲され、前線にボールを供給することなど全くままならない。

V.ニステルローイ、ルーニーの2トップは、交互に中盤に下がってミランのCBを釣り出そうとするなど、何とかいい形でボールを持とうと試みた。しかしネスタやスタムは、その手の動きに惑わされる並のディフェンダーとは訳が違う。

深追いすることなくトップ下とマークを受け渡し、たまに入ってくる縦パスも鋭い飛び出しでカット。結局マンUの2トップは90分間、まともにボールに触らせてすらもらえずに終わった。

C.ロナウドも、マルディーニにしっかり見張られて身動きが取れず、意味のない平行ドリブルを繰り返すだけで、効果的なプレーは一度も見せられず。ミラン守備陣の経験と実力が、マンU攻撃陣の若さを寄せ付けずに守りきったという構図である。

こうしてミランは、堅固な最終ラインと中盤での数的優位を土台に、まったく焦ることなく、しかし着実に試合の流れを手元に引き寄せていった。とはいえ、無理して攻撃に人数をかけるつもりがほとんどないため、ポゼッションは確保するものの、決定的なチャンスを築くまでには至らない。

前半のチャンスらしいチャンスは、36分に相手のクリアミスをハーフボレーで叩き、クロスバーをかすめたカカのシュート、ただ一度だけに過ぎなかった。

試合の流れが決定的にミランに傾いたのは、後半10分を過ぎてから。皮肉なことに、ハイボールを競り合ったガットゥーゾの肘にギグスが鼻を直撃され、鼻骨骨折で途中退場を余儀なくされたことがきっかけだった。

目の前から危険な敵が消えたことで、それまで最終ラインに釘付けになっていたミランの飛び道具、カフーが俄然息を吹き返した。それから5分間の間に3度、右サイドを敵陣深くまで駆け上がって中央のクレスポにアシストを供給する。

最初のグラウンダーはGKの飛び出しに目の前でカットされ、次のクロスには頭で合わせたものの、枠を捉えきれずに終わる。しかしクレスポも、三度目のチャンスはしくじらなかった。ファーサイドへのクロスを再びヘッドでとらえると、ボールはGKハワードの頭上を越えてゴールに吸い込まれる。時計は後半16分を指していた。

「終了20分前まで0ー0で試合が進めば、1点勝負に持ち込める。そうなればこっちにも勝機は十分にあるだろう。2週間前に我々が味わった落胆を、今度はミランの連中に味わってもらいたいものだね」

前日の会見でこう語っていたファーガソン監督だったが、第1レグに続きクレスポが決めた値千金のゴールで、その希望も潰えた。トータルスコアは2-0。この時点で、事実上の勝負はついた。

老将は試合後、落胆を隠せないながらも達観したような表情でこう語った。
「何とか先に1点取って試合の流れを変えたかったが、それは叶わなかった。ミランはファンタスティックなチームだ。本当にいいサッカーをする。マルディーニやカフーといった、経験豊富な選手が違いを作り出した。優勝候補の筆頭だと思うね」

果たして、決勝T1回戦が終わってみれば、バルセロナ、レアル・マドリード、そしてアーセナルと、創造性溢れる個人の力を頼みとする攻撃志向の強いチームは、いずれも姿を消してしまった。

勝ち残った強豪は、ミランに加えてユヴェントス、チェルシー、バイエルン・ミュンヘンと、組織的で堅固な守備と手数の少ないダイレクトプレー志向の攻撃を強みとする、リアリスティックなチームばかり。ここから先は、オープンな攻め合いよりも、慎重に相手の出方を窺いつつ数少ないチャンスに賭ける、緊迫した神経戦が増えることになりそうだ。

ミランとマンUが戦ったこの180分も、すでにそうした色彩が強かった。
「2試合とも均衡した内容だったが、狙い通りに主導権を握って戦い、勝つことができて満足している。作り出したチャンスを確実に決めていればもっと良かったが……」

というアンチェロッティ監督、試合後のコメントは、素直な本音だろう。どれだけ堅固な守備を誇っていても、常に無失点で切り抜けられるとは限らない。事実、もしギグスのシュートが枠を捉えていれば、試合の流れ、そして勝負の行方はまったく違うものになったかもしれなかった。

この先、そうした状況に追い込まれてもなお勝ち切るためには、決定力、すなわち決めるべき時に必ずゴールを決めるストライカーの存在が不可欠だ。

その点で気掛かりなのは、頬骨陥没骨折から復帰間近といわれるシェフチェンコの状況。過去に経験した二度の鼻骨骨折に続くこの怪我が“シェヴァ”に与えた精神的ダメージは、決して小さくないといわれる。

医学的には完治しても、恐怖心に打ち勝って全力でプレーできなければ、本来のパフォーマンスは戻ってこない。ミランは心理カウンセラーまで用意する周到なサポート体制を敷いている。

世界最強の最終ラインとヨーロッパ屈指のテクニカルな中盤を誇るミラン。前線では好調クレスポに加え、カカも復調の兆しを見せている。しかし、ヨーロッパの頂点を目指そうとすれば、彼らの力を合わせてもなお十分ではなくなる局面がおそらく、いや必ずやって来るだろう。

2年ぶりのビッグイヤー制覇は、バロンドールの復活にかかっている。■

(2005年3月10日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。