CWCが終わったら年末進行。ここで弱音吐いてても仕方ないですが。ちょうどミラノダービー前夜なので、1年前のマッチレポートとゴール裏の応援解説を。

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IL DERBY PIU’ BELLO E PAZZO
最も美しくクレイジーなダービー

後半開始直後の47分、絵に描いたようなカウンターで無人のピッチを突っ切ったスタンコヴィッチが、ぎりぎりまでDFを引きつけてからパス。並走してきたイブラヒモヴィッチが、マーカーともつれながらもきっちり押し込んでゴールネットを揺らす。

0-2という苦しいスコアでハーフタイムを迎え、一気に3人を交代するという背水の陣で後半に臨んだミランの出鼻を挫く、というよりも、実質的にとどめを刺したと言っていい3点目。これで完全に勝負は決まった、と誰もが考えたとしても、まったく不思議はなかった。

ところが実際には、このゴールこそが、おそらくミラノダービーの歴史に残るであろう、近年最もスペクタクルでスリリングでクレイジーな45分の始まりとなった。
 
前半は、この種の緊迫した試合にありがちな、タクティカルな展開だった。

1トップの[4-3-2-1]システムをあえて採用したミランは、中盤で数的優位を確保しポゼッションを高めるところまでは狙い通りだが、問題はそこから先。とりあえずセードルフとカカにボールを集めるものの、1トップのインザーギはCB2人にきっちりマークされて孤立、ろくにボールに触れない。結局、最後の20mで行き詰まり、外から強引にシュートを打つのが精一杯だった。

それと比べればインテルはずっとしたたかである。前半17分、セットプレーからクレスポが頭で押し込んで先制すると、その5分後にはスタンコヴィッチが見事なミドルシュートをゴール左上隅に叩き込む。主導権は相手に渡しながらも攻められっぱなしにならず、効率的な逆襲でゴールを奪い取る成熟した戦いぶりで、前半は2点のリードを危なげなくキープした。

そして後半開始早々の3点目。普通、これを喰らって意気消沈しないチームはないだろう。ところがまったく逆に、そこから吹っ切れたように反撃を開始するところが、ミランのミランたる所以である。

0-3となってわずか3分後に、セードルフのミドルシュートがDFに当たって軌道が変わる幸運なゴールで追撃の口火を切ると、そこから一方的に押し込んで行く。

セードルフが中盤に下がりトップ下の風通しが良くなったことで、高目の位置で窮屈そうにしていたカカが精気を取り戻し、後半から左SBに入ったマルディーニも、往年を思わせる積極的な攻撃参加でチームを鼓舞。両サイドからのクロスから中央突破まで、あらゆる攻撃のバリエーションを駆使するミランの攻撃は、スペクタクルに満ちていた。

ミランが1点差に追いつくのも時間の問題、と思いきや、後半半ばを過ぎたところで試合は思わぬ展開を見せる。インテルが珍しく敵陣深くでFKを獲得、途中から入ったフィーゴが絶妙のクロスをファーポスト際に送り込み、これを見事なヘッドでゴールに叩き込んだのは、誰あろうマルコ・マテラッツィだった。

残り20分あまりとなった時点での4-1は、さしものミランをも屈服させるに十分なダメージをもたらした……はずだった。有頂天になったマテラッツィが、すでに警告を受けていたのをすっかり忘れ、ユニフォームをたくし上げて息子の名前を書いたTシャツをゴール裏に誇示したりしていなければ……。

疲労がピークに達する時間帯で10人になったインテルには、もはや自陣に引きこもってミランの攻撃に耐える以外の選択肢は残されていなかった。後半31分には、それまで不調のどん底にいたジラルディーノが今シーズン初ゴールを決めて2-4。

そしてロスタイムに入ったところで、カカが美しいボレーシュートを叩き込んで3-4とインテルを追い詰める。後半を通じてミランが放ったシュートは19本。もしもう少し早く3点目が入っていれば、同点に追いついていても全くおかしくはなかった。

3-0か4-1か、ともかく内容的にはインテルの一方的な勝利に終わるはずだった試合が、終わってみればジェットコースターのような4-3。“パッツァ・インテル”(クレイジーなインテル)はやはりこういう勝ち方しかできないということなのか。

いずれにしても、スペクタクルな試合を演出して見る者をたっぷり楽しませた上に、宿敵ミランを14ポイント差に蹴落として首位の座を固めたのだから、インテルにとっては結果オーライには違いない。■

ミラノダービーのもうひとつの醍醐味は、両チームのゴール裏が意地とプライドを賭けて繰り出す応援パフォーマンスの応酬である。

午後8時25分、選手入場が近づくとまず動き出したのは、ホームのミランをサポートするクルヴァ・スッド(南ゴール裏)。2階席いっぱいに、赤字に黒い斜め十字(白い縁取りつき)が描かれると、その上端を縁取るように横断幕が下りてくる。「7月、8月、インテリスタは夢を見る」。これは、毎年のように派手な補強をして、開幕前には必ず優勝候補に挙げられるインテルをからかう常套句である。

続いてクルヴァ中央に、ミランのシンボルたるディアボロ・ロッソ(赤い悪魔)がデビルマン風のコミック仕立てで描かれたフラッグが大きく広げられる。下には「クルヴァ・スッド」の文字。そして、これで終わりかと思えばさにあらず、最後にいかにも、という落ちが待っていた。2階席の下端に広げられた横断幕にいわく「そして、恥ずべきスクデットを勝ち取る」。

インテルが昨シーズンのスクデットを、文字通り“棚ぼた”で手に入れたのは周知の通り。ピッチの上で勝ち取ったわけではないこのタイトルは、インテリスタにとっては「クリーンで誠実な姿勢がもたらした勲章」だが、他のすべてのクラブのサポーターにとっては「受け取る資格のない恥ずべきスクデット」なのである。

一方、インテリスタの陣取るクルヴァ・ノルドに広げられた背番号3のユニフォームは、9月初めに亡くなったジャチント・ファッケッティ前会長へのオマージュである。60年代にヨーロッパを席巻したグランデ・インテルのキャプテンだったファッケッティは、フェアで紳士的なスポーツマンシップの権化のような人物だった。その意味でインテルにとっては、今回のスクデットの象徴といってもいい存在なのだ。

白地に赤い十字(聖ジョルジョの十字)は、今年のインテルのユニフォームの後襟にもついている、都市ミラノのシンボル。二階席最下段の横断幕には「彼の思い出にふさわしい戦いを」という、これ以上ないほどぴったりのひと言が添えられていた。

だが、今回の「応援合戦」で最も秀逸だったのは、その横断幕の上に一瞬だけ広げられた小さな手書きのダンマク(写真Inter_3b参照)に書かれた一文だった。「本当に恥ずべきなのは、お前らが今でもセリエAにいることだ」。スキャンダルに巻き込まれながら、降格を免れたミランに対する痛烈な皮肉である。

相手を貶めるばかりのミラニスタと、自らの誇りを示し、さらに即興で鮮やかに相手の侮辱を切り返して見せたインテリスタ。今回はピッチ上の戦いと同様、ゴール裏もインテルに軍配を上げるべきだろう。■

(2006年10月29日/初出:『footballista』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。