柳沢敦選手は、イタリアでプレーした日本人選手の中で(いまのところ)唯一、直接長いインタビューをする機会を得たプレーヤーです。サンプドリアに1年、メッシーナに1年半と足かけ3シーズンプレーしましたが、残念ながらセリエAでゴールを挙げることはできませんでした。1シーズン目のサンプ時代は、キャンプから何度か追いかけて原稿を書いたのですが、今回はそのイントロ編。入団が決まった直後に書いたものです。

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はっきり言っておきたいのは、これは商業目的の移籍ではないということです。柳沢は優秀なストライカーです。戦力として評価しているからこそ獲得した。もちろん、だからといってレギュラーの座が保証されているわけではありません。他の選手と同様、自分の力でポジションを勝ち取るために戦わなければならない」

6月25日にジェノヴァで行われた柳沢敦の移籍発表記者会見でこう語ったのは、サンプドリアのジュゼッペ・マロッタGM。4年前の99-00シーズンには、ヴェネツィアのGMとして名波浩(現磐田)の獲得に深く関わった経験を持つ、カルチョ界きっての日本通のひとりである。

「最初の3ヶ月は、新しい環境に慣れイタリア語を身につけるための準備期間になるでしょう。焦らずに見守りたい」という彼のコメントからは、イタリアという未知の環境、異なる文化の中に身を投じる日本人プレーヤーの困難を、当時の経験を通して十分に理解していることがはっきりうかがえる。柳沢にとっては、申し分のない受け入れ体制といえるだろう。

しかし、イタリアの環境に馴染む時間を与えてくれるとはいっても、活躍のチャンスまでも無条件に与えてもらえるほど、カルチョの世界は甘くはない。

ジェノヴァを本拠地とするサンプドリアは、過去4シーズンこそセリエBに低迷していたとはいえ、それまではセリエAの常連だった名門クラブ。念願のA復帰を果たした今、元イタリア代表の攻撃的MFクリスティアーノ・ドーニなど有力選手を次々に補強し、昇格1年目から残留はもちろん、一気に中位を狙うチーム作りを進めている。

チームを率いるヴァルテル・ノヴェッリーノ監督は「柳沢はビデオでプレーを見たし、イタリア戦のことも憶えている。悪くない選手だ。できるだけ早く環境に慣れて、自分の家とはいわないまでも居心地のいい場所だと感じてもらえるようにしたいものだ。もし最初から持てる力を十分に発揮してくれるならそれに越したことはないが……」と、やや距離を置いた口調。

即戦力としての期待がさほど大きくないことは、サンプドリアが、柳沢とポジションの重なるセカンドストライカーを現在も探し続けていることを見れば、容易に察しがつく。

柳沢とサンプの契約は1年間のレンタル。完全移籍のオプションがあるとはいえ、それを行使させるためには、1シーズンという限られた時間の中で、第4、第5の控えFWから出発して、厳しい競争を勝ち抜かなければならないだろう。レギュラーの座は与えられるものではない。フェアに戦い、しかし力づくで奪い取るべきものだ。

「商業的な目的」を否定するマロッタGMは、一方で次のようにも語っている。「この移籍が、日本との関係が広がるきっかけになることを祈っています。サンプは歴史と伝統のある偉大なクラブ。試合が生中継されるようになれば、日本の人々にもより知られ、注目され、ユニフォームやエンブレムが日本のマーケットにも広まるはず。それはとても誇らしいことです」。

中田、名波など過去の例を見ても明らかなように、レプリカユニフォームやグッズ類の売上から得られるロイヤリティ、地上波のTV放映権料などでクラブに転がり込む「ジャパンマネー」は数億円規模に及ぶ。マロッタGMは名波を通して、その「付加価値」の大きさを実感として知っている。サンプが柳沢を獲得した背景に、商業的な動機がまったくないと考えることは難しい。

もちろん、戦力としての評価と期待がすべての前提であることに疑いはない。しかし、戦力として選手を獲得すれば、オマケとしてビジネスの可能性までついてくるというのは、同じ「フットボール発展途上国」でも、アフリカや西アジア、中米やオセアニアでは考えられないこと。例えば、いま仮に、同じレベルの評価を受けている日本人選手とベラルーシ人選手(いずれもEU枠外)がいたとしよう。移籍金に大きな差がなければ、セリエAのほとんどのクラブは、躊躇なく日本人を選ぶに違いない。日本のサポーターの消費パワーが選手の欧州進出を後押しするという特殊な、しかしとりあえずは幸せな構図がここにある。

それがどんな動機であれ、日本のプレーヤーが欧州で活躍するチャンスをより多く得られるというのは、素直に喜ぶべきことだ。問題はそれを生かして実績につなげるだけの力があるかどうかの方である。 

欧州のトップリーグでレギュラーとしてプレーすること。カズ、城、西澤が跳ね返され、高原がドイツで挑み続けているこの日本人FWにとっての壁を、果たして柳沢は実力で乗り越えることができるだろうか。■

(2003年7月3日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。