中田英寿がローマからパルマに移籍した最初のシーズン(01-02)、大きな期待を集めながら活躍できなかったのはなぜだったのか、プロの視点から腰を据えて分析してもらった長い原稿です。文中に出てくる図はありませんがご勘弁を。中田さんについてはその後も何度か掘り下げた原稿を書いたことがあるので、それらも追い追い。

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心機一転を期して移籍したパルマで「10番」を背負い、主役としての活躍が期待された01-02シーズン。終わってみれば中田英寿にとっては多難な1年だった。セリエA34試合中、先発出場は半分の17試合(+途中出場7試合)。3人の監督からいくつもの異なったポジションでプレーすることを求められ、それに応えるための試行錯誤に大半を費やした感すらある。

当初、レンツォ・ウリヴィエーリ監督から与えられたのは2トップの背後中央、いわゆる“トップ下”のポジションだった。しかし、開幕から2ヶ月が過ぎてもチームは十分に機能せず、11月初めに同監督は解任となる。

その後ダニエル・パッサレッラの短期政権を挟んでシーズン3人目の監督となったピエトロ・カルミニャーニは「中田はトップ下の選手ではない」と宣言。終盤戦に入ると、攻守双方を担う純粋なミッドフィールダーとして起用した。皮肉なことに、昨シーズンの中田が最も輝いたのはこのポジションだった。

――という経緯を振り返った時に、改めて首をひねりたくなるのは筆者だけだろうか。
トップ下こそが、中田が最も得意とする“本来の”ポジションではなかったのか?にもかかわらず、序盤戦のパルマがチームとして機能しない原因はどこにあったのか??いったい中田は、どのポジションでどんな役割を担ってプレーするのがベストなのか???

ここはひとつプロの助けを借りて、これらの疑問を検証し直してみるのがよさそうだ。そこで、イタリアの若手プロ監督の中でも屈指の理論派として高い評価を集めるマウリツィオ・ヴィシディに、3つの異なるポジションを務めた昨シーズンの3試合をビデオでチェック、中田のプレーを分析・評価してもらった。

併せて、昨シーズンのパルマを率いたウリヴィエーリとカルミニャーニ、2人の元監督を直接訪ねて話を聞いた。中立者の客観的な分析と当事者の主観的な証言、ふたつの視点から、中田英寿を解剖しようという試みだ。

まずは図1をご覧いただこう。昨シーズン開幕直後、第2節インテル戦(ホーム・9月9日)の基本フォーメーションである。システムは3-4-1-2。中田は2トップ(ミロセヴィッチ、ディ・ヴァイオ)の背後、中央の位置でプレーしている。

図2は、この試合の中田がボールに触った場所と回数を緑の濃淡で示した分布図。ゴール正面の、相手にとって最も危険なゾーンではあまりプレーできなかったことがわかる。

90分を通したボールタッチは70回で、これはトップ下としては標準か、やや少なめの数字だ。そのうちパスは47本で、成功37、失敗10(成功率78%)。流れの中で放ったシュートは90分間で2本(そのほかにフリーキックから直接狙ったシュートが2本)。ボール喪失回数は3回。

もちろん、大事なのは数字ではなくプレーの実質的な内容の方である。ヴィシディの分析は、概ね次のようなものだった。

――ほとんどいつも2タッチでシンプルにプレー。パスはグラウンダーのショート、ミドルパスが大部分。正確でミスが非常に少ないが、決定的なチャンスを作るリスクの大きいパスも少ない。合理的・論理的なプレー選択だが創造性と意外性に欠ける。

――パスは止まった状態で足下に受けるのがほとんどで、フリーでスペースに走り込みパスを呼び込む動きはない。ゴールに背を向けてのプレーが多く、 ボールを持ってもなかなか前を向けず。

こうしたプレーの傾向は、イタリアにおいて“トレクァルティスタ”、すなわちトップ下に求められるそれとは明らかに異なる、とヴィシディは指摘する。では、求められているのはどんなプレーだというのだろうか。

「攻撃の“仕上げ”を担当するトップ下に要求されるのは、ボールをつないで攻撃を組み立てる局面ではなく、その先の最終局面、つまりシュートに直接つながるプレーです。ボールを受けたらすぐに前を向き、ドリブルで突破を図る、FWに意外性のあるラストパスを送る、自ら強引にシュートを打つなど、リスクを冒してでも決定的なチャンスを狙う。MFというよりはFWに近い、いわば、ハイリスク・ハイリターンのプレースタイルです」

しかし中田には、こういうエゴイスティックにみえるプレーを嫌い、常にシンプルかつ安全にプレーする傾向が強くある、というのがヴィシディの観察である。

「ボールを止めたらすぐにパスを出す。早いタイミングでボールを放すことを考えている。言い方を変えれば、単独で局面を解決しようという意志が希薄で、いいパスを出すだけで満足している部分があるということです」

その視点からすると、80%近いパス成功率やわずか3回のボール喪失数など、一見ポジティブに見える数字も「リスクにチャレンジしていない証拠で、マイナス評価の要因になる」という。事実、この試合での中田は、数少ないシュートの場面以外、決定的な場面に絡むことがほとんどなかった。総合評価は残念ながら及第点以下、である。
 
序盤の5試合を1勝3分1敗という煮え切らない成績で終えたところで、ウリヴィエーリ監督はシステムに手を入れた。

2トップの下中央に中田を置いた3-4-1-2のオプションとして準備していた、前線を1トップにして1.5列目開き気味の位置にふたりのトップ下を配する3-4-2-1システムを、実戦に導入したのだ。

図3は、その3-4-2-1を採用して2試合目となった第8節キエーヴォ戦(アウェー・10月21日)の基本フォーメーションである。図では1.5列目の右にディ・ヴァイオ、左に中田が入っているが、ふたりは前半14分にポジションを入れ替え、その後は図とは左右逆の配置でプレーした。同じトップ下とはいっても、中央にひとりで構えるのと、サイドに開いて2人で構えるのとでは、求められるプレーの質は当然異なってくる。

「1トップの場合、そのままではゴール前のシュートゾーンの“人口密度”が低いため、背後のプレーヤーが積極的にそこに入り込んでフィニッシュに絡む必要があります。やや外に開いてプレーする1.5列目の2人に、サイドアタッカー的な仕事が求められるわけです。例えば、ライン際を縦に、あるいはエリアに向かって斜めにフリーで走り込み、DFラインの裏でボールを受ける動き。もちろん、1対1のドリブルやワンツーでの突破にも積極的にチャレンジしなければなりません」

しかし、この試合での中田のプレーもまた、この要求を満たすものではなかった。

――DFラインの手前にとどまってパスを足下に求めることが多く、裏のスペースにボールを呼び込むフリーの動きがない。
――外から中に向かって動きながらボールをもらい、その後もシンプルに危険度の低いパスをつなぐか、横に動いてボールをキープするだけで、ドリブル突破やDFラインの裏にパスを通すなど、縦方向にプレーを展開する試みがまったくない。

確かに、図4を見ても、ゴールから遠い位置でのボールタッチが大部分を占めており、フィニッシュにつながるプレーがほとんどなかったことがわかる。後半9分にマルキオンニと交代するまでの54分間でボールタッチは32回。パス21本のうち成功13、失敗8(うち5本は前線へのアーリークロス)。ボール喪失はわずか2回だがシュートも0だった。

この試合を観戦した筆者の記憶に残っているのは、キエーヴォのスピードあふれるサイド攻撃ばかり。パルマは終盤まで守勢一方で、中田はゲームの流れから完全に浮き、途方に暮れていたような印象さえあった。

この試合の指揮を執っていたウリヴィエーリは、中田のプレーをこう振り返る。
「相手のディフェンスと中盤の間、やや開き気味の位置から内に入りながらフリーでボールを受ければ、ゴール正面に近い絶好のポジションで前を向くことができる。ここまでは戦術的な狙い通りだった。

彼ほどのテクニックの持ち主ならば、そこで決定的なチャンスを作って当然の状況だ。それこそまさに私が彼に求めていたことだ。しかし、中田にそれを求めるのは誤りだった。彼は本来トップ下のプレーヤーではなかったからだ。私はもっと早くそれに気づくべきだった」

中田がトップ下ではない?そこのところ、具体的に説明していただけないでしょうか?
「中田は、トップ下も十分こなせる高い技術を持っている。しかしフィジカル的な資質はMFにより近い。つまり、非常に高い持久力を持ち、90分間休まず走り続けることができるが、爆発的な瞬発力には欠けている。

トップ下は、試合の中でどんな動きをするだろうか。ずーっと動かずにいて、突然ダッシュをする。またずーっと止まっていて突然スタート。この繰り返しだ。しかし中田は常に走り続け、動き回っている。これはMFのプレースタイルだ。中田は、たくさんのボールに触る中で、質の高いプレーを繰り出す。我々がよく使う表現で言うと“量の中に質を見出す選手”だ。

こういうタイプはトップ下にはあまり向かない。相手DFとの距離が近すぎて、動き回るスペースがないからだ。彼が生きるのは、もっと自由に動ける中盤だ」

3人目の監督として後半戦を率いたカルミニャーニも、当時これと同じことを繰り返していた。そこで今度は、現在は育成部門で5人のGKコーチを統括する彼をパルマの練習場に訪ね、同じ質問をぶつけてみた。帰ってきたのは次のような答えだった。

「私が2トップの後ろでプレーする中田に求めたのは、前線に素早くボールを供給することだった。その点で、ゴールに背を向けたままボールをキープして攻撃をスローダウンさせてしまう彼のプレーが、私は好きではなかった。テクニックは申し分ないものを持っているから、トップ下に求められるプレーをこなす土台はある。しかし、これは技術ではなくプレースタイルの問題だ」

それでは、中田がそのカルミニャーニの下で中盤に入った試合を検証することにしよう。
図5は、シーズンも終盤に入った第30節ウディネーゼ戦(ホーム・4月7日)の基本フォーメーション。ここまで見た2試合とは違って、1.5列目に選手を置かず、中盤センターのMFを2人から3人に増やした3-5-2システムである。中田のポジションは、3人並んだセントラルMFの左側。守備的な役割を多く担う真ん中ではなく、攻撃時には敵陣まで攻め上がることもできる位置だ。

当然のことながら、このポジションに求められるプレーは、ここまで見てきたトップ下中央や1.5列目左サイドのそれとははっきりと異なっている。

「まず違うのは攻守の比重です。トップ下が70/30だとしたら、中盤では50/50。攻守両局面を常に意識しながらプレーする必要があります。また、自分のゴールからより近い地域でプレーするため、ハイリスク・ハイリターンよりも、確実性が高いプレーが求められる。まず大切なのはボールを奪われずにパスをつなぐことであり、そこから前線に展開するチャンスを窺うわけです」

これらはいずれも、ここまで見てきた中田のプレースタイルとぴったり合っているように見える。事実、ヴィシディの分析も、この試合の中田のプレーには、非常に高い評価を与えている。

――中盤左寄りやや上がり目の位置を基点に、2タッチのショートパスでシンプルにプレーし、攻撃の組み立てに重要な役割を果たす。

――クリーンで正確なパスワーク。無理なプレーはせず、ボールポゼッションを保つことを第一に考えた合理的な選択。サイドチェンジや前線への縦パスといった長いボールをほとんど蹴らないのと、ペナルティーエリアにフリーで走り込む動きがないのがやや難。

――常に守備の局面を意識し、さぼらずにポジションを細かく修正しながらプレー。相手ボールの時には素早く自陣に戻り、守るべきゾーンを守る。運動量は非常に多いが、1対1で相手からボールを奪う能力は低い。

図6は、この試合での中田のボールタッチ分布を示したもの。敵陣の左サイドで主にプレーしており、攻撃の局面によく絡んでいたことがわかる。90分間のボールタッチ数は76でチーム最多。パス44本中、成功39、失敗5。トップ下ならば失敗が少な過ぎると言われるところだが、MFとしてはパス成功率の高さは称賛の対象である。

ただし、MFにとっては重要な仕事のひとつであるディフェンスについてはやや点が辛い。ヴィシディだけでなくウリヴィエーリ、カルミニャーニも口を揃えたのが「セリエAのMFの中では、ディフェンスの能力は平均かやや劣るレベル」ということだった。

中田のディフェンス面については、ウリヴィエーリが非常に興味深い指摘をしている。
「中田はディフェンスに関して大きな欠点をひとつ持っている。彼は守備に回った時の1対1のフィジカル・コンタクトには決して強くない。しかし問題はそこではない。

そもそも、1対1のフィジカル・コンタクトが弱いからといって、守備でチームに貢献できないわけではない。適切なポジションで敵に対峙して危険なパスコースを切り、攻撃を遅らせるだけでも、十分大きな貢献になる。自分の次でボールを奪うと考えればいいのだ。

問題は、中田はそこであえて当たりに行ってボールを奪おうとし、失敗して抜かれてしまうということだ。何故そうするのか。私には、自分がディフェンスでも強いと示したいがためだと見える。あまりにも自尊心が強過ぎるのかもしれない。あるいは責任感のなせる業かもしれない。中田にはフィジカル・コンタクトの強さはないがインテリジェンスはあるのだから、自分の役割はインターセプトだと割り切って、その能力を磨くことに徹すればいい。それができれば、より完成度の高いMFになれるはずだ」
 
さて、ここまでの分析と証言をまとめると、「中田はトップ下よりも中盤で力を発揮できる選手」という結論が自ずと導き出されてくる。しかしこれはあくまでも、昨シーズンのパルマでのプレーを基準にしての話である。それでは、トップ下でプレーして高い評価を受けたペルージャ時代、そしてカペッロ監督によるMFへのコンバートの試みが失敗に終わったローマ時代は、いったいどう説明すればいいのだろうか。

「確かに、ペルージャ時代はトップ下でも機能していた。しかしあのペルージャは、前線に1トップがいて、中田はその後ろで自由に動き回りながら攻撃を組み立てる役割を担っていた。動くスペースはずっと大きかったし、チームは常に自陣に引いて守りを固めていたから、前を向いてプレーすることもずっと容易だった。

トップ下というよりも、守備の負担を軽減されたMFと言った方が近い。言い忘れたが、カウンターアタックは中田が最も得意とするレパートリーのひとつだ。自分が走り込むことも、パスでチームメイトを走らせることも出来る。強力な武器だ」(ウリヴィエーリ)

同じトップ下でも、自由に動き回れる大きなスペースがあり、いつも前を向いてプレーできる環境があれば、中田の持ち味も生きる、ということだろうか。しかしこれは、試合の大半を自陣に引きこもって守り、ボールを奪ったら一気にカウンターを仕掛ける下位チームの戦術である。

強いチームになればなるほど、前線で攻撃を担うプレーヤーへのマークは厳しくなり、与えられたスペースと時間は少なくなっていく。そこで局面を打開するために必要なのは、ここまで指摘されてきたような、フォワード的なプレースタイル、ハイリスク・ハイリターンのプレー選択、そして何よりも、意外性をもたらす創造力に満ちたプレーだろう。
しかし、意外性よりは合理性、感性よりも論理、即興よりも予測。実はどうやらこれが中田の持ち味なのではないか。

「では、中田に最も適したポジションは、いったいどこなのでしょう?」
この問いに対して返ってきた答えは、奇しくも3人ともまったく同じものだった。“メッザーラmezzala”である。

メッザーラ??直訳すると「半ウイング」となるこのイタリア語は、中盤でサイドとセンターの中間に位置する選手を指す。4-3-3、5-3-2(3-5-2でも同じ)など、中盤センターを3人で構成するシステムで、その中央ではなく左右に入る選手がそうだ。
――というとややこしいので、あえて日本風にいえば「トリプルボランチの左右どちらか」ということになるだろうか。

昨シーズンこのポジションで中田を起用したカルミニャーニは「彼自身は、自分に一番合ったポジションは他にあると思っているかもしれないが、私にとってはあそこがベストポジションだ」と断言した。

ヴィシディも「ボール奪取能力がやや弱い以外、長短の正確なパスワーク、卓越したボールキープ力、アシストを送る戦術眼、攻守のバランスが取れたプレースタイル、豊富な運動量など、理想に近い資質と能力を持っています」と太鼓判を押す。

ちなみに、ローマのカペッロ監督が中田の中盤コンバートを試みたときに採用していたのは、3-4-1-2システムだった。同じセントラルMFでも、2人の場合はともに攻撃よりも守備の負担を多く担うことになる(ローマの場合は両サイドが攻撃的なカフーとカンデラだったから尚更だ)。

中田がこのポジションにうまく適応できなかったのも、まさに守備、ボール奪取能力の不十分さゆえだろう。しかし、3人で構成する中盤の一角ならば、後ろをカバーしてくれる相棒がいるから守備の負担も軽く、その分積極的に前に出て攻撃のタレントを発揮することが可能だ。

しかしそうは言っても、今シーズンのパルマは、4-4-2システムが基本である。チェーザレ・プランデッリ新監督は、開幕を前にしたプレシーズンのトレーニングマッチで、ほぼ一貫して、中田を守備の負担が大きいセントラルMFではなく、左のアウトサイドMFとして起用し続けてきた。

果たしてこのポジションで中田は持てる力を発揮して活躍することができるのだろうか。「4-4-2の中盤左サイドというポジションが合うかどうかは、戦術的にどんな役割を与えられるかに大きく左右されるだろう。

もしウイング的に、サイドライン際を縦に突破するプレーを求められるのなら、それは中田に向いた仕事ではない。しかし、外を基点にして中に入り込んでパスを受け、エリアの手前からアシストやシュートを狙うという仕事なら十分に務まるはずだ。そうやって空けたライン際のスペースには、左サイドバックが走り込んで、深いゾーンを突くというパターンになるわけだ。

中田のタレントを生かす上ではベストの解決とはいえないが、例えばジュニオールとのペアならば、かなり攻撃的な左サイドになるだろう。あとは、チーム全体の攻守のバランスの中に、それがうまく収まるかどうかだが…」(ウリヴィエーリ)

可能性は十分にありそうだ。この先の答えを出してくれるのは、ピッチだけである。■

(2002年9月5日/初出:『Number』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。