2007年秋『footballista』の連載コラムに3回連続で書いた、ミランウルトラスの「ストライキ」とその背景事情についてのストーリーを、ひとつにまとめました。昨今のイタリアのゴール裏事情が象徴的に表れた話だと思います。

とりあえずこれで、ウルトラス話は一段落ということにします。

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「僕もチームメイトも、すごく腹が立っている。ミランがこれまでサポーターに与えてきた喜び、たくさんの勝利を考えれば、こんな扱いを受ける理由はどこにもない。この春のダービー以来、ずっとこういう状態が続いている。あの試合だって、サポーターの後押しがあれば勝てたはずだった。(……)

『ミランは俺のハートの中にいる』と口にするのなら、それを示して見せるべきだ。今のサン・シーロは、アウェーや中立地でプレーするのと全く変わらない。本当のホームでプレーしている気持ちになれない。こんなおかしい話はない。我慢ももう限界だ」(パオロ・マルディーニ/『ガゼッタ・デッロ・スポルト』9月20日付)

いつも冷静で模範的な態度を崩さないミランの偉大なキャプテンが、ここまで強くサポーターを非難する以上は、もちろんそれに値するだけの理由がある。そしてそれは、日本で伝えられている、ジラルディーノやジダに対するブーイングではない。

マルディーニが怒りを向けているのは、この2日前、サン・シーロで行われたチャンピオンズリーグ、ミラン対ベンフィカ戦で、クルヴァ・スッド(南ゴール裏)を埋めたミラン・ウルトラスが、試合を通して応援活動を一切行わず、90分間沈黙を貫く「ストライキ」を行ったことに対してである。

ホームゲームであるにもかかわらず、コールもチャントもまったく聞こえないスタジアムを支配していたのは、熱気のかけらもない不自然に醒めた雰囲気だった。愛するチームを応援するためにスタジアムに足を運んだサポーターが、応援のコールやチャントを「自粛」し、冷たい沈黙の中で試合を見守る。まっとうに考えればこんな馬鹿げたことはあり得ない。

ご存知の通り、ミランはつい数カ月前にチャンピオンズリーグ優勝を勝ち取ったばかり。サポーターには抗議をする理由など何ひとつないはずである。しかも、マルディーニが指摘しているように、ゴール裏の沈黙はこのベンフィカ戦だけの話ではないのだ。今年3月のミラノダービーに始まって断続的に繰り返され、今シーズンは開幕からすべてのホームゲームで「スト」が続いている。

なぜこのように理不尽な事態が起こっているのか。
その背後にあるのは、クルヴァ・スッドの主導権を巡るサポーターグループ同士のヘゲモニー争いであり、そのゴール裏とクラブ(ミラン)との間で繰り広げられている、様々な利権を巡る駆け引きのこじれである。

この6〜7年、ミランのゴール裏は、クラブとの協調路線で知られてきた。ライバルのインテルをはじめ、多くのゴール裏がクラブと対立して様々な問題を引き起こしてきた中で、ミランだけは何のトラブルもなく、蜜月と呼んでもいいほどの良好な関係を保ち続けてきた。

これはもちろん、近年のミランが数々のタイトルを勝ち取って、黄金時代を築いていることと無関係ではない。だがそれに加えて、ミランの側もウルトラスに様々な点で妥協し歩み寄ってきたという、無視できない事実もある。

例えば、「ブリガーテ・ロッソネーレ」、「コマンドス・ティグレ」、そして「フォッサ・デイ・レオーニ」(05年11月解散)といった、ゴール裏有力グループの幹部連中は、ミランから名前と顔写真入りのパスを提供され、クラブの役員やスタッフと同様、スタジアムのあらゆるセクションに立ち入りを許されてきた。チームにとって「聖域」と呼ばれるロッカールームも含めて、である。

こうしたVIP待遇だけではない。彼らは、1万人近いウルトラスを取り仕切る存在として、ゴール裏やアウェー戦のチケットをクラブから一括して買い取り、メンバーに“再販”する権利を与えられてきた。再販と言っても、定価で売るわけではない。1枚当たり数ユーロ(500円程度)のマージンを上乗せして売るのだ。

さらに、メインスタンドやVIP席のチケットも、クラブから安値、あるいは無料で入手し、ゴール裏を「卒業」したメンバーに売りさばく。アウェー戦の場合には、グループ単位で遠征をオーガナイズするが、そこにももちろんマージンが上乗せされる。

ミラノ警察ウルトラス対策部門の試算によれば、彼らがこうして稼ぎ出す金額は、チケットや遠征関連だけで、年間100万ユーロ(約1億6000万円)を上回るという。ここに、各グループがメンバーから徴収する年会費(通常は10ユーロ前後)、そしてマフラーやTシャツを始めとするグッズ類の利益を加えた「ゴール裏ビジネス」全体の規模は、2000万ユーロ(約3億2000万円)近くに上る計算だ。

ミランは、ウルトラスがこれだけのビジネスを行うことを容認し、時には協力すらすることと引き換えに、ゴール裏で一切のトラブルを起こさない確約を取り付けるという“取引”を行ってきた。そして少なくともつい最近まで、この取引は成功に終わってきた。

この種の取引を頑なに拒むインテルが、2年前のCL準々決勝ダービーで起こった発煙筒投入事件をはじめ、ゴール裏が引き起こすトラブルに幾度となく悩まされてきたのとは対照的に、ミランのゴール裏の振る舞いはほとんど常に優等生だった。

だがそれも、ミランとウルトラスの間の「ギブ&テイク」のバランスが取れている限りの話。マルディーニを怒らせたゴール裏のストライキは、まさにこのバランスが崩れ、長年続いた「蜜月」が終わろうとしている、その明らかな兆候と受け取るべき出来事なのだ。

問題の全貌を掴むためには、歴史を多少遡って、ミランのゴール裏の勢力地図を知っておく必要がある。

1970年代以降、ミランのゴール裏には、「フォッサ・デイ・レオーニ(ライオンの穴)」、「ブリガーテ・ロッソネーレ(赤黒旅団)」という2つのグループが主流派として君臨してきた。長い間、友好的な共同関係を保ってきた両グループは、しかし「ゴール裏ビジネス」が急激に拡大してきた90年代末頃から、その主導権をめぐって対立を強めていく。

00年代前半までは約4000人を擁する最大派閥だった「フォッサ」は、クラブとの関係を最小限にとどめて自主独立を保ち、批判・抗議すべき時には遠慮なく意思表示をするという硬派の姿勢を取り続けていた。

それに対して、第2勢力の「ブリガーテ」(3500人)は、クラブとの「癒着」を積極的に進めていく。批判や抗議をしない翼賛体制を築く見返りに、幹部のVIP待遇やチケットの横流しといった利権を手に入れて、「ゴール裏ビジネス」の拡大を図ろうという姿勢である。

それを見ていたミランが、どちらに「加勢」することになったかは、想像に難くない。そして2005年秋、クラブの後押しも受けて勢力を拡大してきた「ブリガーテ」にとって、千載一遇の好機が訪れる。「フォッサ」の幹部が、ユヴェントスサポとの抗争に際して奪われた横断幕を取り返すため、警察に内通して協力を求めるという「事件」が起こったのだ。

ゴール裏の自由を抑圧するにっくき敵、警察権力と内通するというのは、「ウルトラスの倫理」に照らせば許すことができない恥辱である。この事件をきっかけに、クルヴァ・スッドでは「ブリガーテ」の主導による「フォッサ」排斥運動が起こり、最終的に「フォッサ」は、幹部が詰め腹を切らされる形でグループの解散を宣言するという結果になった。これが2005年末のことだ。

4000人を超える元「フォッサ」のメンバーと、彼らが占拠していたゴール裏の「一等地」を巡って、新たな勢力争いが勃発したのは、当然の帰結だった。そしてそこに台頭してきたのは、「グエリエーリ・ウルトラス(ウルトラス戦隊)」という、2005年に旗揚げした新興グループ。ところがこのグループの中核を担っているのは、リーダーのジャンカルロ・ロンバルディ(32歳)をはじめ、恐喝、強盗、麻薬密売などの犯罪歴を持つ、極右系政治団体所属のごろつき連中だった。

「グエリエーリ」は、暴力や脅迫といった強引極まりない手段を使って勢力を強め、「フォッサ」の縄張りだったゴール裏の左半分を握ると、他のグループにも暴力で抗争を仕掛け、クルヴァの主導権を奪い取ろうとし始める。

彼らは、ミランを愛し応援するために「グエリエーリ」を旗揚げしたわけではまったくない。1万人規模のサポーターを食い物にして数億円規模の金を非合法で作り出す「ゴール裏ビジネス」に目をつけ、暴力を武器にそこに参入してきた確信犯である。

彼らは力にものを言わせた強引なやり方でクルヴァ内部での影響力を手に入れると、今度はミランに矛先を向ける。2006年12月のCLミラン対リール、続くセリエAミラン対トリノで、ゴール裏からピッチに発煙筒を数本投げ入れ、それをネタにして「もしアウェーチケットを横流ししなければ、今度は発煙筒の雨を降らせて没収試合にしてやる」と脅したのだ。

2年前のCL準々決勝ダービーでインテルのゴール裏が起こした発煙筒大量投入事件は、クラブに経済的にもイメージ的にも甚大なダメージをもたらした。「お前たちも同じ目に遭いたいのか」というのが、その脅し文句だった。

「フォッサ」を排斥してゴール裏の主導権を握ったはずの「ブリガーテ」にも、こうした「グエリエーリ」の横暴を抑えることはできなかった。それどころか、「ブリガーテ」のリーダーで、長年ゴール裏のスポークスマンとしてマスコミ対応やクラブとの交渉にあたってきた“バローネ”(男爵)ことジャンカルロ・カペッリ(58歳)は、「グエリエーリ」の幹部たちと結託してクラブを敵に回し、ゴール裏ビジネスを力で拡大・独占するという路線に相乗りすることになる。

こうして、ミランが長年ゴール裏との「癒着」を通して築いて来た、ウルトラスとの「ギブ&テイク」の関係は、ほとんど犯罪者集団と言っても過言ではない過激派グループの出現と台頭によって、「フォッサ」の解散からわずか1年あまりで崩壊してしまった。

クラブに対する批判勢力だった「フォッサ」を煙たがって、そのライバルである「ブリガーテ」の勢力拡大に手を貸すことによって、ミランは翼賛体制を盤石にしたはずだった。ところがそれは、翼賛体制の崩壊をもたらす、大きな地殻変動の始まりだったのだ。

「ゴール裏ビジネス」が肥大化すると同時に、その利権を狙って危ない世界の連中がハイエナのように集まってくる、というのは、ミランのゴール裏に限った話ではない。そうした動きに対して警戒を強める警察当局とウルトラスとの緊張関係が全国的に高まる中で、今年の2月、カターニアで警官1人を死に追いやった暴動が起こることになる。

この重大な事件を受けて政府・内務省が発令した「アマート通達」の中には、スタジアムの安全設備強化といったハード面の対策に加えて、クラブとゴール裏との癒着を断ち切るため、ウルトラスへのチケット販売を禁じ、チケットをすべて記名式にするという厳しい規制も含まれていた。これによって、ミランを含めてほとんどのクラブがこれまで半ば公然と行ってきたゴール裏への利益供与は、完全に非合法化されることになった。

この環境変化は、暴力を使ってゴール裏の主導権を握った過激派グループ「グエリエーリ・ウルトラス」の恐喝に悩まされていたミランにとっても、渡りに船だった。これまでの癒着・懐柔策から一転、チケットの提供などをストップして、ゴール裏ビジネスへの「蛇口」を閉める。

ミランのゴール裏が応援をボイコットする「スト」を始めたのは、3月17日のミラノダービーから。これは、ミランが「アマート通達」を受けウルトラスへの利益供与をストップしたのと、時期的に完全に符合している。この「スト」と並行して、「グエリエーリ」の幹部たちは水面下で、「チケットをよこさなければ発煙筒をピッチに投げ込む」という脅迫を執拗に繰り返していた。

追い詰められたミランが採った手段は、彼らを警察に告発することだった。こうして、アテネでのCL決勝前夜の5月22日、ゴール裏の最高幹部7人が恐喝容疑で逮捕されることになる。彼らを警察に「売った」ガッリアーニ副会長(年来、ウルトラス対策を自らの専管事項としてきた)は、報復を避けるため、警察が派遣したボディーガードに今も24時間守られている。

ミランに「裏切られ」資金源を断たれたゴール裏が、今シーズンに入っても抗議と恫喝のために「スト」を続行したのは、だから当然の成り行きだった。

もちろん、1万人近いゴール裏の中で、このストに心から同意しているウルトラス/サポーターは、ごく一部に過ぎない。しかし、彼らから自然発生的にコールやチャントの声が上がるたびに、「グエリエーリ」の兵隊が走って行っては暴力を振るい、力でそれをやめさせる。開幕から9月半ばまで、クルヴァ・スッドの内部では、そんな醜い場面が何度となく繰り返されていたのだ。

パオロ・マルディーニのゴール裏スト批判は、こうした流れの中から発されたものだった。「『ミランは俺のハートの中にいる』と口にするのなら、それを示して見せるべきだ。内部での権力争いや金銭絡みのしがらみがあるというけれど、そんなことのためにスタジアムに足を運んでいるのだとしたら、言葉を失うしかない」。

ミランのサポーターを名乗る者なら誰にとっても「神」に等しい存在であるマルディーニが、ここまではっきりと言い切ったことで、非ウルトラスを含むサポーターの世論は大きく動揺する。「グエリエーリ」と言えどももはや暴力で応援の声を抑圧することは不可能になった。

こうして、サン・シーロのゴール裏には、やっと応援のコールやチャントが戻ってきた。しかし、「ゴール裏ビジネス」という巨大な利権を巡るウルトラスとクラブの癒着と対立の構図は、まだまったく解決したわけではない。

インテル、ユヴェントス、ラツィオ、ローマ、ナポリ。巨大な「ゴール裏ビジネス」の利権をめぐって、ビッグクラブのゴール裏には危ない連中がハイエナのように集まって来ている。つい先日、10月10日には、ナポリ・ウルトラスのリーダーが、ミランのケースとまったく同じやり方でクラブを脅迫し、警察に逮捕されたばかりだ。

「アマート通達」が、ゴール裏を支配する犯罪者たちの資金源を断ち、スタジアムから排除するための第一歩であることは確かだ。しかし、追い詰められた彼らがどんな挙に出るのかは誰にもわからない。「ゴール裏というビジネス」をめぐる暗闘と混乱は、まだ始まったばかりなのかもしれない。■

(2007年9-10月/初出:『footballisita』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。