2003年夏、当時ローマでプレーしていた元ブラジル代表キャプテン・カフーが、02-03シーズン終了後、横浜マリノスに移籍するという契約を反故にして、ミランに移籍するという出来事がありました。これは、その年の春、ヨーロッパでの移籍話が表面化してきた頃に書いた原稿。珍しく予感が当たったというわけです。

bar

先月の半ばあたりから、イタリアのマスコミが、カフー(ローマ)の移籍話を繰り返し書き立てている。噂に上っている移籍先はミラン、アーセナル、バルサなど。

ローマとの契約が今シーズン一杯(6月末)で切れること、7月からは日本の横浜Fマリノスでプレーするという契約書にサイン済みであることは周知の事実。にもかかわらずこんな噂が湧き出して来るというのは、一見すると不可解だ。

しかし、「火のないところに煙は立たない」という。噂が立つ以上、そこには何らかの背景があると考えるべきだろう。

マスコミにこの手の不確かな移籍情報が載る場合、その出所は往々にして代理人であることが多い。記者が取材して情報を嗅ぎつけるまでもなく、代理人の側から進んでリークしてくるのだ。「代理人によれば」という但し書きがついている今回の一連の記事も、明らかにその類いである。

わざわざそんなことをするのは、もちろんそれによって何かしらの利益があるから。今回の場合も、少なくともカフーの代理人にとっては、マリノスよりヨーロッパのビッグクラブに移籍してもらった方が好都合な事情があるのかもしれない。

また、カフー自身の気持ちが、欧州に残る方向に傾いている可能性も否定はできない。
ブラジル代表のキャプテンとしてワールドカップを勝ち取り、人生の一大目標を達成して33歳を迎えようとしているカフーが、プレーヤーとしての晩年を日本という新たな、そして刺激的な環境の中で過ごそうと、一度は決心した気持ちは理解できる。

選手としての絶頂期と重なる6年間を送ったローマという環境に、もはや新たなモティベーションを見出すことは難しいのかもしれないし、日本に親近感を抱いていることも事実だろう。

しかし、彼ほどの選手が、ミラン、アーセナル、バルサといったヨーロッパでも有数のビッグクラブに、まったく魅力を感じないと考えることは難しい。なんとなれば、選手としてのパフォーマンスは、まだまだ欧州の頂点で十分通用するレベルにあるのだ。

本人が、神経が擦り切れるほどの過酷なプレッシャーの中でプレーするのはもうたくさん、と心から思っているのであれば話は別だが、もしそうでなければ、噂に上っているビッグクラブは、新たなモティベーションを見出すにはうってつけの環境である。Jリーグ行きはそれからでも遅くない、とカフーが考えたとしても、決しておかしくはないし、非難できるものでもない。

横浜マリノスは、すでにサインがあるから大丈夫と言っているようだが、契約には破棄という選択肢も常にある。契約書に定められた違約金を誰かが支払えばいいだけのこと。契約社会というのはそういうものだ。カフーが7月からマリノスに行く確率は、それほど高くないような気がする。■

(2003年4月15日/初出:『スポマガWorld Soccer』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。