ドイツ・ワールドカップで一躍世界的なヒーロー、じゃなくてヒールとなったマルコ・マテラッツィですが、その憎めないDQN兄貴ぶりは以前から有名。その本領を遺憾なく発揮したのが、2004年のシエナ戦で起こしたブルーノ・チリッロ殴打事件でした。これはその当時のレポート。

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「わざわざTVカメラの前にこんな顔で出てきたのは、マテラッツィがどんな人間か、どうしてもみんなに見せたいから。ほら、唇がこんなに裂けてしまった。これがマテラッツィがやったことだ」

日曜の夜にサン・シーロで行われたインテル対シエナ戦の試合後、プレスルームに興奮して入ってきたシエナの右サイドバック、ブルーノ・チリッロは、チームスタッフの制止を振り切り、生中継を入れていた全国ネットのTV3局のカメラを順番に回って、そのたびに腫れ上がった左頬とざっくり切れた上唇を示しながら、同じことをまくし立てた。

「後半、マテラッツィの座ってるベンチの前でぼくがプレーしている間ずっと、奴は『(1対1で)チリッロに突っ掛けろ!あいつはヘボだから抜きたいだけ抜ける』と聞えよがしに言い続けていた。そうやって他人をさんざん馬鹿にした上に、今度は殴りかかってこんな目に遭わせる。マテラッツィというのはそういう男だ」

この日、マテラッツィは故障のためベンチ入りすらしていなかったが、何故かピッチサイドにあるチームとは別のベンチに、インテルのスタッフと一緒に腰掛けて試合を観戦。その間、目の前でプレーするチリッロをずっと野次り続けていたというわけだ。

上では「ヘボ」と訳したが、マテラッツィがチリッロを指して使ったのは “scarso” (英語に直すと “poor” ) という形容詞。カルチョの世界では、選手を評する時に使われる最低の表現である。「下手くそ」「使えねー」「役立たず」といった日本語を並べてみると、ちょっとはニュアンスが伝わるだろうか。面と向かって口にするのは侮辱以外の何物でもない。この手の挑発はピッチ上では日常的に起こっている、というのもよく言われることだが、それをするのがごく限られた一部の選手であることもまた確かである。

事が起こったのは、試合終了直後、ピッチとロッカールームを結ぶ通路の中。悪質な野次に対し怒り心頭に達したチリッロが、先に通路に入ったマテラッツィを追いかけ、後ろから詰め寄ったところで揉み合いになってパンチが飛んだ、という経緯だったようだ。

揉み合いの責任がマテラッツィだけにあるのかどうかは疑問が残るところだが(チリッロも血の気が多いことで有名)、いずれにせよ手を出すというのは許されることではない。

2日後の2月3日、サッカー協会の懲罰委員会は、現場に居合わせた審判の報告をもとに、マテラッツィに3月29日までの出場停止処分を下している。この間は、セリエAだけでなく、コッパ・イタリア、イタリア代表も含めたすべての試合に出場できなくなる。

以前からラフプレーが多いことで知られ、セリエAで最も悪質なプレーヤーのひとりというレッテルを張られてきたマテラッツィだが、この事件でさらにその“名声”が高まることは確実。ピッチに戻れば、今度は対戦相手から「ヘボはお前の方だ」という挑発を受けるであろうことも、また間違いない。自業自得というものである。■

(2004年2月3日/初出:「スポマガWorld Soccer」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。