2014年10月15日 クラブ

イタリアクラブ探訪1:アタランタ(2000.12)

2000年から2003年まで、『ワールドサッカーダイジェスト』紙に、イタリアのスモールクラブの現場をレポートするシリーズ「イタリアクラブ探訪」を連載していました。足掛け3年、全部で13回ほどやったので、少しずつアップして行きます。

今読み返して思うのは、6年、7年が過ぎてもクラブの基本的な姿勢はほとんど何も変わっていないこと。ここでレポートした内容は、固有名詞だけ差し替えれば今でもほとんどそのまま通用します。アタランタに関して言えば、変わったのはジンゴニアの練習場にきれいなクラブハウスができて、クラブの中枢機能が丸ごと移ったくらいでしょうか。

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今シーズン(2000-01シーズン)のセリエA序盤戦最大のトピックスとして“アタランタの大躍進”を挙げることに、異論のある方は少ないだろう。第9節のパルマ戦で初黒星を喫したとはいえ、シーズン序盤の10試合で6勝3分1敗(–得点–失点)の成績を残し、もたつくビッグクラブ勢を尻目に、堂々と2位の座を確保しているのだ。セリエBからの昇格組であること、そして今シーズンもその当時とほとんど変わらぬメンバーで戦っていることを考えれば、この健闘ぶりには驚く以外にない。

しかし、これが単なる偶然やまぐれではないことは、一度アタランタの試合を見れば、すぐに納得がいくはずだ。システムは、今となってはオーソドックスな4-4-2ゾーンだが、チームとしての組織的な戦術の完成度は、セリエAでも群を抜いて高い。

積極的なプレッシングと組織的な囲い込みでボールを奪いに行くアグレッシヴな守備。奪ったボールは、自陣のゴール前からでも決して闇雲に外に蹴り出すことはせず、丁寧につないでいく。攻撃に転じれば、トライアングルを基本にしたショート・ミドルのパス交換と積極的な縦への走り込みやオーバーラップで、システマティックに数的優位を作り出す。

中盤に攻撃の起点ができた瞬間には、すでに2〜3人の選手が連携して動き出しており、サイドを有効に使いながらポンポンとボールがつながって、4〜5本のパスでフィニッシュの局面が出来上がっているのだ。現在のセリエAにおいて、ボールのないところでこれだけダイナミックかつ組織的な動きを見せるチームは他にはない。

最も注目すべきなのは、そのメンバーの多くが、クラブのユースセクション(育成部門)から育った文字通りの“生え抜き”であるということだ。開幕から常にレギュラーに名を連ねている、ダミアーノとクリスチャン、双子のゼノーニ兄弟(MF/DF・23歳)、左サイドバックのルチアーノ・ザウリ(22歳)、センターハーフのマッシモ・ドナーティ(19歳)、FWのファウスト・ロッシーニ(22歳)の5人は、すでに複数のビッグクラブの注目を集めている逸材である。

彼らを率いるジョヴァンニ・ヴァヴァッソーリ監督も、昨シーズン、トップチームの監督に就任するまでは10年間に渡って育成部門で指導してきた“生え抜き”組だ。そんなチームが、世界中からスーパースターを買い集めてスクデットを狙うビッグクラブと正面から渡り合い、互角以上の戦いを繰り広げている姿は、痛快である以上に、何かしら心を打つものがある。

実のところ、アタランタは、バーリ、ブレシアなどと並び、イタリアでも有数の充実度を誇る育成部門を持つクラブとして知られている。古くは’82年W杯優勝メンバーのアントニオ・カブリーニとガエターノ・シレーア、80年代から90年代にかけての“グランデ・ミラン”を支えたロベルト・ドナドーニ、近年では、アレッシオ・タッキナルディ、マルコ・ザンキ(共にユヴェントス)、トーマス・ロカテッリ(ボローニャ)、ドメニコ・モルフェオ(フィオレンティーナ)など、多くの好選手を輩出してきた。

95年に欧州裁判所が出した“ボスマン判決”以降、イタリアでも外国人選手の数は増加の一途をたどっている。同時に、セリエAの多くのクラブ(特にビッグクラブ)の間に「自前で選手を育てるよりも、すでに出来上がった選手を買ってくる方が投資として効率がいい」という考え方が広まり、マスコミでも“ユースセクションの危機”がたびたび取り沙汰されてきた。

しかし、アタランタは、そうした流れとは一切無縁のところで、一貫して育成部門に力を入れ続けてきた。ユース育ちの選手たちが支える現在の躍進は、まさにその選択が正しかったことを示している。

何がアタランタにこの道を選ばせたのか?クラブとしてどんなヴィジョンや戦略を持って経営に取り組み、毎年のシーズンを戦っているのだろうか?それを確かめるために、そして「噂の」育成部門の現場を見るために、アタランタのホームタウン、北イタリア・ロンバルディア州の小都市ベルガモ(ミラノの北東約50km)に足を運んだ。

アタランタのセリエA通算在籍年数は、今年で43シーズン目を数える。これはイタリアの全クラブ中11位にあたる実績だ。10位まではすべてスクデット獲得経験のある有力クラブが占めていることを考えれば、地方都市の中小クラブの中では最も安定した地位を保ち続けているクラブだということができる(ちなみに12位はジェノアの40シーズン、13位はヴィチェンツァの30シーズン)。言ってみれば“最強のプロヴィンチャーレ”である。

それを支える基盤となっているのが、歴史的に多くの名選手を輩出してきた育成部門であることは、すでに触れたとおり。アタランタが一貫して「自前」での選手育成をクラブ経営戦略の柱に据えてきた背景には何があるのか、まずは、クラブ運営実務の総責任者であるゼネラル・ディレクター(以下GDと略記)のジュゼッペ・マロッタに話を聞いた。

「なぜ育成部門に力を入れてきたか。それは何よりも、クラブの財政的な要請によるものです。トップチームがセリエAで戦っていくための戦力を確保するためには、それなりのレベルの選手を揃えなければならない。しかしアタランタには、いい選手を何人も外から買ってくるだけの資金力はありません。そうなると、クラブが育てた選手で戦うことを基本に据えるというのが、選びうるほとんど唯一の選択肢になるわけです。

幸いなことに、ここロンバルディア州は、イタリアで最もカルチョが盛んな地域です。プロクラブの数も、アマチュアクラブの数も全国で一番。いい選手がたくさん育つ環境があるのです。アタランタ自身、昔から育成部門に力を入れてきました。ある意味では、それがクラブの伝統なのです」

しかし、いくら伝統とはいえ、今シーズンのように、セリエAですぐに通用する人材が5人も6人も育つというのは、どんなに質の高い育成部門を持っていても、そうそうあることではないだろう。もし“不作”の年が続けば、トップチームの戦力も低下せざるを得ない。その意味で、セリエA定着を目指す上ではリスクの大きい選択だとは言えないのだろうか?

「アタランタの育成部門には歴史と伝統があり、経験の蓄積があります。それに、セリエAに定着できればもちろんそれに越したことはありませんが、それよりも、クラブとして安定した経営を保っていく方がもっと大切なことです。無理な補強をして大きな赤字を出すよりは、Bに降格する方が長期的にはベターなのです。ある意味ではそれが体制を立て直すきっかけになりますし、アタランタには1−2年でAに戻るだけのノウハウがあります。長い間セリエAで戦ってきた経験は伊達ではありません。

それに、当面のところは、戦力的にも財政的にも、この路線で十分やっていけますからね。今シーズンのクラブの財政規模は、大体400億リラ(約20億円)というところです。支出は、人件費が200億リラ(約10億円)、ユースセクションが40億リラ(約2億円)、残りが遠征費をはじめとする諸経費。

一方、収入の方は、TV放映権料がおよそ150億リラ(約7.5億円)、約1万2000枚の年間予約チケット分を含む入場料収入が70億リラ(約3.5億円)、残りをすべて移籍収支のプラス分でカバーして、お釣りが来ます。ドナーティの所有権の半分はすでにミランに売ったのですが、それだけで150億リラ(約7.5億円)ですからね」

400億リラという財政規模はどのくらいの数字なのか、理解を助けてくれそうな例をいくつか挙げてみよう。ローマが中田英寿の獲得に支払った移籍金500億リラで、アタランタというクラブ全体をセリエAで1シーズンまかなえる。インテルが支出するヴィエーリの税込み年俸200億リラは、アタランタの選手とスタッフ全員の総年俸と同じ。ユヴェントスの年間財政規模約4000億リラは、アタランタの10倍…。「ビッグクラブ」と「プロヴィンチャーレ」との格差は、ここまで開いてしまっているのだ。
マロッタGDは続ける。

「ロッシーニについている“値札”は300億リラ(約15億円)です。ザウリも300億リラ、ゼノーニ兄弟もどちらか1人なら300億リラですが、2人一緒なら値引きして500億リラにしておきましょう(笑)。彼らの移籍金だけで、財政的には何年かやっていける計算ですが、もちろん一度に全員売る気はありません。

大事なのは戦力と財政のバランスを一番高いレベルで保っていくことですから。確かに、ビッグクラブとは払える年俸の額が違いますから、オファーを断るのは年々難しくなっていますが…。でも、育成部門にはもう、彼らの穴を埋める人材が育ってきているんですよ。アタランタの育成部門は素晴らしい。私に言わせれば、その功績の多くは、責任者のファヴィーニにあります。彼に聞けば、育成部門のことは何でもわかりますよ」

そのファヴィーニに話を聞きに行く前に、もうひとつだけ聞いておきたいことがあった。実は、マロッタがアタランタのGDに就任したのは今シーズンからのこと。昨シーズンまでの5年間は、ヴェネツィアのGDを務めていたのだ(名波の獲得にも深くかかわっていた)。クラブ経営実務のプロである41歳のゼネラル・ディレクター(毎日15時間働くハードワーカーである)の目から見て、この2つのクラブはどのように異なっているのだろうか?

「ヴェネツィアはザンパリーニ会長のワンマン経営でしたが、それと比べるとアタランタの経営はずっと民主的ですね。これは、どちらがいいという話ではありません。ただ、地元とのつながりは、ヴェネツィアとは比較にならないほど強い。ベルガマスキ(ベルガモ人)はみんなアタランタを誇りに思っていますよ。そして、ここの経営陣の間には、アタランタはベルガモの財産、という共通認識があります」

それはおそらく、イタリアの多くのクラブが、ひとりのオーナーが全権を握る、いわば同族企業的なワンマン経営なのに対して、アタランタは、ベルガモの経済界やスポーツ界を支えてきた人々、いわば地元の名士たちがクラブの役員に名を連ねているせいだろう。もちろん、カルチョに対する造詣に関しては人後に落ちない人ばかりである。

60年代の自転車ロードレース世界チャンピオン、フェリーチェ・ジモンディがアタランタの会長を務めていたこともある。94年に就任したイヴァン・ルッジェーリ会長も、それまで20年近くに渡って、クラブの経営に携わってきたベテラン役員である(本業はプラスチック加工業などを営む実業家)。

このクラブを“最強のプロヴィンチャーレ”たらしめてきた最大の力は、おそらく、地元を代表する彼ら経営陣が連綿と持ち続けてきた「アタランタはベルガモの財産」という認識と誇りなのだろう。

育成部門テクニカル・ディレクターのミーノ・ファヴィーニは、60歳を越える大ベテラン。好々爺然とした笑顔と穏やかな物腰が話し相手の心を和らげる。アタランタでは、1960年から62年まで、選手としてプレーしたこともあるという。引退後はユースセクション一筋。20年間責任者を務めたコモ(現在はセリエC1)では、ピエトロ・ヴィエルコウッド(引退)、マルコ・シモーネ(モナコ)、ジャンルカ・ザンブロッタ(ユヴェントス)などを見出し、10年前からアタランタで現在のポストにある。

単刀直入に、この成功の秘密はどこにあるのでしょう?と訊ねたら、すぐにこんな答えが返ってきた。

「要因は3つあります。ひとつは、クラブが育成部門の重要性と可能性を信じ、経営の柱に据えて積極的に投資していること。ふたつめは、施設が整備されていることです。ジンゴーニアの練習場には、トップチームと育成部門の4チームが同時に練習できるだけのピッチがあります。

そして最後に、優秀なコーチ陣を揃えていること。みんな一流の指導者ばかりです。アタランタの育成部門からは、名選手だけでなく名監督も生まれているんですよ。ヴァヴァッソーリはもちろん、その前にプリマヴェーラの監督だったプランデッリ(現ヴェネツィア監督。昨シーズンはヴェローナをセリエA残留に導いた)。トレヴィーゾ(セリエB)で指揮を執っているグスティネッティもそうです」

現在、アタランタの育成部門には、8歳から18歳まで1歳刻みに1チームづつ、計11のチームがあり、合わせて220人が所属している。イタリアのユースサッカーのカテゴリーは、原則として2歳刻み。プロのクラブでも、各カテゴリーに2歳刻みで1チームづつ、計4-5チームしか持っていないところは少なくない、といえば、アタランタがどれだけ育成に力を入れているかがわかるだろう。事実、育成部門に年間40億リラもの投資をしているクラブは、アタランタ以外にはない。

育成部門の仕事はスカウティングから始まる。イタリアの子供が地元のクラブチームに入ってサッカーを始めるのは8-9歳から。地元に張り巡らされたネットワークから、ベルガモ県内でちょっと目立つ子供の情報はすぐに耳に入ってくる。それを自分の目で確かめに行くのもファヴィーニの仕事だ。

「最も大切なのは、スカウティングの基準です。アタランタでは、最初に選ぶとき、つまり9歳から12歳くらいまでの間は、サッカーに最も大切な素質と適性、つまりボールを扱うときの自然さやコーディネーションだけを基準にします。体格や足の速さはもちろん、その時点での技術もまったく考慮しません。

一番の基本である素質と適性さえあれば、技術、戦術、身体能力、運動能力、そして精神的要素(意欲、集団への適性、自己犠牲の精神など)は、後からでも獲得することができます。それを伸ばすのが我々の仕事ですし、ここには優秀なコーチが揃っています。でも、コーチにできるのは、素質を最大限に引き出すところまで。どんな名コーチも、素質以上に選手を伸ばすことはできません。だから、最初に素質を見極めることが大切なんです。違う基準で選手を選んでいるクラブも少なくないようですが…」

素質のある子供を見つけたら、すぐに所属クラブに掛け合い、翌シーズンからはアタランタに譲ってくれるよう“予約”を入れる。地元のアマチュアユースクラブにとって、アタランタに子供を送り込むことは大きな誇りだから、ミランやインテルと競合でもしない限り、断られることはない。

こうして、12歳くらいまでには、地元ベルガモ県内、さらにはロンバルディア州北部で最も才能のある子供たちが、自然とアタランタに集まってくる仕組みである。ユースチームに所属している子供たちは、練習着などの用具類はもちろん練習場への送り迎えまで、すべてクラブから提供を受ける。

「義務教育が終了する14歳までは、州外から子供を連れてくることはありません。15歳以上になると、いくつかの州にある、提携しているアマチュアクラブを通して、今いる子よりもさらに優秀な子がいれば連れて来ます。もちろん両親と本人の承諾が前提ですよ。州外から来た子は、全員、ベルガモのある教会が運営している寄宿舎で生活しています。

今は15歳から19歳まで、全部で22人が寄宿舎暮らしです。高校には必ず通わせ、卒業することを義務づけています。子供たちにはいつも、どのレベルでやれるかを決めるのは技術じゃない、頭の中身だよ、と言うんです。人間的に成熟していない選手は、誘惑の多いセリエAの世界ではやっていけませんからね」

この寄宿舎“カーザ・デル・ジョヴァネ”には、県外からベルガモに働きに来た200人を越える若者たちが暮らしており、休日には、身障者やAIDS患者のサポートといったボランティア活動にも参加している。

もちろんアタランタの22人も、こうした活動を経験しながら、選手としてだけでなく人間としても成長していくのだ。現在のトップチームでも、ロッシーニ(トスカーナ州出身)、ドナーティ(フリーウリ州出身)、ザウリ(アブルッツォ州出身)が、この寄宿舎から巣立っている。

「15歳から上は、いい選手がいれば毎年入れ替えていきますから、プリマヴェーラ(18歳以下)まで残ってレギュラーになった子は、ほぼ全員がプロでやっていけるレベルです。毎年3-4人はトップチームに上がりますし、残りはセリエBやCのクラブにレンタルに出して、それからの1-2シーズンで判断するわけです」

ファヴィーニが自慢するアタランタの練習場は、ベルガモから20kmほど南に下った小さな町、ジンゴーニアにある。写真の通り、ミラネッロ(ミラン)、アッピアーノ(インテル)、トリゴーリア(ローマ)、フォルメッロ(ラツィオ)といった、ビッグクラブの美しく整備された現代的な施設と比較すると、見劣りすることは否めない。

しかし、問題は見てくれではなく実質の方だ。ピッチは芝、土、大小合わせて7面。6チーム分のロッカルーム(もちろんシャワー付き)があり、さらに小さなトレーニングジムも付属している。現在ベルガモ市内にあるクラブ事務所も、数年後にはここに移転してくる予定で、現在、ピッチに隣接する場所に、そのためのクラブハウスを建設中だ。

素晴らしいのは、この施設の中では、トップチームとユースセクションが、まったく分け隔てなく共存していることだ。トップチーム用のロッカールームから、練習着に着替えて出てきたマッシモ・ドナーティに、通りがかったユースの子供(12-3歳か)が「チャオ、マッシモ」と声をかけ、ドナーティも笑顔で「チャオ」と挨拶を返す。これは、セリエAやBのクラブでは、通常とても考えられない光景だ。

ほとんどの場合、トップチームと育成部門の練習場はまったく別の場所にあるのが普通なのだから。ここジンゴーニアでは、セリエAで戦う選手たちと身近に触れあい、そのプレーを目の前で見ながら、次代のアタランタを担う子供たちが育っていく。天国のような場所である。
 
トップチームを率いるジョヴァンニ・ヴァヴァッソーリ監督もまた、生粋のジンゴーニア育ちだ。ベルガモ近郊の町アルチェーネで生まれ、アタランタの育成部門からトップチームにデビュー、その後ナポリ、再びアタランタ、そしてカリアリで通算14シーズン、センターバックとしてプレーする。

引退後はアタランタの育成部門で10年間、指導者を務め、99-2000シーズンに、プリマヴェーラ監督からトップチームの監督に昇格した。プリマヴェーラ時代に自らが育てた選手を中心としたチームで、就任1年目に早速セリエA昇格(セリエB2位)を果たし、続いて今シーズンの快進撃。監督としての手腕に対する評価はうなぎ登りだ。

「育成部門での経験は、私のコーチとしての原点だといってもいいほど重要なものです。選手の能力を伸ばし、プレーヤーとしても人間としても成長することを助けるのがユースコーチの仕事です。そこでは、指導者としての総合的な能力が問われるのです」
素朴で真摯なその人柄がそのまま表れた真剣な表情で、言葉を選びながら話し始める。

「ユース育ちの選手を中心にした昨シーズンのチームのまま、セリエAで戦うという選択は、クラブのものであり、私のものでもあります。選手たちの能力、チームとしての戦力を検討し、評価した結果の判断ですから。もちろん、序盤戦のこの時点でこれだけのポイントを稼げると予想した人は、私も含めて誰もいませんでした。しかし、このチームがセリエAでも十分戦えるクオリティを持っているという点に関しては、誰も疑問を持っていませんでした」

地元紙の記者によれば、ヴァヴァッソーリ監督はインタビューを受けるのがあまり好きではないのだという。特に、選手個人についてのコメントは、求められても絶対に答えないらしい。大切なのは“チーム”であって、個人はその一員以上のものであってはならない、というのがその哲学なのだ。

「今の好調には、チーム全体のフィジカルコンディションの良さ、そして最初の数試合を戦う中で得た、セリエAでも十分戦えるという感触とそこから来る自信が、大きく働いていると思います。メンタルな要因は、テクニカルな要因と同じかそれ以上の重要性を持っていますから。

このチームには、個人の力は組織の中で、組織のために発揮するべきものだという考え方が浸透しています。このチームが組織として機能しているのは、ひとりひとりが、チームスピリットを持ってプレーしているからこそなのです。それは、アタランタの育成部門が、子供たちに常に教えようとしてきたことでもあります」

そのチームは今、セリエAで2位を走っている。セリエA残留、というのは、今となっては目標としてあまりにも低すぎるのではないか?そう訊ねたときに帰ってきた答えにも、彼の哲学があらわれていた。
「いえ、目標はあくまでもセリエA残留です。それを達成したら、その先どこまで行けるかを考えればいい。最初の目標も達成していないのに、次の目標について語ること自体、間違っています。そう思いませんか?」■

(2000年12月10日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

About tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。

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