隔週でお送りしている番外編もこれが3回目。今回はヴァンフォーレ甲府(J2)の今泉松栄常務に話を聞いた。

ヴァンフォーレ甲府の前身である甲府クラブは、今から35年前(1965年)に創立され、72年に日本リーグが2部制になって以来、JSL、JFLを通じて、一度も陥落せずにずっと2部リーグに在籍し続けてきたという、地方のクラブチームとしては誇るに値する歴史を持っている。「ヴァンフォーレ山梨スポーツクラブ」として、現在の株式会社形態になったのは97年。

しかし、チームを取り巻く環境は厳しい。プロリーグとなったJ2に参加した昨シーズンは10位、今シーズンも、26試合を終えた現時点で1勝1分24敗、わずか4ポイントと、J2の最下位を独走中である。

現在のJ2は、10億円を大きく超える予算規模を持ちJ1即時昇格を狙うクラブと、わずか数億円の予算で、ともかくプロクラブとして生き残りを図ろうとしているクラブが共存するという状況にある。

ひとつのリーグの上位と下位で財政力に大きな格差があること自体は、特に珍しいことではない。しかし、今のJ2がある意味で特殊なのは、下3分の1くらいのクラブは、(おそらく)まだプロクラブとして安定的に存続できるだけの経営的、環境的基盤が整っておらず、1年単位で綱渡りの生き残りゲームを強いられているところだろう。

日本のプロサッカーの長期的な発展を考えれば、このくらいの規模とレベルのクラブが全国各地に10や20はあって、それぞれが安定した運営基盤を確立して無理なく存続できるような環境が、一年でも早く実現してほしいところだ。

というよりも、そうならない限りJリーグの2部制は定着しないまま、むしろJ2の参加クラブが現在よりも減ってしまう可能性すらあるのではないかという気すらする。その意味で、今ギリギリのところで生き残りゲームを戦っている甲府の現状と将来展望には、大きな関心があった。
 
クラブの誕生と同じ65年生まれで、甲府クラブを観ながら育ち、選手としてもプレーして、今は役員として経営に携わるという、まさにクラブの歴史と共に歩んできた今泉常務は、厳しい表情を隠さなかった。

「今が一番苦しい時期です。結果が出ないから、観客動員もなかなか増えないし、スポンサーの獲得にも苦労する。胸のメインスポンサーが入っていないのは、J2でもうちともう1チームだけですからね。経営的に、何年も先のことを考える余裕はまだないというのが、正直なところです」

チームが不振をかこっている最大の原因はやはり、昨年のチームから主力4人が移籍で抜けてしまったことだろう。しかしこれも、クラブが生き残るためには避けられない決断だった。4人分の移籍金収入がなければ、クラブの財政が大幅な赤字となることは間違いなかったからだ。しかし、戦力的にその穴を埋めるのが容易ではなかったことも、今期の成績を見れば明らかである。

幸いにして、現在11チームが参加するJ2は、16チームに増えるまでは最下位になっても降格することはない。甲府のようなクラブにとっては、まず存続というハードルを越えることができれば、ある程度時間をかけてクラブとしての基盤(財政的、組織的、戦力的な)を築くことも可能なわけだ。逆にいえば、この数年でそれができるかどうかが分かれ目である。

「我々のような小さなクラブは、規模からいっても、まずはJ2の中位に安定して定着できるようになることが現実的な目標です。そうなれば、自ずと次のステップが見えてくると思いますし。あくまで個人的な意見ですが、年間で3億円くらいの収入が確保できれば、経営的にも戦力的にも十分J2に定着してやっていけると思っています」

現状がまだその数字まで達していないだろうことは、容易に推測がついた。J2でも、ユニフォームの胸にスポンサーが入っていないチームは、甲府を含めて2つしかない。

現在の成績では、スポンサーになろうという企業も二の足を踏まざるを得ないのかもしれないが、長い目で見て、ヴァンフォーレ甲府というクラブ、さらには山梨県のスポーツを支援していこうという企業は出てこないものだろうか、という気持ちにさせられることも事実。しかしもちろん、それには、クラブの側にも説得力のある将来のヴィジョンを提示することが求められる。

J2中位定着、というだけでは、プロサッカークラブの将来展望としてはちょっと寂しいのではないだろうか、と嫌味な質問をすると、今泉常務は、これも個人的な意見、と前置きした上で、次のように語ってくれた。

「プロだからといって何もすべてのクラブがJ1昇格や優勝を目指さなくてもいいのではないでしょうか。ヨーロッパには、若い選手を育てて売ることで成り立っているクラブもあるでしょう。J2の中でそういうチームになることは、うちにも十分可能じゃないかと思うんです。

J1ではまだ試合に出られない若い選手の中にも、J2ならばレギュラーとして通用する選手はたくさんいます。そういう若手に活躍のチャンスを与えて実績を積んでもらう場になること、若い選手に、甲府に行けば上を目指すひとつのステップになる、と思ってもらえるようなクラブになれればいいと思うのですが…。

もちろん、そのためには、スカウティングや育成部門はもちろん、クラブ全体の組織や体制を今よりももっと充実させなければなりません。でも、うちのようなクラブが目指す方向性としては、間違っていないと思うし、やれるとも思います」
 
確かにヨーロッパには、若手に積極的に活躍の場を与え、自らが発掘した選手を育てて売ることで成り立っているクラブは少なくない。というよりも、近年はビッグクラブと中小クラブの経営規模に大きな格差がついてきたこともあって、1部リーグの半分くらいがそういうタイプのクラブで占められている方が、むしろ普通といってもいいほどだ。

一方、日本の場合、少なくともJ1はまだまだ横並び傾向が強く、クラブとして個性的な方向性を打ち出しているところはほとんどないように見える。甲府のようなクラブが、本当に「若手育成型」というコンセプトを打ち出し、具体的に取り組むようになれば、そういう状況に一石を投じると同時に、地方のクラブが小さな経営規模でプロとして生き残っていく新たな道筋が開けるかもしれない、と考えるのは、あまりに短絡的に過ぎるだろうか。

でも、聞けば、高校を卒業してJ1のクラブに入ったものの、サテライト以外にほとんど試合に出る機会もなく2~3年過ごし、そのまま契約を切られてしまう(元)有望選手も少なくないという。

イタリアにおいてセリエBやCのクラブがそうであるように、J2のクラブがそういった選手の受け皿になって「修行」のチャンスを提供するような構造になるほうが、選手にとってもずっといいように思えるのだが…。

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。