ドナドーニ監督時代のイタリア代表シリーズその4です。
フランス、ウクライナ、スコットランドと同居したEURO2008予選も大詰めとなった2007年11月、この試合に引き分ければ出場権獲得というアウェーのスコットランド戦を巡るプレビューとレビューです。いずれも『footballista』誌に寄稿したもの。プレビューにはドナドーニ監督に関する短いコラムもついています。この時点では、イタリアは十分強いように見えたんですよね(遠い目)。

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1. プレビュー

「イタリアは引き分けのエキスパートだ。彼らには『この試合は引き分けるために戦おう』と言ってそれを実現できるだけのクオリティ、規律、秩序がある。もし私に金があったら、喜んで引き分けに賭けるところだ」

これは、ワールドカップ決勝でイタリアに負けたことを今でも根に持っているフランス代表監督、レイモン・ドメネクのコメントである。

スコットランドが10月17日、グルジアに敗れるという失態を犯してくれたおかげで、イタリアはこの試合に引き分けさえすれば、ユーロへの切符がほぼ確実に手に入るという立場になった。

「勝たなければならない」と「負けなければいい」では、天と地ほどの違いがある。イタリアは過去にスコットランドの地で4度戦っているが、一度も勝ったことがない。2年前のワールドカップ予選でも引き分け止まりだった。だが、ドメネクの言う通り、イタリアは「負けないこと」に関しては一流である。それを考えれば、グルジアの勝利がどれだけ大きなプレゼントだったかもわかろうというものだ。

スコットランドは、代表レギュラーの大半が所属するレンジャーズとセルティックの先週末の試合を延期するなど、国を挙げて代表を支援する態勢を敷いているようだ。しかしイタリアは、代表よりもクラブの都合が優先である。前回の国際Aマッチデーウィーク以来、アズーリのレギュラークラスはほぼ全員、セリエAと欧州カップ、週2試合ずつのハードスケジュールで7試合をびっちりこなし、疲労を着実に蓄積している。

ドナドーニ監督にとって幸運なのは、チームの背骨であり絶対不可欠な存在であるFWトーニ、MFピルロ、ガットゥーゾ、デ・ロッシ、DFカンナヴァーロ、GKブッフォンというセンターラインが、やや疲労の色が見えるとはいえ揃って健在なこと。最終ラインは、マテラッツィとザンブロッタが故障でメンバーから外れているが、バルザーリ、オッドと代役が揃っており大きな不安はない。

もしこれが「勝たなければならない」試合ならば、手薄な攻撃陣を不安視しなければならなかったところだが、今回は「負けなければいい」戦いである。「引き分けのエキスパート」たちは、アウェーの修羅場も十分に経験済み。一方、勝つしかないスコットランドは、最大の武器である堅守速攻をどこかで捨て、意を決して前に出なければならなくなるはずだ。イタリアは無理をせずにじっくりと構え、その時を待ってカウンターでとどめの一撃を狙おうとするだろう。イタリアの計算高さ対スコットランドのブレイヴハート。サッカーの神様はどちらに微笑むだろうか。□
 
●予想スタメン(4-3-3)
GK:ブッフォン
DF:オッド、カンナヴァーロ、バルザーリ、グロッソ
MF:ガットゥーゾ、ピルロ、デ・ロッシ(アンブロジーニ)
FW:イアクインタ(クアリアレッラ)、トーニ、ディ・ナターレ

2. プレビューコラム:ドナドーニの権威

歴代のイタリア代表監督の中で、ロベルト・ドナドーニほど世間から軽く見られている監督はいないだろう。

U-21代表やクラブで充分な経験と実績を積み、評価を確立した指揮官が就くべき名誉あるポストだった代表監督の座に、セリエA下位チーム(リヴォルノ)の監督をたった1シーズン半務めただけで就任したのだから無理もない。しかも、カルチョスキャンダルによる権力の空白状態の中で、まったくの門外漢である臨時コミッショナーによって任命されたという就任の経緯も、代表監督としての権威にはそぐわない。

つまるところ、ドナドーニの代表監督というのは、例外的な特殊事情がもたらしたアブノーマルな事態であり、遅かれ早かれ何らかの形で「正常な状態」に戻るべきだと、広く考えられているということだ。

「正常な状態」というのは、然るべき人物が監督の座に就くか、あるいはドナドーニが実績を作ることによって然るべき人物と認められるようになるか、そのどちらかである。いったいどちらになるのか、その最初の重要な関門が、今回のスコットランド戦ということになる。

もしこの試合を落とし本大会出場を逃すようなことになれば、石もてその座を追われること確実である。後任には、最近になって急に「もうすぐ現場に復帰できる環境が整う」と言い出した前監督マルチェッロ・リッピがスタンバイしている。

ワールドカップを勝ち取った2年後にユーロ予選で敗退するという許されざる恥辱からアズーリを立て直すリーダーとして、国民的なコンセンサスを得られる唯一の存在だ。

だが、たとえ本大会出場を果たしたとしても、今度は本大会というハードルが控えている。グループリーグ突破はいわずもがな。少なくともベスト4に進出しない限りは、やはり失格の烙印を押される可能性が高い。要するにドナドーニは、誰もが納得する結果を出さない限り、いずれにしても来夏限りでお役御免になる運命にあるということだ。その場合の後任は、もちろんリッピである。□
 
3. マッチレポート:スコットランド1-2イタリア

引き分けでもOKの試合で2-1の勝利を収め、あと1戦を残して予選突破を決めたのだから、結果には文句のつけようがない。しかしこの試合、勝負は本当に紙一重だった。

1-1で迎えた後半36分、スルーパスに反応して裏に抜け出したミラーからの折り返しが、ファーポストにフリーで走り込んだマックファーデンにぴったり合った時には、本当に肝が冷えた。もしこのシュートが枠を捉えていれば、イタリアは奈落の底に突き落とされていたはずだったのだ。

開始直後の先制ゴールで大きく優位に立ったところまでは注文通りだったが、その後の風向きはむしろイタリアにとって逆風だった。

主導権を握って試合を進めていた前半31分、ディ・ナターレがこぼれ球を押し込んで決めたゴールは、存在しないオフサイドで取り消され、後半20分に同じようなシチュエーションから決まったファーガソンの同点ゴールは、明らかにオフサイドだったにもかかわらず認められる。

2-0のはずが1-1。サッカーの神様は、明らかにスコットランドの肩を持っているように見えた。ほんの小さな不運も、2つ、3つと重なれば致命的なダメージにつながりかねないものだ。

だがイタリアは、ドナドーニ体制になってから最も説得力のある内容と断言できる力強い戦いぶりで、その逆風をはね返した。

アウェーのプレッシャー、低い気温、雨、重いピッチという不利な状況にもかかわらず、フィジカルなぶつかり合いを挑んできたスコットランドに一歩も引かず応戦、1点リードしてからも受けに回ることなく、陣形をコンパクトに保ち高い位置から積極的なプレッシングを続ける。

計算高く引き分けを持ち帰ろうという狡猾な姿勢はかけらも見せず、正攻法で勝利をもぎ取るという強い意志を最後まで貫いたことは、特筆に値する。

トッティもデル・ピエーロもいないアズーリは、ワールドカップを勝ち取ったチームよりもさらに地味で華がない。しかし、11人全員の献身に支えられた戦術的秩序、チームとしての結束力は他を寄せ付けないレベルにある。本大会ではやはり優勝候補の筆頭、と言いたくなるだけの実質が、この日の戦いには詰まっていた。■

(2007年11月10日&18日/初出:『footballista』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。