ドナドーニ監督時代のイタリア代表シリーズその3です。
サン・ドニでのフランス戦についての長いレポートは、すでに掲載済みでした。これはその半年後の2007年3月、EURO2008予選が本格化してきた時期の原稿です。つい先日ナポリ監督を解任されてしまったドナドーニ氏、マスコミやサポーターに不人気なのは、あまりに真面目かつ堅物で「空気が読めない」ところが原因のような気がします。

ディノ・ゾフ(本来ならばイタリアサッカー協会会長になってもおかしくない偉大な人物です)なんかにも共通するところがありますね。

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3月28日にバーリのスタディオ・サン・ニコラで行われたユーロ2008予選グループBのイタリア対スコットランドは、イタリアがトーニの2ゴールで2-0と勝利を収め、勝ち点を10に伸ばした。

イタリア、フランス、ウクライナと、ドイツ・ワールドカップのベスト8が3ヶ国も同居するグループBは、そこにホームでフランスを破るという大殊勲を挙げた伏兵スコットランドが割り込んで来たこともあって、大混戦の様相を呈している。

その中で、世界王者の看板を背負うイタリアは、予選5戦目となるこの試合を迎えた時点で、5試合を消化して勝ち点12で並んだフランス、スコットランド、ウクライナに5ポイント差をつけられての4位。ここでスコットランドに勝てなければ、まだ1年半も先を残しながら本大会出場の可能性が大幅に狭まるという、非常にクリティカルな状況に置かれていた。

今回の国際Aマッチウィーク、イタリアはこの1試合だけで、前週土曜日には試合が組まれていなかった。3月19日の代表合宿招集から試合までたっぷり10日間、準備の時間があったわけだが、問題は例によって、毎日の誌面を埋めなければならないマスコミの存在である。

試合のプレビューが「ここで勝てなければ大変なことになる」という煽り方になることは避けようがなかった。それだけならまだいいが、イタリアらしいのは、すぐに「もし勝てなかったら監督交代は必至。次は誰だ?」という議論の方が、いつの間にか中心になってしまうところ。

これがちょうど、ミランのアンチェロッティ監督があるインタビューで「将来は代表監督をやってみたい。ドナドーニが彼のサイクルを終えてからの話だけど」と口にしたのと重なっただけでなく、移籍マーケットまわりの報道で「ミランがマルチェッロ・リッピ元代表監督に来期の監督就任を打診した」という噂(たぶん事実)までが飛び交っていた時だったからさあ大変。

あっという間に、1)ドナドーニの立場は微妙、2)アンチェロッティは代表監督を夢見ている、3)ミランが次期監督にリッピをリストアップ、という3つのストーリーが各紙記者の間で脳内変換されて、「ミランは、かつてアリーゴ・サッキを厄介払いした時と同じように、アンチェロッティを代表に押し込んでリッピを次期監督に迎える。ドナドーニは6月でクビ」という話が、あたかも既定の事実のように報道され始め、アズーリはその喧騒の中で、この大事な試合を迎えることになってしまった。
 
もちろん、マスコミがすぐこうした論調に流れてしまう背景には、ドナドーニの手腕に対する不信感がある。

クラブの監督としての目立った実績もなく、43歳で代表監督に就任したという、過去に例のない経緯。ユーロ予選では初戦にホームでリトアニア戦に引き分けて勝ち点2を取りこぼし、続くアウェーのフランス戦は1-3の完敗と、世界王者にはふさわしくない結果。試合ごとにシステムを変えるわかりにくい采配。どんな時にも声を荒げることなく淡々と選手に接する、見方によっては弱腰とも取られかねない態度。

イタリアが、安心して代表チームを委ねることができる器かどうか、ドナドーニの手腕を未だ量りかねていることは間違いなかった。とは言っても、一連の報道が、あまりにドナドーニに対するリスペクトを欠いていたことも明らかな事実だったが。

ドナドーニは、試合前日の記者会見で、淡々と、しかしきっぱりと反論する。
「この1週間、ありとあらゆる種類のデマやでっち上げを読まされてきた。結果が出せない時に叩かれるのは当然だが、我々はまだ戦ってもいない。こんな馬鹿げたゲームに乗せられるつもりはない」
 
肝心の試合は、立ち上がりからイタリアが主導権を握る。とはいっても、積極的に攻め立てるというよりは、慎重に試合をコントロールしながら、勝負に出るタイミングをうかがう、いつもの戦い方だ。実力を比較すれば明らかに格下のスコットランドは、しかもアウェーでは大きくパフォーマンスを落とす、典型的な“内弁慶”である。

前半12分、セットプレーからトーニが頭で押し込み、あっけなくイタリアが先制。その後もピンチらしいピンチを迎えることなく落ち着いて試合を運び、後半25分にトーニがヘッドでもう1点決めて、何の波乱もない順当過ぎるほど順当な2-0で終了した。

これでイタリアは、勝ち点12で首位に並ぶ3ヶ国(スコットランドのみ6試合消化)に、2ポイント差まで詰め寄った。このライバル3ヶ国との直接対決の成績は2勝1敗。勝負の行方は、来年9月のフランス(ホーム)、ウクライナ(アウェー)との連戦で決まることになるだろう。

試合の翌日、ドナドーニは淡々とこう語った。
「これから当分、代表の話題が俎上に上ることはないだろうが、6月にはまた、ほんの数日間にすべてが集中することになる。せめて次回は最低限の経緯は払っていただきたい」

しかし、マスコミにはマスコミの都合がある。格下相手の勝利を手放しで褒め称えて監督への評価を変えるほど、おめでたくもない。6月はリトアニア、フェロー諸島とのアウェー2連戦。もしここで勝ち点6を確保できなければ、また“馬鹿げたゲーム”が始まることは間違いない。□

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。