「イタリア代表の歩み」シリーズ(?)その11。ワールドカップ編も準決勝まで来ました。次回でとりあえずシリーズは完結するので、それ以降は従来通りランダムなアーカイブに戻ります。

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1)プレビュー:骨肉のライバル

組み合わせに恵まれたとはいえ、USA94以来、3大会ぶりのベスト4進出を果たしたイタリア。準決勝の相手は宿敵ドイツである。

宿敵、というのは、サッカーの上だけの話ではない。第一次大戦では敵国同士。第二次大戦では当初同盟国として戦いながら、1943年9月にファシズム政権が崩壊すると、ドイツがイタリアに占領軍を投入、それをレジスタンスが20ヶ月に渡る抵抗運動を戦って撃退するという、文字通り骨肉の戦いを演じた歴史があるのだ。

もちろんピッチ上の因縁も浅くはない。70年大会準決勝では、延長120分で4-3という「20世紀最高の試合」を演じ、82年大会決勝では「タルデッリの雄叫び」で有名な2点目を含め3-1と、記憶に残る名勝負が2つ。そのほか、62年、78年には、0-0の引き分けを演じている。

もうお気付きの通り、実はイタリアはまだ、ワールドカップでドイツに負けたことがない。過去の美しい思い出は、宿敵ドイツを破った記憶と重なっているのである。

とはいえ、今回はドイツが開催国。ドルトムントでの準決勝は、アズーリにとって完全なアウェー戦になる。3月にフィレンツェで親善試合を戦った時には、内容、結果(4-1)ともにイタリアの圧勝だったが、今度はそう簡単に行くはずはない。

客観的に見れば、開催国として今や国民の圧倒的な支持と熱狂を追い風にしている上、試合を重ねる毎にチームとしての成熟度を高めてきたドイツの優位は動かない。その中でイタリアに有利な材料を上げるとすれば、まずは、ここまで実質無失点の堅固なディフェンスということになるだろうが、そこに、フィジカルコンディションの優位も加えておきたい。

ドイツは、初戦からメンバーをほとんど固定して戦ってきた上に、準々決勝ではアルゼンチンと120分の死闘を演じている。しかも控えの戦力は、レギュラー陣に取って代われるほどに高いとは言えない。中3日で迎えるこの準決勝で、どこまで主力のコンディションが回復しているか不安が残る。

一方のイタリアは、ここまで5試合、一度として同じスタメンをピッチに送らず、しかもリッピ監督は意図的に選手をローテーションし、疲労を避けながら戦ってきた。5試合で控えGK2人を除く20人が一度はピッチに立っており、450分フル出場しているのは、ブッフォン、カンナヴァーロ、ペロッタの3人のみ。いずれもチームで最もコンディションがいい選手であり、蓄積疲労の不安はない。故障明けでなかなか調子が上がらなかったエースのトッティも、ついに本来の閃きを取り戻しつつある。

試合ごとに目まぐるしく変わってきたシステムも、どうやらトッティをセカンドトップに置く4-4-1-1で固まったようだ。「どんな相手に対しても3人のアタッカーをピッチに送る」というリッピ監督の宣言がどこに消えたのか知らないが、攻守のバランスを考えれば、この布陣が最も安定していることは事実。

例によって浮き沈みの激しい歩みを見せてきたアズーリだが、この決戦には万全の体勢で臨むことができそうだ。それが吉と出るか凶と出るかは、明日の夜のお楽しみである。□

2)試合:イタリア2-0dts ドイツ <2006年7月4日、ドルトムント>

得点:119′ グロッソ(イタリア)、120+1′ デル・ピエーロ(イタリア)

イタリア(4-4-1-1)
GK:ブッフォン
DF:ザンブロッタ、カンナヴァーロ、マテラッツィ、グロッソ
MF:カモラネージ(91′ イアクインタ)、ガットゥーゾ、ピルロ、ペロッタ(104′ デル・ピエーロ)
OMF:トッティ
FW:トーニ(74′ ジラルディーノ)

3)レビュー:伝説まであと1試合

専守防衛の受動的なサッカーではまったくないが、口が裂けても「攻撃サッカー」とは呼べない。まったく焦ることなく腰を据えてボールを支配し、攻守のバランスを常に保ってリスクを最小限に抑えながら、辛抱強くチャンスを待つ。そして、延長戦に入ってから勝負をかけ、最後の最後でゴールをもぎ取る。

アズーリを12年ぶりとなるワールドカップ決勝に導いたのは、「カテナッチョ」とはまったく異なる、しかしイタリア伝統のメンタリティを濃厚に反映していることには変わりがない、究極のバランスサッカーだった。

リッピ監督がピッチに送った布陣は、ウクライナ戦と同じ、1トップのトーニの下にトッティを置き、その背後を4MFと4DFのフラットな2ラインで固めた4-4-1-1。攻撃サッカーの看板として、2年間かけて築き上げた4-3-1-2システムは、もはや影も形もない。しかしイタリアはそれと引き換えに、これ以上ないほど堅固なディフェンスと、中盤の数的優位を土台とする試合の主導権を手に入れた。この布陣が今大会におけるアズーリの最終形であることは間違いない。

最初の90分、特に後半は、均衡と言うよりは膠着と言った方がずっとよく似合う展開だった。ボールポゼッションこそイタリアが57%と圧倒的していたものの、最終ラインと中盤が自陣内で交わすパスが多く、効果的な攻撃から敵陣深くに攻め入る場面は、決して多くなかった。一方のドイツは、ボールを奪うと前線の運動量を生かして早いタイミングで縦パスを引き出し、カウンター気味にイタリア陣内深くに攻め込む。

ドイツがスロットルの大きな開閉を繰り返すのに対し、イタリアは巡航状態。決定機の数こそ2回ずつと変わらなかったが、主審が延長戦突入を告げる笛を吹いた時点で余裕があったのは、明らかにイタリアの方だった。しかもこの時点で、リッピ監督の手元はまだ2枚、交代のカードが残っていた。

延長開始と同時に、走力のあるFWイアクインタを右サイドハーフの位置に投入。すぐにそのイアクインタの突破から、ジラルディーノがポストを叩く決定機が生まれる。その1分後には、ザンブロッタのミドルがクロスバーを直撃。

ついに足が止まったドイツがPK戦に持ち込もうという思惑をあらわにする中、リッピ監督はデル・ピエーロという最後のカードを切る。この時点でピッチ上には、ジラルディーノ、トッティ、イアクインタ、デル・ピエーロと、FWが4人も並んでいた。

守りを固めて逃げ切るどころか、残り20分で絶対に決めようという態勢である。PK戦になればなったで、この4人+ピルロというのはイタリアのベストメンバーだ。万全の采配だった。

実際をいえば、1-0のゴールを決めたのはDFのグロッソだったし、もしPK戦になったとしてもイタリアが勝っていたかどうかはわからない。しかし、内容的には、イタリアが勝つべくして勝ったと言い切れる試合だった。

組み合わせに恵まれたイタリアにとっては、この試合が今大会最初の「修羅場」だった。それを説得力ある形で乗り切ったことで、さらなる自信と成熟を手に入れたことは間違いない。伝説まであと1試合、である。□

(2006年7月2-4日/初出:『El Golazo』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。