もうかなり遠い過去の話になってしまったトラパットーニのイタリア代表。4年と少し前、ユーロ2004予選の大詰めを迎えていた当時のレポートです。

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まずは、2003年4月のチームレビューから。

優勝候補の一角を占めながら、ベスト16で韓国にまさかの敗退という屈辱的な結果に終わったW杯から1年。アズーリは「革新」よりも「継続」を基本路線にEURO2004への道を歩んでいる。

代表最多出場記録(129)を誇るマルディーニが引退したことを除けば、大きな世代交代はない。もちろん、ベテランと若手の入れ替えは若干あるが、それもリザーブ組がほとんど。要するに、チームの基本骨格はWCからほぼ不変ということだ。

一時は戦犯扱いされながら、後任不在という幸運に恵まれて留任したトラパットーニ監督は「今後も(WCの)韓国戦と同じシステムが基本。あの試合で我々は多くのチャンスを作った。改革の必要性は感じていない」と、堂々としたものである。

なにしろ前線には、セリエAで今期24得点のヴィエーリ、16得点のデル・ピエーロとインザーギ、14得点のトッティと、世界屈指のアタッカーが顔を揃えている。彼らの高い個人能力に局面打開を託し、中盤から下の7~8人はあまり攻撃に加わらず守備的に戦うのが、結果を出すために一番間違いのない方法であることに変わりはない、というわけだ。

となると最大の関心は、このワールドクラスの攻撃陣をピッチ上にどう配するか。トラップがよく引き合いに出すWC韓国戦の布陣は、前線にヴィエーリとトッティを縦に並べた4ー4ー1ー1システムだった。今年に入ってからの3試合も、メンバーは異なるが常にこの陣形を採用して戦っており、今後もこれがスタンダードと考えていいだろう。

イタリアでも一部では、この陣形をレアルなどと同じ4ー2ー3ー1だと報じる向きもある。しかし、両サイドハーフが自陣まできっちり守備に戻るアズーリの戦い方は、カペッロ率いるローマの守備的な4ー4ー1ー1にずっとよく似通っている。

いずれにせよ前線は、トラップの信頼が厚いヴィエーリ、トッティのコンビで決まり。デル・ピエーロは韓国戦と同様、ゴールから遠く守備の負担が大きい中盤左サイドでのプレーを強いられる可能性が高い。

インザーギがこの布陣の中に居場所を見つけるのは難しそう。最近売り出し中のコッラーディ、ミッコリも、彼らを脅かすレベルにはない。

W杯後に加わった新顔では、キエーヴォ躍進を支えたダイナミックなボランチ・ペロッタが、レギュラーの有力候補だ。アルゼンチンからの帰化で論議を呼んだカモラネージも、人材難だった中盤右サイドの定位置を一旦は掴んだが、このところやや不調。ミランでレジスタとしてブレイクしたピルロは、守備に不安があり定位置確保は厳しい。

守備陣は、GKブッフォンに加え、カンナヴァーロ、ネスタという強力ペアが健在。だが、2人が共に欠場したW杯の韓国戦でボロが出たことでもわかる通り、バックアップが手薄だ。サイドバックも、左右ともに層が薄く不安は残る。

出足で躓き苦況に置かれているEURO予選を勝ち抜くためには、直接のライバル、とりわけウェールズを叩くことが絶対条件。すべての命運は、前線の攻撃陣に託されている。彼らが現在の好調を秋まで持続してくれれば、予選敗退という失態は避けられるはずだが……。
 
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基本フォーメーション(4-4-1-1)

GK:ブッフォン
DF:パヌッチ、ネスタ、カンナヴァーロ、ザンブロッタ(ビリンデッリ)
MF:カモラネージ(ザンブロッタ)、ペロッタ、ザネッティ(アンブロジーニ)、デル・ピエーロ
OMF:トッティ
FW:ヴィエーリ
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そして、その秋、2003年9月にサン・シーロで行われたウェールズ戦のマッチレポート。

後半25分、フィリッポ・インザーギがこの日3点目のゴールを決めた瞬間、ジョヴァンニ・トラパットーニ監督は、ベンチに座る片腕のアシスタントコーチ、ピエトロ・ゲディンを振り返り、頭上のメインスタンドに一瞬だけ視線を向けると、満足げな表情でこう怒鳴ってみせた。
「見ろよ。まったく奴ら、あいつを試合に出すなって言ってたんだからな」

「奴ら」というのは、その視線の先にある記者席に陣取ったジャーナリストたちのこと。試合までの数日間、このウェールズ戦のピッチに送る先発メンバーをめぐって、イタリアのマスコミは喧しい議論を繰り広げてきた。そしてその大勢は、インザーギの起用に疑問を投げかけるものだったのだ。

グループ9の首位決戦となったこの試合、アズーリをめぐる最大の焦点は、直前のセリエA開幕戦で負傷し出場を諦めざるを得なくなったチームの大黒柱、フランチェスコ・トッティの穴をどのように埋めて、11人をピッチに送るかだった。

選択肢は2つ。前線をクリスティアン・ビエリとインザーギの2トップとして、アレッサンドロ・デル・ピエロを左サイドハーフに起用する4ー4ー2と、ビエリ、デル・ピエロが縦に並び、左サイドハーフにはマルコ・デルヴェッキオを入れる4ー2ー3ー1(実質的には4ー4ー1ー1)である。

後者はもともと、日韓ワールドカップにおいて、イタリアが世界に誇る3人のアタッカー、すなわちビエリ、トッティ、デル・ピエロを共存させるためにひねり出された布陣。だが、故障などでこの3人がなかなか揃わなかった昨シーズンも、アズーリはほとんど常にこのシステムで戦ってきた。しかも今年に入ってからは6連勝中。

ワールドカップ以来初めて、件の3人が代表に顔を揃えた8月20日のドイツ戦(親善試合/1ー0で勝利)では、華麗なコンビネーションから美しいゴールを決めて見る者を魅了し、「驚嘆のトリオ」というニックネームまで生まれたほどだった。

しかし、トラパットーニ監督が選んだのは、今年に入ってからはほとんど代表での出場機会がなく、件のドイツ戦には招集すらされないなど、すっかり影が薄くなっていた“第4のストライカー”インザーギを2トップの一角として起用する、もうひとつの選択肢(4ー4ー2)の方だった。

「なぜシステムを変えるかって?何も変わっちゃいない。トッティの代わりにインザーギを入れるだけだ。2人とも同じFWだ。キャラクターはちょっと違うがね。デル・ピエロは最近ずっと、代表でもユヴェントスでも左サイドでプレーしている。今回もそうするだけのことだ。それにしても、どうして君たちはそんなにインザーギの起用に不満なんだね?ピッポはピッポだ。いつもゴールを決めてきたじゃないか」

だが、マスコミの論調は、この選択にはっきりと批判的だった。「トッティが欠けたとはいえ、これまで結果を残してきた4ー2ー3ー1を変える必要はない」、「インザーギは今シーズンに入ってからまだ1ゴールも決めていない。代表ではもう2年半もゴールから遠ざかっている。開幕戦で2得点したデル・ピエロを、サイドではなくゴールに近いトップ下に起用したほうがずっといい」、等々。

そのデル・ピエロが、不本意な気持ちを露わにして次のようにコメントしたことも、火に油を注ぐ結果になった。

「それはもちろん、サイドよりもトップ下の方が攻撃に絡めるに決まっている。この試合は勝つことが何よりも重要だから、ぼくも喜んで本来とは違うポジションでプレーする。でもこんな犠牲をいつまでも払い続けるつもりはない。これ以上振り回されたり騙されたりするのはたくさん。来る時が来たらきっちり落し前をつけるつもりだ」

こうしてマスコミはもちろん身内の一部までも敵に回したトラパットーニ監督は、もしこの試合を落としてグループ1位通過の可能性を失うことになったら、それこそ集中砲火の標的になることは免れないという、かなり追い込まれた状況で試合を迎えなければならなかった。

しかし実際に試合が始まると、トラップがピッチに送った4ー4ー2は、予想以上にうまく機能する。立ち上がりこそ、ウェールズの唯一の攻め手であるFWハートソンへの放り込みから、ギグスが危険なシュートを放つ場面があったが、その後はほぼ一方的にイタリアがゲームを支配。

ジャンルカ・ザンブロッタとデル・ピエロが絶妙のコンビネーションで左サイドを再三切り崩し、ビエリとインザーギの2トップも互いの位置を意識しながら息の合った動きを見せて、何度もフィニッシュに絡んだ。

ところが、前半だけで11本のシュートを浴びせたにもかかわらず、なぜかボールは枠を捉えず、あるいはポストやバーに嫌われて、後半10分が過ぎてもなおゴールが奪えない。試合後の会見でトラップが「誰かが黒猫をピッチに連れてきたと思った」(黒猫は不幸の予兆と考えられている)と真顔で語ったほど、この日のイタリアは運に嫌われているように見えた。

後半13分、カモラネージのクロスを、エリア内に走り込んでいたデル・ピエロが折り返し、そこにビエリが詰める。しかし、その右足が捉えたボールは、またもクロスバーに当たってピッチに跳ね返ってしまった。だが、誰もが「またもや」と思ったその瞬間、そこに突然姿を現し、当然のような顔でボールをゴールに押し込んだ男がいた。まったく似合わない背番号10を背負った彼、ピッポ・インザーギだった。

一旦均衡が崩れてしまうと、その後は文字通り一方的な試合になった。インザーギの勢いももう止まらない。その後も16分、24分と立て続けにゴールを決め、イタリア代表では82年W杯のパオロ・ロッシ以来となるハットトリックを達成してしまう。こうなったらもう脱帽するしかない、誰にも文句のつけようがない大活躍だった。

「代表では確かにずっとゴールを決めてなかった。でも、試合に出るたびに必ずゴールを決めるなんて人間じゃない。ともかく、今日はすごく久しぶりに親友のボボ(ビエリ)と一緒にプレーできて、しかもハットトリックを決めた。これ以上の満足はないよ。もしトッティが戻ってきたら?それは監督が考えること。このチームには偉大なストライカーが4人もいるんだから、毎回誰かがスタメンから外れても仕方ない」

試合後のインタビューに応えるインザーギは、ポーカーフェイスを装いながらも、左の口の端が吊り上がっている。心の底から沸き上がってくる笑いを抑えることができないのだ。しかし、それ以上に満足そうな表情を見せて会見に臨んだのは、トラパットーニ監督だった。

「皆さんは、ビエリとインザーギの2トップがいかに確実な選択か、すっかり忘れていたようだ。復讐を果たしたという気持ちは別にないが、もちろん嬉しさはすごく大きい。夕べは朝6時まで眠れなかった。ずっと、この選択は絶対正しいんだ、と自分に言い聞かせていたんだ。リスクを冒してでも攻撃に出て勝たなければならなかった。ピッポはいつもピッポだ。私はそれを忘れたりはしないからね」

4日後のセルビア=モンテネグロ戦、今度は逆に一方的に押し込まれる中で、たった一度のチャンスに、誰もが「泥棒!」と叫びたくなるようなゴールを決めて貴重な引き分けに貢献したのが誰だったかは、改めていうまでもないだろう。■

(2003年4月15日・9月13日/初出:『SPORTS Yeah!』)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。