2007年のお正月に、3週間後に迫ったUEFA会長選挙に向けて書いた原稿。プラティニは無事会長に当選し、G-14解体やCLのフォーマット変更(中堅・弱小国を優遇)など、欧州サッカー界の「正常化」に向けて着実に実績を積み重ねています。特定の利害に囚われずこれだけ大局的な判断ができるトップを持ったUEFA、というか欧州サッカー界は幸せです。

bar

2007年1月26日は、ヨーロッパサッカー、そしておそらくプラネット・フットボール全体にとって、過去と未来を分かつ大きな分水嶺となるだろう。

――という大仰な書き出しで新年最初の当コラムをスタートするのは、ほかでもないこの日、デュッセルドルフで開かれるUEFA総会において、ミシェル・プラティニが現職レナート・ヨハンソンに一騎打ちを挑んでいる会長選挙の投票が行われるからだ。

90年からUEFA会長の座にあるヨハンソンは、ここ10数年欧州サッカー界を支配してきたトレンド、すなわち、地域に根ざした都市のスポーツからマスメディアに支配された世界的なエンターテインメントへ、楽しみとしてのスポーツから利益のためのビジネスへ、という変化の推進者だった。

イングランド、ドイツ、スペイン、イタリアといったサッカー大国とビッグクラブの支持を背景に、欧州選手権本大会の拡大(8カ国から16カ国へ)、欧州チャンピオンズカップのチャンピオンズリーグへの改変と、それに続く三大カップの解体など、現在のビジネス・オリエンテッドな枠組みを確立したのは、ヨハンソンである。その再選は、したがって、大国とビッグクラブの経済的利害を優先する現行路線の継続(あるいは加速)を意味しているといっていい。

一方、対立候補として立ったミシェル・プラティニは、当初からはっきりと現行路線に批判的な立場を表明し、大国から小国まで、ビッグクラブから弱小クラブまですべての利害を等しく考慮した「ビジネス主導からフットボール主導への回帰」を打ち出してきた。

象徴的なのが「チャンピオンズリーグに1カ国から4チームは多過ぎる」という主張である。99年に行われた欧州三大カップの解体を通じて弱小国を締め出し、事実上の欧州ビッグクラブ選手権と化したCLを、UEFA加盟国すべてに参加のチャンスがある平等主義的なシステムに戻すべきというのが、プラティニの意見だ。

現在4チームを送り込んでいるイングランド、スペイン、イタリアの枠をひとつ減らす代わり、3チームすべてを予備予選なしで直接エントリーさせ、浮いたひと枠を中堅国に回すというのがその具体案。

当然ながら、もしプラティニがUEFA会長の座に就くことになれば、ヨハンソンが推進してきた現行路線は、小さくない修正を受けることになるだろう。そしてその方向は、現在のUEFAビジネスを支える大国やビッグクラブ(とりわけG-14)とは利害を異にするものになる。

それでは、投票があと3週間後に迫った現時点での票読みはどうなっているのだろうか。

投票の権利を持っているのは、UEFA加盟53カ国。イングランド、ドイツ、スペイン、イタリアといった大国も、サン・マリーノ、アンドラ、リヒテンシュタインといった小国も、持っている一票の重さは同じである。

ヨハンソンは、基盤である北欧諸国に加え、ドイツ、スペイン、イタリアという大国の支持を得ている(イングランドの動向は未知数だがヨハンソン支持が濃厚と見られている)。一方のプラティニを支持しているのは、フランスに加えて、ポーランド、ブルガリア、セルビアといった東欧諸国。CL参加枠をはじめ、中堅・弱小国に対して今よりも手厚い施策を約束しているプラティニの側に立つのは、これらの国々にとっては当然の選択といえるだろう。

プラティニは「フットボールの未来を、ビジネスマンや弁護士の手からフットボーラーの手に取り戻す時が来た」とも語っている。事実、東欧諸国への選挙運動をサポートしてきたのは、ボニエク(ポーランド)、ストイコヴィッチ(セルビア)、ストイチコフ(ブルガリア)といった、各国協会の要職に就いている元フットボーラーたちである。

その甲斐もあってか、昨年末に伝えられた観測は、プラティニが30-35票を握って優勢、というもの。しかし、これだけ大きな経済的利害がかかった選挙となれば、この段階での票読みはあまり当てにはならない。ここから投票日まで、劣勢が伝えられるヨハンソン陣営は、あらゆる手練手管を使ってプラティニ票の切り崩しを図るに違いないからだ。

鍵を握ると言われているのは、旧ソ連諸国に大きな影響力を持つロシアの動向、そしてプラネット・フットボールの総元締めであるFIFA会長ブラッターの意向。プラティニは2002年からFIFAエグゼクティヴ・コミッティのメンバーであり、ブラッターのアドバイザーも務めていたが、現在の両者の関係は必ずしも良好ではないとも言われる。

それは、プラティニのスポーツ原理主義的な考え方が、ブラッターのビジネス・オリエンテッドな志向と噛み合わないことが多かったためとも言われる。

ヨハンソンが進めてきた現行路線は、CLと欧州選手権という二大UEFAコンペティションを世界的なエンターテインメント・コンテンツに仕立て上げ、各国協会(特に大国のそれ)とビッグクラブに大きな富をもたらした。しかしその裏では、大国と中小国、ビッグクラブとその他大勢の格差拡大、二極化という弊害が、深刻なレベルまで進んでいることも事実である。
 その流れはこれからも続いていくのか。それとも大きく変わるのか。運命の時は近づいている。■

(2007年1月4日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。