ユーロ2008が始まりました。2日間、4試合を終わった時点では、結果は予想通り、内容は退屈という、いまひとつの滑り出しですが、明日はイタリア対オランダがありますからね。ディ・ナターレがオーイエルをチンチンにするというのがぼくの妄想です。問題はマテラッツィですが。

今回は、2年前、ワールドカップの開幕直前に書いた、大会の行方を決めるのはフィジカルコンディション、というテキストを。状況は今度もまったく変わっていないので、選手の名前だけ入れ替えれば、話はそのまま当てはまると思います。エルゴラやfootballistaにも書きましたが、ぼくの今大会の予想は、ドイツとイタリアが決勝を戦うというものです。

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ワールドカップの開幕が近づいてきた。出場国の多くは、ヨーロッパ各地での“一次合宿”を終え、今週末の国際親善試合で、最後の調整を行っている。本番まで1週間あまりとなった今、気になるのはやはり各チームの仕上がり具合である。

誰もが優勝候補の筆頭に挙げるブラジルは、シーズン中出来の悪かった何人かの選手も、アドリアーノを筆頭に水を得た魚のように調子を取り戻し、過剰なまでに順調に仕上がってきているようだが、その一方では、開幕に向けてコンディション面で不安を抱えている強豪も少なくない。

不安の材料は、2つのタイプに大別することができる。ひとつは、シーズン中の故障で戦列を離れていた選手が、本番までに間に合うかどうか。もうひとつは、直前合宿や親善試合での思わぬ怪我・故障である。

前者の代表的な例が、イタリアの大黒柱トッティ。2月半ばに喫した左足首の骨折から、過酷なリハビリを乗り切って驚異的な回復を見せ、何とか戦列復帰を果たした。31日に行われたスイスとの親善試合では、3ヶ月半ぶりに90分フルにプレーしたが、その動きはまだ鈍重で、出来としては60%というところだった。本来のパフォーマンスが見られるとしても、それはイタリアがグループリーグを勝ち上がってからの話になりそうだ。

4月末に右足中足骨を骨折したイングランドのエース、ルーニーも、復帰はトーナメント以降になりそうな雲行きだ。ルーニーがいるといないでは、イングランドの攻撃力に天と地ほどの差が出ることは誰もが知る通り。しかも、そのパートナーまたは代役(システムによる)となるべきオーウェンにしても、今シーズンの大半を故障で棒に振り、4月末にやっと復帰を果たしたばかりで、本調子からはほど遠い。

4年前の日韓大会直前に、キャプテンのベッカムが今回のルーニーとまったく同じ怪我をしたというのは、何かの因縁だろうか。あの時、ベッカムは何とかギリギリで復帰を果たしたものの、そのパフォーマンスは絶好調時のそれからはほど遠いものだった。

準々決勝のブラジル戦、ライン際のルーズボールを競りに行きながら、足を出さずにジャンプしてタックルを避けた末にボールを失い、それがブラジルに同点ゴールをもたらすロナウジーニョのカウンターの端緒になったことを、覚えている方も多いだろう。「オカマ野郎しかやらないプレー」と酷評されたあの“華麗なジャンプ”は、おそらく怪我した足をかばうための、反射的なアクションだった。

攻撃のキープレーヤーが故障から復帰したばかりという事情は、グループEでイタリアと同居するチェコにもあてはまる。最前線のターゲットマンとなるべきコラーと控えのロクベンツはともに故障明け。ほとんどぶっつけ本番で開幕を迎えることになる。

初出場のウクライナも、頼りのシェフチェンコがシーズン終盤に痛めた膝を抱えて、やっとチームに合流したという状況である(チェルシーのメディカルチェックは済ませたが)。

他方、ここに来て思わぬ故障で大事な戦力を失うチームも相次いでいる。ヴチニッチ(セルビア・モンテネグロ/FW)、デル・オルノ(スペイン/DF)、フェドロフ(ウクライナ/DF)、田中(日本/DF)は、23人のリストから外れて帰国することを強いられた。

リストから外れるほどでなくとも、小さな故障に悩まされているキープレーヤーは少なくない。トッティに何とか回復のメドが立ったイタリアも、その一方では、攻守両面で大きな役割を担う右SBザンブロッタが左太腿に軽い肉離れを起こし、休養を強いられている。

診断結果は、全治15-20日。少なくともグループリーグ最初の2試合は出場できない計算である。他にも、ロシツキ(チェコ)、ファン・デル・ファールト(オランダ)など、エース級の選手が複数、捻挫や軽い肉離れでストップを強いられている。

大会直前の故障といえば、思い出すのは4年前のジダン。韓国との親善試合で被った太腿の肉離れが、優勝候補フランスのグループリーグ敗退をもたらした最大の原因だった。98年には、イタリアのデル・ピエーロがチャンピオンズリーグ決勝でやはり肉離れを起こして、ほとんど活躍できないまま大会を終えている。

ヨーロッパのビッグクラブで長いシーズンをプレーしたスター選手たちの肉体は、蓄積した疲労で、非常に痛みやすくなっている。筋力や筋持久力の低下は関節への負担増ももたらすから、肉離れなど筋肉系の故障だけでなく、捻挫や靭帯損傷といった関節系の怪我も起こりやすくなっているのだ。

また、免疫系の耐性も低くなっているため、小さなことで体調不良に陥りやすい。これから開幕までの間にも、まだ誰にどんなハプニングが起こるかはわからない。

今年の初め、インテルのロベルト・マンチーニ監督がこんなことを言っていたのを思い出す。

「今ワールドカップの予想をすることにはほとんど意味がない。まだ半年も先の話じゃないか。重要なのは、どれだけいいメンバーが揃っているかじゃない。どれだけいいコンディションで大会に臨むことができるかだ。

4年前のワールドカップでも、この間のユーロでも、主力が疲れていたり傷んでいたチームは軒並み敗退したのを覚えてるだろう?これから先、誰が怪我するかもわからない。今言えるのは、きっと今度もサプライズの多い大会になるってことだけだね」■

(2006年6月3日/初出:『El Golazo』連載コラム「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。