EURO2012の開催国がウクライナ/ポーランドに決まったのはご承知の通り。でも、去年の4月に決定するまでは、イタリアが大本命でした。その当時の事情をまとめた2本の原稿です。前編はイタリア開催が濃厚だという話、後編は開催でスタジアムはどう変わるかという話。その後、イタリアが落選した事情についても決定直後に書いたので、その原稿はまた機会を改めて。

さて、ミラン対アーセナルは、ギリギリでアーセナルの勝ちでした。スタジアムで観た時には、アーセナルが力で押し切ったという印象だったんですが、改めて録画を見直したらそうでもなくて、十分接戦といえる内容でした。来週の『footballista』には、これまでとは一味違った総括が載ることになると思うので、請うご期待。

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前編:EURO2012はイタリア開催が濃厚

世界のワールドカップ予選も、あとはプレーオフを残すだけ。来年6月の本番に向けた熱は、12月の組み合わせ決定を契機に、一気に高まりを見せることだろう。

その一方で、UEFAではすでに、ドイツ2006の次のビッグイベント、ユーロ2008(スイスとオーストリアの共催)へのプロセスが動き始めている。今月14日には、来シーズンから始まる予選のシード順位が発表された。予選は7グループ(各7カ国、1グループのみ8カ国)に分けられ、それぞれから上位2チームが本大会に出場となる。

第1シードに入ったのは、ギリシャ、オランダ、ポルトガル、イングランド、チェコ、フランス、スウェーデンの7カ国。イタリアは、ドイツ、スペインとともに、第2シードに回っている。

イングランドと同グループになったフランス98を最後に、イタリアはビッグイベントの予選では組み合わせに恵まれ続けているので、この辺でオランダとかフランスあたりと同居するのもいいかもしれない。組み合わせ抽選会は1月27日にスイスのモントルーで行われる予定。

しかし、イタリアサッカー協会(FIGC)にとってそれ以上の関心事は、さらに先の2012年に行われる、「次の次」のヨーロッパ選手権である。というのも、イタリアはこの大会の開催地に立候補を表明しているからだ。

まだ6年以上の先の話とはいえ、開催地選びの作業はもうとっくに動き出している。立候補を表明しているのは、イタリアの他にギリシャ、トルコ、ポーランド=ウクライナ(共催)、ハンガリー=クロアチア(共催)、合計5つ。当初は、ロシア、スペインなどの立候補も噂されていたが、結局実現しなかった。

UEFAは、この11月にマルタで行われる理事会で、候補地を3つ(あるいは2つ)まで絞り込み、その1年後、2006年12月の総会で最終決定を下すことになっている。

候補地の顔ぶれを見れば察しがつく通り、イタリアは本命である。開催要件のチェックリストでは、大半の項目がA評価を得ているはずだ。最後まで残りそうなライバルはトルコだが、社会インフラ、セキュリティ、開催ノウハウ、いずれを取っても不安があり、イタリアには大きく劣る。

だがそのイタリアにとって、唯一最大のハードルとなるのがスタジアムである。以前このコラムでも取り上げたことがあるが、イタリアのスタジアム事情は、欧州主要国では最低レベルといっていい。15年前のイタリア90で新築あるいは改築されたスタジアムは、その後の急激なテクノロジーの進歩もあって、現在の水準からすればすでに時代遅れ。おまけに、公共財を大切にしない国民性のおかげで、破損や老朽化がすすんでいる。

なにしろ、UEFAの最も厳しいスタジアム施設基準(五つ星クラス)に適合し、欧州カップの決勝戦を開催できるスタジアムは皆無なのだ。2002年にチャンピオンズリーグの決勝(レアル2-1レヴァークーゼン)が行われたミラノのサン・シーロですら、最新の基準では三つ星に格下げになっている。

しかし、逆にその点こそが、FIGCがユーロ開催に力を傾注する最大の理由である。この遅れた状況を一気にひっくり返し、イタリアのスタジアムをヨーロッパの最新レベルに引き上げるための、絶好の機会になり得るからだ。日本や韓国、最近ではポルトガルを見てもわかる通り、ビッグイベントの開催はスタジアム施設の新設・更新とセットである。

ユーロを開催するためには、UEFAの基準を満たしたスタジアムが最低でも8つは必要になる。決勝を開催するスタジアムには、最低でも5万人(関係者やプレスを除く、観客用の席数)のキャパが要求されており、さらに2つ、4万人以上(条件は同じ)のスタジアムが必要だ。

FIGCがUEFAに提出した企画書では、決勝が開催されるのはイタリア90と同様ローマ(オリンピコ)、開幕戦はミラノ(サン・シーロ)、準決勝の1試合はナポリ(サン・パオロ)で行うことになっていると伝えられる。残る5年は、トリノ(デッレ・アルピ)、フィレンツェ(フランキ)、ジェノヴァ(マラッシ)、そしてボローニャ(ダッラーラ)。

さらに「補欠」として、バーリ(サン・ニコラ)、カリアリ(サンテリーア)、ヴェローナ(ベンテゴーディ)、ウディネ(フリウリ)の4都市が挙げられている。開催が実現すれば、これらの都市の、ということはセリエA主要クラブのスタジアムが一気にモダナイズされることになる。

ちなみに、UEFAに提出された企画書には、当然ながら収支計画も含まれており、そのベースになるチケット代も明記されているという。それによれば、ローマで行われる決勝戦のチケット代は、カテゴリー1が345ユーロ(約4万7000円)、カテゴリー2が185ユーロ(同約2万5500円)、カテゴリー3が109ユーロ(同約1万5000円)。

ミラノでの開幕戦はそれぞれ179ユーロ(2万5000円弱)、96ユーロ(1万3000円強)、58ユーロ(約8000円)とされている。カッコ内の円換算はもちろん現在のレートによる。それが2006年にどうなっているかは、まったく想像の範囲外だ。

ついでにもっと気の早い話をすれば、ユーロ2012のさらに次、2016年はフランスかスペインでの開催が有力視されているらしい。ワールドカップの方は、ドイツ、南アフリカに続いて、2014年ブラジル、2018年イングランドまでが既定路線という話になっている。その頃世界がどうなっているかも、まったく想像の範囲外だが……。□

後編:EURO2012でイタリアのスタジアムは変わるか

イタリアがユーロ2012開催を機に、ヨーロッパでも遅れているスタジアム施設の更新を目論んでいるという、前回の話の続き。

イタリアサッカー協会(FIGC)が候補地として挙げているのは、以下の8都市である。ミラノ(サン・シーロ)、フィレンツェ(フランキ)、ジェノヴァ(マラッシ)、ローマ(オリンピコ)、ナポリ(サン・パオロ)、トリノ(デッレ・アルピ)、パレルモ(バルベーラ)、ボローニャ(ダッラーラ)。

さらに「補欠」として、バーリ(サン・ニコラ)、カリアリ(サンテリーア)、ヴェローナ(ベンテゴーディ)、ウディネ(フリウリ)の4都市が加えられている。

上でカッコ内に挙げたのはスタジアムの名前。すべて、15年前のイタリア90開催時に新築あるいは改築によって整備された施設である。たった15年で、当時最新鋭のスタジアムが時代遅れになってしまったというのも考えさせられる話だが、この15年で、サッカーをめぐる環境が加速度的に変化し、それに伴ってスタジアムに求められる要件が大きく変わってきたこともまた事実である。

当時の基準では、スタジアムはサッカー専用である必要すらなく、また収容人員も多い方がよしとされていた。観客席の屋根も、全体の1/3以上でOK。座席は、ベンチから個別式への移行が義務づけられたところで、背もたれ付きは必要とされていなかった。付帯施設も、トイレと売店程度。VIPブース、レストランからファンショップ、ミュージアム、果ては会議場やホテルまでを併設した最先端のスーパースタジアムとは比較にならない。

TV時代の到来を受容したFIFAが、マラカナ(リオ・デ・ジャネイロ)、アステカ(メキシコ・シティ)、カンプ・ノウ(バルセロナ)といった10万人規模の巨大スタジアムはもはや必要ないと明言し、収容人員よりも快適性を重視する方向性を明確に打ち出したのは、1991年のことだ。

80年代後半に計画され施工されたイタリア90のスタジアム群は、ちょうど近代と現代の狭間にあって、近代の側に取り残されるという不幸な巡り合わせに遭遇したわけである。(<追記>日本のワールドカップスタジアム群もけっこう微妙ですけど)。

実際、上に挙げた12のスタジアムのうち、陸上トラックがないサッカー専用スタジアムは、ミラノ、ジェノヴァ、フィレンツェ、パレルモ、わずか4つに過ぎない。イタリア90のために新設されたバーリのサン・ニコラ(設計はレンツォ・ピアノ)、トリノのデッレ・アルピも、陸上トラック付きである。全観客席が屋根で覆われているのは、ミラノ、ジェノヴァ、ローマ、ナポリ、トリノの5つだけ。背もたれ付きの座席が標準装備されているスタジアムはひとつもない。

要するに、現在のイタリアで、観客にとってまずまず満足できる水準にある、中規模以上のサッカー専用スタジアムは、ミラノのサン・シーロとジェノヴァのマラッシ、たった2つだけということになる。

気になるのは、ユーロ2012の開催企画書に、スタジアムの新築計画が取り上げられていない点。原則としては、すべて、既存施設の改築によって対応することが想定されているわけだ。そのために必要とされるコストの概算は、およそ10億ユーロ(1400億円弱)とされる。

ちなみにこの金額は、来年5月に完成が見込まれるイングランドの新たな殿堂ニュー・ウェンブレーの建設費とほぼ同じ規模である。9万人収容、エスカレーター23基、レストラン13ヶ所、売店152ヶ所、そして200室の四つ星ホテルまでを備える最新鋭のスタジアムを新築する費用で、10近いスタジアムを、時代の要求する水準にまで改装できるのなら、そちらの方がずっと効果的な金の使い方であることは確かだ。

しかしそれでも、改装程度で本当に現在の、そして近い将来に求められる要求に応えられるのかという問題は残る。

イタリア90で改装されたスタジアムの中には、第2次世界大戦以前に建設された躯体が基本となっているところが4つ(ミラノ、ボローニャ、フィレンツェ、パレルモ)もある。ローマ、ナポリも建設は半世紀以上前の1950年代。ピッチと観客席だけでなく、内部の施設・設備を最新の基準に適合させるには、古い躯体では明らかな限界がある。

先頃も、リーグ(セリエA)の会長も兼任するミランのガッリアーニ副会長が次のようにコメントしている。

「スタジアムを改装で済ませたのがイタリア90の最大の失敗だった。現代のプロサッカーが求める施設を一から建設するのが一番いい。ユーロ2012はその唯一の機会になるだろう。今から実現に向けて取り組む必要がある」

もちろん、それが一番いいに決まっているのだが、先立つ物が必要であることは言うまでもない。ジリ貧が続くイタリア経済にそれだけの力はないから、政府の公共投資に依存するしかないだろう。ミランのオーナーでもあるベルルスコーニ首相なら、理解を示しそうな話ではあるが……。□

(2005年10月15日・22日/初出:『El Golazo』連載「カルチョおもてうら」)

By tifosissimo

片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。 著書に『チャンピオンズリーグの20年』、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』、『アンチェロッティの戦術ノート』、『モウリーニョの流儀』がある。『アンチェロッティの完全戦術論』などイタリアサッカー関連の訳書多数。