デニス・スアレスが持ち前の得点感覚とシュート技術をまざまざと見せつけた2ゴールで逆転負けしてしまったCLバルセロナ戦のインテルですが、その試合で見せた「変な」ビルドアップがSNS上で話題になっているようです。あれは元をたどれば、ユヴェントス時代に導入した3-3-4の配置による「中盤を空にする」ビルドアップの発展形。その原形はユーロ2016を戦ったイタリア代表でも見ることができたのですが、それを取り上げて説明した原稿があるので、この機会にここに上げておきます。「中盤空洞化」というコンセプトは、その後footballistaでも新たな戦術トレンドとして取り上げられることになりました。

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開幕前には「史上最弱」「クオリティ不足」といったネガティブなレッテルを貼られ、ベスト16まで勝ち上がれば御の字という悲観的な見方が強かったイタリア。しかし蓋を開けてみれば、GS初戦でベルギー、R16でスペインと優勝候補を相次いで下すなど、最も楽観的な予想をも上回る健闘を見せた。

かくいう筆者も、今大会のイタリアには期待していなかったひとり。前線のクオリティ不足に加えて、中盤のキープレーヤーだったマルキジオ、ヴェラッティの故障離脱は決定的なダメージになると思われたからだ。しかしコンテは、明確な戦術構想のもとに選んだメンバーを狙い通りに機能させ、個のクオリティ不足を組織的かつ緻密な戦術によって補い、戦力で上回る相手に互角以上の戦いを見せて勝利をもぎ取った。

興味深いのは、コンテのイタリアが採用している戦術は、コンセプトという点でもピッチ上の配置やメカニズムという点でも、ドイツ、スペイン、ベルギー、ポルトガルといった強豪国に見られるモダンフットボールの主流とはかなり異なっているところ。

3-5-2という基本システムは、4バックが支配的なヨーロッパにおいては文字通りの異端だし、相手と状況に応じて3、4、5バックを使い分ける柔軟な最終ラインの運用も、4+4のコンパクトな2ラインが基本になっているスタンダードな守備戦術とは一線を画すものだ。

そして攻撃のビルドアップにおいても、中盤センターのゾーンに少なくとも4人を固めて数的優位を作り出しポゼッションでチーム全体を押し上げるという「ホリゾンタルな」組み立てではなく、最終ラインから前線に(できれば直接)縦パスを送り込むために、中盤センターのスペースを「空にして」スペースとパスコースを作り出すというイタリアの「ヴァーティカルな」組み立てのメカニズムは、まさに異彩を放っていた。

この「中盤を空にする」というビルドアップのコンセプトは、今回のEUROで見られた戦術的ディテールの中で最も興味深いものだ。今回は、この攻撃メカニズムをもう少し具体的に掘り下げてみよう。
 ビルドアップの目的はボールを敵陣に運ぶこと、より具体的に言えば敵の中盤守備ラインの背後(中盤とDFの「2ライン間」と言い換えてもいい)にボールを送り込み、そこから前を向いて最終ラインに仕掛ける状況を作ることにある。

最も手っ取り早いのは、DFからFWに直接ロングボールを送り込んでしまうことだ。「ダイレクトプレー」と言った時にイメージされる典型的な形がこれ。空中戦に強くロングフィードを収めてマイボールにできるFWを擁していれば、この戦術はそれなりの有効性を持つ。しかしその時点では前線に味方が少ないため、そのまま一気に陣形の整っていないディフェンスの隙を衝いて2ー3人でシュートまで持ち込む形が作れない場合には、一旦タメを作って味方の攻め上がりを待つといった形で、改めて攻撃の最終局面をオーガナイズする必要が出てくる。

それに対して、自陣からショートパスをつないでチーム全体を押し上げていくというのが、ポゼッションサッカーの基本コンセプト。ボールの近くに人数を集めて局地的な数的優位を作り出すことでパスコースを確保し、ボールを敵陣に運んでいく。いわゆる「ポジショナルプレー」だ。こちらは、敵中盤守備ラインを越えた時点でそれなりの人数が上がってきているため、そのままの流れで最終ラインの攻略につなげることができる。スペインやドイツがこのスタイルの典型だ。

レナート・バルディが指摘しているように、今回のEUROでは、サイドから攻撃に奥行きを作り出すタスクはSBに委ねる一方、中央のゾーンに4~5人を固めて数的優位を作り出し、中盤の主導権を握った上でさらに攻撃の最終局面にも人数をかけた中央突破をしかけていくという新トレンドが見られた。

しかし、イタリアの攻撃メカニズムはこのどちらにも当てはまらない。GKからのリスタートでは、敵が前線からハイプレスを仕掛けて来ても、ロングボールを蹴らずに最終ラインのパス回しから攻撃を組み立てようとするのだが、その次のプロセスでは、中盤でのポゼッションを省略してダイレクトな縦パスをFWに送り込むことで、敵中盤守備ラインを越えようとするからだ。

「中盤の攻防が試合の鍵を握る」、「中盤を制する者は試合を制する」といった、よく言われる現代サッカーの常識からすれば、後方からのビルドアップを志向しながら中盤のポゼッションを省略するというのは、まったくアブノーマルな話だ。しかも、中盤をすっ飛ばして前線にボールを送り込んでいるにもかかわらず、そこから攻撃の最終局面への移行はきわめてクイックかつスピーディであり、人数もきっちりとかけられている。どうしてそんな芸当が可能なのだろうか。

その鍵は、3-5-2という基本システムとそのメカニズムにある。GKからのビルドアップにおいては、右CBバルザーリと左CBキエッリーニがペナルティエリアの外まで開いて大きく幅を取る一方で、中央にとどまるCBボヌッチの近くまでアンカーのデ・ロッシが下がってくる。後方でのパス回しには、3バックとアンカーのデ・ロッシという4人が参加する形だ。

この時左右のウイングバックはビルドアップに加わらず、FWと同じ高さまでポジションを上げる。実質的な布陣は3-5-2ではなく3-3-4になっているわけだ。

後方からのビルドアップに対して相手がハイプレスを仕掛けてくるとしよう。最も人数をかけてきたとしても4-2-3-1の前4人。3バックとアンカーに1対1でつけば数的均衡が生まれるが、こちらはGKブッフォンがボール回しに加わることで、5対4の数的優位を作り出すことができる。

敵が4人をハイプレスに送り込んで来れば後方は4バックと2MFの6人。それに対してこちらも2インサイドハーフ、2トップ、そして高い位置に張り出した両WBの6人で、6対6の数的均衡を作れる。ディフェンスの基本は数的優位だから、敵陣で数的均衡の状況になっていればそれだけで攻撃側が有利ということになる。

一見すると、後方でパス回しを担う3バック+アンカーの4人とその前にいる6人は大きく分断されているように見える。しかし、この分断こそがイタリアのビルドアップの鍵なのだ。

GS初戦のベルギー戦を例に取ろう。ベルギーの布陣は4-2-3-1。ウィルモッツ監督はボヌッチにCFルカク、バルザーリとキエッリーニにはウイングのアザールとデ・ブルイネ、そしてアンカーのデ・ロッシにはトップ下のフェライニをぶつけて、前線からハイプレスを仕掛けてきた。しかしイタリアは、ブッフォンを加えた5人でボールを回すことで、3バックの1人(主にバルザーリ、キエッリーニ)をフリーにする。

この時点でイタリアの陣形は前6人、後ろ4人に「分断」されているわけだが、これは守備側であるベルギーの陣形もまた同じように分断され間延びしていることを意味する。後方でのボール回しは、相手のプレッシングを誘って第1守備ラインの後方にスペースを作り出すための罠なのだ。実際、フリーでボールを持ったバルザーリ(キエッリーニ)は「分断」によって生まれたスペースを利用して前を向き、ドリブルで持ち上がることも可能になる。

次のポイントは、この時点における「前6人」のポジショニングにある。ポゼッション志向のチームであれば、2人のインサイドハーフ(ジャッケリーニとパローロ)に加えて2トップの1人が中盤まで下がってくる動きによって数的優位を作り出し、ポゼッションによって敵中盤守備ラインを越えようとするだろう。

ところがこの時、ジャッケリーニとパローロは、中央のゾーンを離れてタッチラインに近いところまで大きく開いたポジションを取っているのだ。バルザーリ(キエッリーニ)からこの2人へのパスコースを消そうと思えば、ベルギーのボランチ2人は外に開いたポジションを取らざるを得ない。図1のように、中盤中央のスペースは完全に「空」になっており、前線のペッレに20-30mの縦パスをグラウンダーで送り込む「高速道路」が出現しているというわけだ。

ペッレにはもちろんCBが背後からはり付いているのだが、2CBが2トップに対して2対2の数的均衡になっている関係上、リスクを冒してまでアンティチポを仕掛けることはできない。194cmの巨漢でポストプレーを最大の長所とするペッレがボールを収める確率はきわめて高くなる。

中盤の密度を高めるのではなく、逆に中盤がスカスカになるように仕向けることでビルドアップの目的(2ライン間にボールを送り込む)を完遂するというのは、現代サッカーの常識に反する「逆転の発想」である。

もちろん、イタリアのこのビルドアップに対して、相手がハイプレスをかけず3バックにボールを持たせるという選択をした場合には、CBがドリブルで持ち上がって中盤に数的優位を作り、そこからサイドに展開、1対1のドリブル突破やWBとインサイドハーフのコンビネーションで裏を狙うといった、オーソドックスな展開を狙うことになる。

またR16のスペイン戦がそうだったように、相手が4-3-3の場合には、3トップのプレスに対して3バック+アンカーが作り出す4対3の数的優位を活かして第1守備ラインをかわし、そこから改めて中盤に「空白」を作り出して前線にボールを送り込むというバリエーションが用意されている。

スペイン戦で33分にキエッリーニがセットプレーのこぼれ球を押し込んで先制点を挙げる直前まで、イタリアのボール支配率は56%という信じられない数字に達していた。ディフェンスが強味とは言えないスペインがこれだけ相手にポゼッションを許せば、再三決定機を許しても不思議はない。内容的に見ればこのスペイン戦は、前半だけで3-0になっていてもおかしくなかった。

その他の試合も含めて、イタリアがそれほど多くの得点を挙げていないのは、パスやシュートの精度をはじめとするプレーの技術的クオリティに限界があるためであり、戦術的なシチュエーションとしては、もしパスが正確につながっていれば、あるいはシュートを決めていれば、という決定的な場面が数多くあった。

実際、ここでは「ビルドアップ」のプロセスに的を絞ってきたが、「コンテのイタリア」の戦術的な革新性は、「中盤を空にする」ビルドアップだけに留まらない。前線にボールが入った瞬間から攻撃をスピードアップして一気にフィニッシュに持ち込む「最後の30m」の組織的なメカニズムにも、注目すべきものがあるからだ。

例えば、敵最終ラインに対して2トップと2WBが4対4の数的均衡を作り出し、そこに2列目からインサイドハーフが縦に攻め上がることで決定機を作り出すメカニズムもそのひとつ。ベルギー戦の先制ゴールでジャッケリーニが裏に抜け出した形は、FWへの縦パスを介したプロセスが省略されている(アシストはボヌッチからのロングパス)とはいえ、4対4をベースにした攻撃のコンセプトが体現されている。

これを書いている時点で、ドイツとの準決勝がどういう内容・結果に終わったかはわからない。しかしそれにかかわらず、コンテという監督が現代サッカーの常識やスタンダードを逸脱したところで、斬新かつ興味深い戦術を掘り下げ形にしつつあることに変わりはない。来シーズンからは、プレミアリーグのチェルシーがその舞台となる。グアルディオラやモウリーニョとの対決が見物である。□

(2016年6月30日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)
 

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。