今でこそセリエA6連覇へ向けてまっしぐらとわが世の春を謳歌している天下のユヴェントスですが、6年前の今頃は、まだカルチョポリ(2006年)のダメージからの回復途上にあって、2年連続7位でELにすら出られないという苦しい日々を送っていたのでした。A.アニエッリ会長、マロッタGD体制になって1年目、監督がデルネーリだった10-11シーズン半ばに書いた、黄金時代黎明期のレポートです。

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2006年の「カルチョポリ」でセリエB降格処分を受け、経営陣の顔ぶれを一新して再建に臨んだ時、事実上の経営責任者だったジャンクロード・ブラン代表取締役は、「ユーヴェが本来いるべき場所に戻るまで、最も楽観的に見て3年、計画では5年を見込んでいる」と語ったものだった。「本来いるべき場所に戻る」というのは、言うまでもなく、セリエAとCLという2つのコンペティションで共に頂点を争う、イタリアを代表するクラブとしての地位を取り戻すことを意味する。

その06-07シーズンから数えると、この10-11シーズンはちょうど5年目にあたる。現在のユヴェントスが「本来いるべき場所」にいるかと問われれば、NOと答えざるを得ない。

1年でセリエA復帰を果たし、そこから3位、2位と順位を上げてCL復帰を果たしたところまでは良かった。ところが、08-09シーズンの終了間際にラニエーリ監督を解任したところから、ユーヴェは迷走状態に入って行く。マルチェッロ・リッピを“影の後見人”としてチロ・フェラーラを監督に据えた昨シーズンは、開幕3ヶ月目から深刻な不振に陥り、1月末にはアルベルト・ザッケローニに監督交代、しかしそれも効果がなく最終的には7位という近年では最悪の結果に終わった。

オーナーのアニエッリ家は、06年夏以来4年続いたブラン体制に終止符を打ち、一族の傍系ながら常にユーヴェに近いところにいたアンドレア・アニエッリを会長として送り込んで、今シーズンから新たな再建プロジェクトをスタートさせている。アニエッリ会長の片腕としてその中心を担うのは、今季サンプドリアから引き抜かれてゼネラルディレクターに就任したジュゼッペ・マロッタだ。

アニエッリ=マロッタ体制が打ち出した方向性は、イタリア人プレーヤーを中心に据え、スター選手の個人能力に頼るよりもグループとしての結束とハードワークを土台に組織力を最大の強みとするチームを築くというもの。これは、90年代半ばから00年代前半にかけてリッピの下で黄金時代を築いた当時の考え方と、基本的には同じである。

当時のユーヴェを支えたのは、デル・ピエーロ、ジダンといった看板選手を別にすると、ラヴァネッリ、ディ・リーヴィオ、コンテ、ペッソット、トリチェッリ、ユリアーノといった実直な脇役タイプのイタリア人プレーヤーだった。その系譜を受け継ごうとしているのが、キエッリーニ、マルキジオ、アクイラーニ、ボヌッチといった選手たちということになる。

このチーム再建計画はまだ端緒についただけに過ぎない。スクデット争いはともかく、CLでイングランド、スペイン、ドイツのメガクラブと張り合ってベスト8、ベスト4を狙って行くためには、更なる戦力強化が不可欠になる。そのために最も必要とされるのは補強のための資金力である。

この観点からすると、ユヴェントスはイタリア勢の中で最も将来性のあるクラブである。毎年数十億円、多い時は百億円規模の赤字を垂れ流し、それをオーナー家が穴埋めすることで収支の帳尻を合わせているインテルやミランとは異なり、ユーヴェは独立採算による健全経営を貫いてきた。これは2012-13シーズンからUEFAの「ファイナンシャル・フェアプレー」が本格導入され、オーナーによる赤字補填が許されなくなれば、ライバルとの競争上大きな強みになってくるはずだ。

さらに、旧スタディオ・デッレ・アルピを大規模改装してこの夏に完成が予定されている新スタジアムが稼働すれば、これまで財政面から見て最大の弱点だった入場料収入とマーケティング収入が大きく伸びることが期待できる。4万人収容で、ミュージアム、8つのレストラン、ショッピングセンターなどが併設されるこの新拠点からの収入は、ネーミングライツ(現時点ではまだ未定)なども含めれば年間およそ4000万ユーロに上る見込み。これは現在のスタジアム関連収入のほぼ倍に相当する数字であり、これによって年間の総売上高も現在の2億ユーロ強から15-20%の増加が見込まれている。

チームの競争力を左右する最も大きな要因である資金力という点で、ミラン、インテルに対して優位に立ち、リヴァプール、アーセナル、チェルシーといったクラブと肩を並べることになれば、スクデットはもちろんCLでの上位進出も射程距離に入ってくる。

もちろんそのためには、的確な補強と継続性を持った強化によってチームの戦力を高めて行くことが不可欠だ。この数年ユヴェントスは、毎年3000万ユーロ規模の予算をメルカートに投じながら、実のある補強をすることができなかった。しかし、マロッタをGDに迎えた今シーズンは、クラシッチ、アクイラーニ、ボヌッチと新戦力が主力級の活躍を見せており、その点でも体制は整いつつある。9月の株主総会で取締役会のメンバーに加わったOBのパヴェル・ネドヴェドは、スーパーバイザー的な立場から経営陣と現場をつなぐ役割を果たしており、対外的にもユヴェントスの顔としての役割を担って行くことになる。

このように、アニエッリ新会長を頂点とする新たな経営体制、新スタジアムの完成による財政基盤の更なる強化というふたつの柱が確立されたことで、ユヴェントスの「再建プロジェクト」は明確なベクトルを持つことになった。その成果がピッチ上の結果という形ではっきりと表れてくるまでには、まだ数年の時間が必要かもしれない。しかし少なくとも、一時の迷走に終止符を打って向かうべき方向を見出したことだけは確かである。将来性という点では、イタリアで最も大きな「伸びしろ」を持ったクラブだと言うことができるだろう。□
 
(2011年1月24日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。