国際Aマッチウィーク明けの9月11日、新たに移籍したニースでのデビュー戦で2ゴールを決め、久しぶりに主役として注目を集めたバロテッリ。今後の本格的な復活を期待しつつ、散々な出来だったブラジルW杯に向けて書いたテキストを。
掲載されたのは、今はなき硬派ムック『SOCCER KOZO』。個人能力で敵の守備戦術を破壊する強力なアタッカーに的を絞った特集だったんですが、バロテッリの場合は敵じゃなくて味方を破壊するリスクも抱えている、と書いたらW杯では本当にチーム崩壊の原因になってしまったという笑えないオチが……。
フィジカル能力とテクニックの図抜けた高さについては、かつてインテルで共にプレーしたサミュエル・エトーが「もし今後数年でワールドクラスにならなかったらぶっ殺してやる」と言ったくらいで折り紙付き。あとはそれをコンスタントに発揮できるセルフコントロール能力さえ身につけば……と言われ続けて幾年月。

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マリオ・バロテッリは、あらゆる意味でワールドカップにおけるイタリアの命運を握る存在である。

189cm、88kgという恵まれた肉体に、強力なパワーと柔らかい身のこなし、優れたボールスキル、そして強力かつ正確なシュートを備えた天性のストライカーは、困難な状況に置かれても独力で決定的な違いを作り出し、勝利を引き寄せる力を持っている。

その反面、精神的に未成熟で、相手の挑発や審判の判定に対してナーヴァスになりやすく、抗議や報復行為で退場や出場停止を喰らってチームを困難に陥れることもしばしば。ワールドカップのような短期決戦では、たった一度のそれが地獄への片道切符にもなりかねない。

とはいえ、その圧倒的なポテンシャルがピッチ上で炸裂すれば、イタリアを天国に導くこともまた不可能ではない。プランデッリ監督が、忍耐強く使い続けることで成熟を促し、攻撃の中心に据えて本番に臨もうとしているのもまさにそれゆえである。

バロテッリのプレーの特徴は、2つのキーワードで表わすことができる。ひとつは「エゴセントリック(自己中心的)」、もうひとつは「インコンスタント(コンスタントでない)」。

いずれも、ネガティブなニュアンスを与えられがちな形容詞であり、実際そういう側面も少なからずある。しかし、それが否応なくもたらす「意外性」「予測不可能性」が、彼自身に備わった並外れたタレントと結びついた時に、本稿のテーマである「非常識な戦術破壊」をもたらす決定的な違いが生まれることも、また事実である。

バロテッリは本当に自己中心的なプレーヤーだ。ピッチ上では常に「俺にボールをよこせ。決めてやるから」というメッセージを全身から発しながら、チームの戦術的なメカニズムとは無関係に前線を動き回り(あるいは前線から動かずに)パスを要求する。

強靭な肉体を生かした懐の深いボールキープと巨体に似合わぬ繊細なテクニックの持ち主ゆえ、タイトにマークされていてもそう簡単にボールを失わないので、マークを外すという意識が希薄。すっと動いてフリーになったりスペースにボールを呼び込んだりするオフ・ザ・ボールの動きは少なく、2ライン間に下がってきてマークに構わず足下にボールをもらおうとする。基本的にボールと自分とゴールという3点の関係だけでプレーしており、回りの味方はもちろん敵ですらあまり視野に入っていないのではないかという印象すら与えるほどだ。

ボールを持ったらそこから力ずくでもターンを試み、前を向いて少しでもスペースがあればすぐさまミドルシュート、DFが前を塞いでいれば強引にドリブル突破を仕掛けるとうのが、最も頻繁に選ばれるプレーの選択肢。一旦はたいてターンし裏に抜け出す、あるいはワンツーなど、回りを使ったコンビネーションを試みることは少ない。基本的に自分ひとりでゴールを決めることしか考えていないのだ。

守る側にとって厄介なのは、その突破がしばしば、裏のスペースに抜け出すためというよりも、ファウルを誘ってFKを得ることを狙いとしているところ。バロテッリは偉丈夫な体格に加えてバランス感覚やコーディネーションに優れており、強いフィジカルコンタクトに対してもそう簡単に体幹が揺らぐことはないのだが、膝から下に関してはちょっとの接触でも敏感に感じ取り、たちまちバランスを崩してピッチに倒れ込む。それが審判の不興を買ってなかなか笛を吹いてもらえなかったり、逆にシミュレーションで警告を受けたりすることもあるが、一旦ファウルを奪ってしまえばこっちのものである。

直接フリーキックはバロテッリの最も強力な武器のひとつ。強烈きわまりないインステップのパワーショットに加え、インテル時代に名手ミハイロヴィッチの手ほどきで身につけた壁を巻いて落ちるインフロントのシュートを使い分ける。今季セリエAで挙げた12ゴールのうち3分の1にあたる4ゴールがFKから。さらにPKも3点あるから過半数がセットプレーからのゴールということになる。

どれだけ高密度の守備ブロックで前を塞いでも、どれだけタイトなマークで前を向かせないように務めても、その圧倒的なフィジカル能力を駆使した強引な突入でファウルを奪い、誰にも邪魔されることのないFKやPKから悠々とゴールを奪って行くのだから、これはもう戦術破壊も甚だしい。かといって寄せを甘くしてスペースを与えれば、本当に突破されてしまうのだから厄介である。

戦術的文脈とはまったく関係のない「エゴセントリック」なプレーを戦術で止めることはきわめて難しい。バロテッリを止めるためには1対1で彼を封じ込める力を持ったワールドクラスのディフェンダーが必要だ。そしてそれだけのディフェンダーは世界にもそう多くない。

バロテッリは、きわめて「インコンスタント」なプレーヤーでもある。気分屋で感情の起伏が大きく、ボールに触れないと徐々に機嫌が悪くなって集中力を切らし、味方を罵ったり審判に絡んだりすることが多くなる。そうでなくとも試合から消えてしまうことは珍しくない。

それゆえ、攻撃においても守備においても、チームの組織的な戦術の中での働きは計算できない。彼が所属するチームで前線からのハイプレスが戦術として機能しない理由は(ミランのセードルフ監督もついに棚上げに踏み切った)まさにそこにある。攻撃の局面においてすらボールのないところではあまりプレーしない彼に、ボールロスト後に高い集中力を保ってプレッシングを行う積極的な守備参加を要求することは難しい。このあたりは、味方にとっても戦術破壊的な要素を持ったプレーヤーだと言えるかもしれない。

しかしそれでもバロテッリを使い続けたくなるのは、そのように試合から消えている時ですら、ほんのワンプレーで局面を一変させる力を持っているからだ。

今季セットプレー以外で挙げた5ゴールのうち2つは、エリア外からの唖然とするようなミドルシュート。とりわけ、後半も半ばを過ぎて両チームの陣形が間延びし、2ライン間にスペースができ始めると、それだけミドルを撃つチャンスは多くなる。しかも90分を通してプレーが「インコンスタント」な分、勤勉にプレーしてきた敵DFと比べて体力に余裕を残していることが多い(元々の持久力も低くはない)。

試合の終盤にゴールが多いのもまさにそれゆえだろう。ナポリ(セリエA第4節)、ボローニャ戦(第24節)で決めたミドルシュートは、いずれも残り5分を切ってからのゴールだった。のらりくらりとプレーして味方の戦術を破壊、とはいわないまでも制約しつつ、しかし残り時間が少なくなって相手が疲れてきたところで突然一撃を喰らわす。まさに非常識な戦術破壊を地で行くプレーヤーなのである。□

(2014年3月25日/初出『SOCCER KOZO EX』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。