結局2年半の間迷走しただけで終わった感のあるエリック・トヒル会長のインテル。アングロサクソン的なビジネスセンスだけでイタリアのビッグクラブを経営するのがいかに困難かつ誤った選択かということを改めて示す結果になりました。といいつつ、新しい中国資本(蘇寧グループ)下でも早速、大金を投じて獲得したジョアン・マリオ(だけでなくガビゴールとコンドグビアも)をELに選手登録できなかったり、このままだと来シーズンはFFP基準をクリアできずCL/ELへの参加資格剥奪の可能性があったりと、ますます混迷の度合いを深めていますが……。これを書いたのは会長就任の2ヶ月後でしたが、すでにこの時点でデ・ブールの名前が出ているのが興味深いところ。ちなみに、ここで話題に挙がっているファッソーネは、その後クラブ内部の権力闘争でボリングブロークCEOに負けてインテルを去り、もうすぐ別の中国資本が買収したミランのゼネラルディレクターに就任する予定です……

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18年にわたってオーナー会長として君臨したマッシモ・モラッティがクラブの経営権を手放して名誉会長に退き、インドネシア人実業家エリック・トヒル会長の下で新たな時代の扉を開けたインテル。しかし、11月25日の新会長就任後、ワルテル・マッザーリ監督率いるチームはセリエA8試合でわずか1勝(5分3敗)という大ブレーキ、目標のCL圏内から早くも10ポイント以上後退するという深刻な状況に直面している。

この不振の原因についてはイタリアでも様々な指摘がなされている。攻撃陣の不振、そして戦力の薄さをはじめとするピッチ上の問題点はもちろんだが、無視できないのは、就任後もジャカルタを拠点としておりミラノに常駐していないトヒル会長の不在と、それがもたらす求心力の欠如を指摘する声。

昨年11月25日の株主総会をもって、マッシモ・モラッティ前会長に2億ユーロを支払い発行済株式の70%を買収したトヒルが経営権を正式に手に入れて会長に就任したのは既報の通り。新たな役員会は、トヒル会長を筆頭とするインドネシア側の代表者5人と、モラッティ前会長の次男アンジェロマリオを含むイタリア側3人の8人によって構成されている。だが、日々のクラブ運営の現場に関しては、ゼネラルディレクターのマルコ・ファッソーネ、テクニカルディレクターのマルコ・ブランカ以下、旧体制時代からのスタッフが引き続き仕事に当たっているのが現状だ。

これは、トヒル会長が急激な変革を好まず、まずは現スタッフの仕事ぶりを十分に観察した上で問題点や課題を把握し、必要な部分に手を入れて行こうというアプローチをとったから。すでに見た通り、トヒルは会長就任後もジャカルタに本拠を置いており、ミラノのクラブオフィスとは日々電話やビデオ会議によって連絡を取っている。ミラノ側の実務責任者として会長との唯一の接点となり、経営から強化までの全権を委ねられているのが、ファッソーネGDだ。

ファッソーネは、元々は食品メーカーの経営幹部としてキャリアを築いたビジネスマン。2003年にユヴェントスのマーケティングディレクターにスカウトされてカルチョの世界に入り、2009年までその職に留まって、ユヴェントス・スタジアムの建設、ユヴェントスブランドの国際展開などに大きな貢献を果たした。

それに目をつけたのが、ナポリのアウレリオ・デ・ラウレンティス会長。2010年にゼネラルディレクターのポストを用意してユーヴェから迎え、やはりここでもスタジアム開発とブランド展開に携わった。そして2012年、今度はインテルからエルネスト・パオリッロGDの後任として引き抜きがかかり、昨シーズンからGDを務めてきた。

そのキャリアから見てもわかるように、ファッソーネはマーケティング畑のエキスパートであり、10年にわたってイタリアを代表するクラブで仕事をしてきたとはいえ、チームの強化に関する経験はほとんど持っていない。にもかかわらず、トヒル会長は強化に関しても彼を窓口として報告を受け指示を出している。これは、これまで強化責任者を務めてきたブランカTDとアウジリオSDのコンビ(とりわけ前者)が、新会長の信頼を受けていないためというのが専らの噂。

一部の事情通によれば、トヒルはブランカについて、2010年の「トリプレッタ」以降の急速な凋落をもたらした張本人だと吹き込まれてきたと言われる。実際、現在進んでいる冬のメルカートに関しても、プレーヤーの選択や獲得の意思決定についてはまったく権限がなく、ただトップからの指示を遂行するだけの役割しか与えられていないという。

トヒル会長は就任当初から、「まずはクラブの財政を健全化して発展への基盤を固めることが最優先。頂点を争うチームを作るまでには数年の時間が必要だ。サポーターには理解と忍耐を求めたい」と表明してきた。もちろんサポーターは、すぐに勝てるチームを作るための大型補強を期待している。しかしトヒルは今冬のメルカートについても財政健全化を優先し、新戦力を獲得するならば既存戦力を売却してその利益を充てる、つまり移籍金収支を赤字にしないことが大前提という方針を変えようとはしていない。

昨年12月の時点からすでに、グアリン、ラノッキア、ベルフォディルといった、メルカートで買い手がつきそうな(そしてマッザーリ監督にとって絶対不可欠ではない)戦力の売却話が囁かれてきたのも、そうした理由によるものだった。そしてその流れの中で勃発したのが、1月21日にユヴェントスとの間で起こったグアリンとヴチニッチの交換トレード凍結事件だったというわけだ。

グアリンは、今シーズン前半のインテルにおいて主力のひとりという位置づけではあったが、市場での評価額がそれなりに高い(1800万ユーロ)ことに加えて、同じポジションにインテルの将来を担うと期待され10番を背負う20歳のコヴァチッチがいることもあって、クラブの内外からは、マッザーリ監督がより必要としている新戦力獲得のため、止むを得ず「犠牲にする」プレーヤーだと見られてきた。

しかし、そのグアリンを手放して獲得しようという新戦力が、宿敵ユヴェントスで出場機会すら得られずにいるだけでなく、年齢はグアリンより3つも上の30歳、しかも故障が多く毎年ベストコンディションでプレーする期間はほんの数ヶ月と揶揄されてきたヴチニッチということになると話は違う。

この、誰が見ても明らかにインテルにとって不利な取引が成立寸前と報道されるや否や、インテルサポーターは猛反発。ウルトラスがクラブオフィスに押しかけて抗議行動を起こすという騒ぎにまで発展し、それを聞いたトヒル会長は21日夕刻、慌ててファッソーネに交渉中断を指示するという結果になった。

この時点ですでにヴチニッチはインテルのメディカルチェックを終えており、グアリンもチームメイトに別れを告げてトリノに向かおうとしていたこともあり、この移籍凍結は大きな波紋を巻き起こした。サポーターが激しい抗議の標的にしたのは、ユヴェントス出身のファッソーネ。ユヴェンティーノがユーヴェと内通して有利な取引を仕組みインテルを陥れようとしている、というわけだ。

トヒル会長にとって最大の誤算は、マッザーリ監督が獲得を要請してきた戦力であり、財政的に見ても移籍収支をマイナスにしないという条件をクリアしているなど、論理的に考えて何の問題もないように見えた移籍にゴーサインを出しただけなのに、それがサポーターの感情を逆撫でする結果になったことだろう。

もちろんトヒルにはインテリスタがユヴェントスに対してどれだけ強い嫌悪感を抱いているか、両者の間にどれだけ大きな感情的こじれがあるかを、肌身で理解する術はない。遠いインドネシアからたった1人と電話越しに連絡を取り合っているだけであればなおさらだ。

イタリア人とはまったく異なるメンタリティを持ったインドネシアの華僑であり、アメリカで培ったスポーツビジネスのメソッドを持って乗り込んできたトヒルは、イタリアにおいてカルチョとは論理ではなく感情で動くものであり、100%ビジネスだけで割り切ることは不可能だという現実を、オーナー会長となって早々に否応なく突きつけられることになった。

トヒルが抱く長期的な構想にとってみれば、この騒動もちょっとした事故以上のものではないのかもしれない。とはいえ、ファーストコンタクトからこうした形で生まれた感情のもつれは、表向きほとぼりが冷めたように見えても、サポーターの心中には根強く残るものだ。まだ疑心暗鬼で新オーナーの動向を見つめているインテリスタと、長期的な発展を支えるだけの信頼関係を築くためには、まず彼らが安心し納得する形で会長としてのガバナンス体制を確立し、クラブの運営におけるプレゼンスを高めることだろう。実際、1月末に1週間弱ミラノに戻ってきたトヒルは、クラブの運営実務に関する体制見直しに取り組んでいるように見える。

予想外の騒動のおかげで目先のメルカートに振り回される形になったが、トヒルにとっては将来に向けて新たなサイクルをどのように築いて行くのかというのが最大の関心事であるはず。「今シーズンは過渡的な1年。新しいサイクルは来シーズンから始まる」と明言しているのもそれゆえだろう。

現時点で伝えられているのは、サネッティ、ミリート、サムエル、キヴといった今シーズン限りで契約が切れる「トリプレッタ」の功労者たちとは契約を延長せず(唯一延長の可能性があるのはカンビアッソ)、チームの積極的な若返りを進めて行くという基本方針。新たに獲得する戦力は、26歳以下、年俸250万ユーロ以下、移籍金1500万ユーロ以下がひとつの基準になるとされる。

ひとつのモデルとなりそうなのは、トヒルがその経営戦略を高く評価しているといわれるアーセナルの路線だろう。監督はトヒルが表向き「インテルのプロジェクトに最適の人材」と評価するマッザーリの続投が前提だが、若手の起用に消極的ですでにでき上がった即戦力を重用するマッザーリのやり方が、トヒルの導入する新路線に馴染むのかと疑問を呈する声も出ている。

そもそも、野心家のマッザーリがこの一種の縮小均衡路線を受け入れるかどうかという問題もある。一部では、若手を育てながら戦うノウハウを持ったアヤックスのフランク・デ・ブールや、イングランドで結果を残したミカエル・ラウドルップの招聘も仮定のひとつにはいっているとも伝えられている。

いずれにしても、出足で躓いたインテリスタとの信頼関係確立、そして低迷するチームの建て直し、さらに財政再建と、新会長にとっては課題が山積み。新たな勝利のサイクルへの道は、思った以上に困難な道になりそうな気配である。□

(2014年1月14日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。