中国の投資家グループがミランに買収のオファーを持ちかけていることは周知の通り。シルヴィオ・ベルルスコーニ会長は、一両日中にこのオファーを受け入れて本格的な売却の手続き(買収側による資産・財務内容のチェックなど)に入るかどうかを決断しなければならない立場に追い込まれています。ミランが現在のような混迷に陥ることになった発端と言えるのが、2013年11月に起こったこのバルバラ・ベルルスコーニによる「クーデター」の企てとその収拾策としてのバルバラとガッリアーニの二頭体制。これは勃発から1ヶ月弱過ぎたところで書いたその時点での総括です。この後ガッリアーニの巻き返しがあったりして、事態はバルバラのもくろみとはまた別の方向に進んでいくわけですが……。

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ミランが揺れている。オーナーであるシルヴィオ・ベルルスコーニの次女で、2011年から役員に名を連ねるバルバラが、実質的な経営トップであるアドリアーノ・ガッリアーニ副会長を公然と批判、父に経営方針の大きな転換を訴えることによって、クラブの指揮権を自らの手に収めようという「無血クーデター」を敢行したのだ。

シルヴィオがこれを黙認して受け入れる姿勢を明らかにしたことで、ガッリアーニは早ければ今年中にも代表取締役副会長の座を退きクラブを去ることが確実になった。モラッティ家が経営権をインドネシア資本に売却したインテルに続き、ミラノのもうひとつの名門もまた、大きな歴史的転換点を迎えることになる。

すべてのきっかけは、ホームのサン・シーロで行われた第11節フィオレンティーナ戦で今季5敗目(0-2)を喫した翌日(11月3日)の夜8時、イタリア最大の通信社ANSAが唐突に打った次のようなニュースだった。

「ACミランのシルヴィオ・ベルルスコーニ会長は娘のバルバラと会談を持った。そこでバルバラは、過去2回の移籍マーケットでクラブが少なくない資金をしかも無駄に使ったことを指摘し、クラブの経営方針をはっきりと転換することを要請した。この会談では、ミランが現在直面している危機の理由は、計画性の欠如、現代的なスカウト網の不在、そしてオーナー家の指示を軽視した夏の移籍メルカートにあるという結論が導かれた」

サン・シーロでの不甲斐ない敗北が、ミランが直面する不振の深刻さを強く印象づけるものであったことは確かだ。しかしそうはいっても、それを理由に、およそ20年に渡ってミラン経営の全権を握りCL制覇をはじめとする大きな成果を残してきた功労者を一気に切り捨てようというのは、あまりに唐突な出来事であるようにも思われた。

実際、ニュースが流れた当初は、マスコミの間でもこれがシルヴィオの同意によるものなのか、それともバルバラの「暴走」なのかという憶測が飛び交ったという。しかし、オーナーのシルヴィオは、何のコメントも出さずにこの報道を黙認するという形で、ガッリアーニではなく娘の側に立っていることをはっきりと示す。

よく考えてみれば、クラブの現在のみならず未来をも大きく左右するこれだけ重要な転換が、衝動的な理由で行われることなどあるはずもない。ミランがこれほどの不振に陥らなければ、その時期はもっと先になっていたかもしれないが、遅かれ早かれ起こっていた事態であることは間違いない。

というのも、これは単にミランというクラブだけの問題ではなく、ベルルスコーニ家という巨大なダイナスティの世代交代にかかわる問題でもあるからだ。今年77歳を迎えたシルヴィオにとって、自らが築き上げた莫大な帝国を子息たちにいかに引き継ぐかは、有罪判決を受けて議員資格を奪われた今いかに収監を逃れるかという我が身の問題ほどではないにせよ、その次くらいに重要度の高い問題である。

帝国の「本丸」とも言うべき持ち株会社「フィニンヴェスト」と大手出版社グループ「モンダドーリ」は長女マリーナ、グループのイメージリーダーである民放TVネットワーク「メディアセット」は長男ピエルシルヴィオへと、最初の妻(円満離婚済み)との間に生まれた2人の子供に引き継いだ。

しかし彼は、現在離婚裁判で係争中の二番目の妻(関係は険悪)との間にも、次女バルバラ、三女エレオノーラ、次男ルイージという3人の子供をもうけている。その中で最も野心的なバルバラは当初モンダドーリの継承を望んだが、マリーナがそれを離そうとしない。そこで彼女が狙いを定めたのが、グループ企業の中でも父が最も大きな愛情を注ぐミランだった。

2011年4月、特命プロジェクト担当役員という名前で取締役に就任したバルバラは、当初はマーケティング部門だけに携わっていたが、すぐにクラブの業務全体に関わろうとするようになった。ミランの事務所内に自分のオフィスとスタッフを持ち、就任1年後の12年4月には腹心のアントニオ・マルケージを経理担当取締役として役員会に送り込む。

それまで経営のすべての意思決定を自らに集めてきたガッリアーニが、バルバラのこうした振る舞いを歓迎しなかったことは想像に難くない。しかしバルバラは彼にとって「ボスの娘」である。自らを取り立てて現在の立場を与えてくれたシルヴィオに絶対的な忠誠を誓うガッリアーニには、どれだけそれを望んでいたとしてもバルバラを排除することは不可能だ。

すでに今から1年以上前(2012年夏)の時点で、一部マスコミではバルバラが「ガッリアーニ後」を視野に入れてクラウディオ・フェヌッチ(ローマ代表取締役)とミケーレ・ウーヴァ(元パルマ、ラツィオGD)に接触し、ミランのクラブ職員に個別面談を行っているという話が伝えられていた。フェヌッチとウーヴァはいずれも今回、次期ゼネラルディレクター候補として名前が上がっている。

つまるところバルバラは、近い将来自分がミランを「継ぐ」と強く心に決めて着々とその準備を進めてきており、おそらくシルヴィオの中でもそれは既定路線だったということだ。ガッリアーニはミランをこのまま自分のものにしたかっただろうが、ボスはもうすぐ70歳になる長年の片腕よりも、血のつながったまだ29歳の娘の方を選んだ。後は「時間の問題」でしかなかった。

しかし、その「時間の問題」でいえば、クーデターのタイミングは最悪に近かったと言える。シーズンはまだ3分の1を過ぎたばかり。しかもチームは深刻な不振に陥っており、そこにこのニュースがさらなる動揺を上乗せする格好になった。

シルヴィオは、来年4月の役員改選までミランに残って経営を続けるようガッリアーニを説得しようと試みている。しかしガッリアーニは、クラブ内部での権力基盤を失った以上少しでも早く身を引くことがミランにとっても自分にとってもベスト、として、巨額の退職金とセットで年内にも退任したい意向をシルヴィオに伝えている。シルヴィオは自らが率いる政党フォルツァ・イタリアからの政界進出も提案しているが、退任の時期、その後の身の振り方とも、まだ流動的だ。

それ以上に大きな問題は、ガッリアーニとその腹心たちをクラブから「追い出した」としても、シーズン中のこの時期にその後任として優秀な人材を獲得するのは事実上不可能だという点にある。

ゼネラルディレクター候補のフェヌッチ、ウーヴァ、SD候補として名前が挙がっているサバティーニ、プラデ、パラティチ、ビゴン、レオナルディといった面々はいずれも今は別のクラブで仕事をしており、シーズンオフまで招聘は不可能。クラブ首脳陣入りが噂されるミラン最大のレジェンド、パオロ・マルディーニ(ガッリアーニとは犬猿の仲)にしても、すぐにディレクターとしてチーム強化の実務にあたれるだけの経験も準備もしてきておらず、もし「入閣」するとしてもユヴェントスにおけるパヴェル・ネドヴェドのようにアドバイザー的な役割にとどまるだろうと見られている。

そして、チームを建て直し将来に向けたプロジェクトを立ち上げる上で最大のポイントである監督にしても、このタイミングで納得のいく人材を納得いく形で招聘することは不可能だろう。しかし、今シーズン限りで去ることが誰の目にも明らかなアッレーグリが、最大の支持者であるガッリアーニを失って、これまでのような求心力を持ってチームを建て直すことも期待しにくい。

ミランの未来は、いずれにしてもバルバラのものだった。しかしこのタイミングでクーデターを起こしたがために、今シーズンの残り6ヶ月、クラブの内部では権力の、そしてそれ以上に運営実務の空洞化が起こる可能性は小さくない。果たしてバルバラはいかにしてその混迷を乗り切ろうとするのだろうか。□

(2013年11月29日/初出:『footballista』連載コラム「カルチョおもてうら」)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。