今から2年ちょっと前、インテルの現オーナー、エリック・トヒルがマッシモ・モラッティ前会長から経営権を買い取った時に書いたレポート。買収から2年で少なくともセリエAにおいては十分な競争力を取り戻したわけで、もしこのまま来シーズンCLに復帰できるとしたら、かなり順調な歩みといっていいのではないかと思います。

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セリエAビッグ3の一角を占める名門インテルがインドネシア資本に「身売り」――。 

昨シーズン終了直後の5月に第一報が流れた時には、単なる噂に過ぎないと思われたこのニュースが、いま現実になろうとしている。

1995年以来クラブのオーナー会長を務めるマッシモ・モラッティと、インドネシア有数のメディアグループを保有する43歳の実業家エリック・トーヒルとの間で、かねてから進められてきた経営権譲渡の交渉が基本合意に達し、10月末に開かれる定例株主総会で正式な「政権交代」が行われることがほぼ確実になったのだ。

モラッティは、発行済株式の70%を2億5000万ユーロで、トーヒルを筆頭に2人のビジネスパートナーを加えて構成される持ち株会社に売却、自らは象徴的な位置づけとなる名誉会長に退く見通し。モラッティ家からは、マッシモの長男アンジェロマリオが副会長として取締役会に残るが、その取締役会も7つのポストのうち4つはトーヒル側から任命されるため、クラブ経営にかかわる最終的な意思決定権は完全に新オーナーの手に渡ることになる。

その新オーナー、エリック・トーヒルは、インドネシアで新聞・雑誌、TV・ラジオ局、広告代理店、ウェブサイトなどを保有する有力メディア企業「マハカ・グループ」を所有する43歳の実業家。父テディはインドネシア最大のコングロマリット「アストラ・インターナショナル」の大株主、投資銀行を経営する兄ガリバルディはインドネシアの長者番付19位という大富豪一家の一員である。

アメリカの大学で経営学を学び、インドネシアに帰国後マハカ・グループを設立したトーヒルは、2001年にムスリム系の日刊紙『レプブリカ』を買収してメディア分野に進出、そこから出版社、放送局を次々と買収あるいは設立してグループの規模を拡大し、10年足らずの間に一大メディア企業体を作り上げた。

メディア事業の次にターゲットを合わせたのが、メディアとは相互補完的な関係にあって非常に相性のいいスポーツ分野。アメリカ時代からバスケットボールのファンで、帰国後2006年までインドネシア・バスケットボール協会の会長、そのご現在まで東南アジアバスケットボール連盟会長を務めてきたが、2011年には、プロバスケットボール選手の代理人だったジェイソン・レヴィエン、人気俳優のウィル・スミスらと、NBAのフィラデルフィア76ersを買収して共同オーナーとなり、ビジネスとして本格的な取り組みをスタートさせた。

翌2012年にはレヴィエンと共同でMLSのDCユナイテッドを買収し、サッカーにも分野を拡げる。そして今回のインテル買収によって、フットボールの「本場」であるヨーロッパにも進出を図ろうという構図である。

この一連の動きからは、トーヒルがスポーツビジネスを大きな成長分野と見込んで積極的な投資に乗り出していることがうかがわれる。

インドネシアにおいてもサッカーはNo1スポーツであり、バスケットボールと比較してもより大きな市場を持っている。マハカ・グループという自前のメディアを活用して積極的なプロモーションを行うことで知名度と人気を高め、広告やオフィシャルグッズなどマーケティング関連の市場を開拓・拡大して行こうという狙いがあることは、容易に想像がつく。

獲得するクラブはインテルだが、メディアグループがスポーツ分野に進出を図ってシナジー効果を狙うという戦略はむしろ、ミランのオーナーであるシルヴィオ・ベルルスコーニのそれと似通っている。

インテルの側から見ても、トーヒルの経営参画がもたらすアジア市場でのビジネスチャンスとその成長性が、大きな魅力を秘めていることはいうまでもない。そしてまさしくこの点こそが、モラッティに経営権売却を決意させた最大の要因だった。

モラッティがインテルに「溺愛」と言っていいほどの愛情を注ぎ続けてきたことは、誰もが知る通り。1960年代に父アンジェロの下で2年連続でヨーロッパの頂点に立った「グランデ・インテル」を再現しようと、1995年の経営権取得以来18年間で、総計12億ユーロにも上る私財をクラブに投下してきた。

当初はユヴェントスとミランの影で結果を残せずにきたものの、2006年の「カルチョポリ」スキャンダルでこの両チームが力を失ったのを契機に、00年代後半にはスクデット4連覇、09-10シーズンにはモウリーニョの下で悲願のCL制覇を果たすなど、一時代を築いた。

しかしその後数年の混迷の中で、インテルは経営的にも戦力的にも小さくない困難に陥っている。

今のイタリア、そしてヨーロッパにおいて、コンスタントにCL出場権を確保し、そのCLでグループリーグを勝ち上がるだけの競争力を維持するためには、2億5000万ユーロから3億ユーロの年間予算が必要とされる。しかし、現在のインテルの売上高は、ここ2シーズンCL出場権を逃してUEFAからの放映権料分配金が入らなかったこともあり、2億ユーロにも届かない水準に留まっている。この2シーズンで主力選手の放出を含む大幅なリストラに取り組み、1億5000万ユーロから8000万ユーロまで人件費を削減することに成功したが、それでもなお昨シーズンの決算は5000万ユーロ規模の赤字になっているのが現実だ。

インテルはこれまでも恒常的な赤字経営体質が続いてきたが、モラッティが私財を投じてその赤字を埋めることでピッチ上の競争力を保ってきた。しかし、UEFAが導入したファイナンシャルフェアプレー(FFP)によって、今後はオーナーによる赤字の穴埋めは許されなくなる。

また、たとえそうでなくとも、モラッティ家自身の財政状況が本業の不振によって困難に陥り、毎年数千万ユーロをインテルという「道楽」に投じることは許されなくなってきている。モラッティが兄ジャンマルコと共同経営する石油精製会社SARAS(独立系ではイタリア最大。売上高は日本円にして1兆円規模)が、2期連続で減収減益の赤字決算を記録し、株式の一部をロシアの国営石油会社ロスネフチに売却するという経営難に直面しているのだ。

モラッティのインテルに対する愛情が薄れたわけではない。単に、モラッティ家がインテルの競争力を保てなくなってきているということである。売上高の減少に合わせてリストラを進め経営規模も縮小すれば、赤字経営は解消することができる。しかしそれでは、ヨーロッパを戦うだけの戦力を揃えることは不可能だ。このままではインテルは、フィオレンティーナやラツィオと同じレベルでCLではなくELの出場権を争うような中堅クラブに転落せざるを得ないのである。

したがって、FFPという「縛り」の中で、インテルがCLの舞台に復帰できる競争力を取り戻すために、何よりもまず必要なのは、クラブの売上高を増やすこと。リストラではなく成長戦略が求められているのだ。

しかし、イタリアのクラブを巡る様々な制約の中で、スタジアム開発やコマーシャル分野の拡大を図ることはきわめて困難、というよりも不可能だ。しかし、インドネシア(さらには東南アジア全体)という新たなマーケットを背景に持ち、自らが保有するメディアを効果的に使ってその市場を開拓、大きな収入増をクラブにもたらすというビジネスプランを持つトーヒルならば、それは十分に可能だ。

モラッティにとっては、その可能性を手にしたトーヒルに経営権を譲渡することが、愛するインテルに今後もメガクラブとしての地位と競争力を保証するための、唯一かつ最良の選択肢だったということである。

株式の譲渡に関しては、冒頭で触れた通り、発行済み株式の70%をトーヒルが筆頭株主となる持ち株会社に2億5000万ユーロで売却することで、すでに合意に達している。持ち株会社の内部では、その70%のうちトーヒルが約36%、残る2人のビジネスパートナー(いずれもインドネシア人の投資家)が約17%ずつを保有することになる見通し。

新経営陣の顔ぶれがどうなるかは、本稿執筆時点ではまだ明らかになっていないが、間違いないのは最終的な意思決定権を持つのは、モラッティではなく筆頭株主であるトーヒルになるということ。トーヒルは、モラッティが名誉会長という形でクラブの内部に残ることを望んでいるといわれるが、その位置づけはあくまでもアドバイザー的なものに留まるだろう。

意思決定機関となる取締役会は、現在の13人から7人へと大幅に減員される見通しで、そのうち少なくとも4つのポストはトーヒル側が確保、モラッティ側には最大でも3つのポストが用意されるに留まる。

モラッティは、自身は取締役会から外れる代わりに、息子のアンジェロマリオを副会長として経営陣に送り込むことで、モラッティ家としての継続性を将来的にも確保したい意向を持っていると伝えられる。こうした経営体制については、10月末の定例株主総会で最終的に議論され、確定されるものと見られている。

経営権を握った後、どのようなプロジェクトを持っているのかについて、今のところトーヒルは口を閉ざしている。しかし、イタリアメディアの周辺取材などによる断片的な情報を総合すると、例えばアブダビやカタール、ロシアなどの外国資本がイングランドやフランスで進めているような、一気に数億ユーロ単位の大金を投下してスター選手を買い集め、短期的に目先の結果を追い求めようとする拙速なやり方ではなく、まず累積債務の解消(モラッティが受け取る2億5000万ユーロの大半はそれに充てられる見通し)、赤字の削減(FFPが求めるブレイクイーブンの達成は3年後とされている)など、経営の健全化を最優先し、それと並行して段階的な投資で戦力強化を図ることで、中期的にメガクラブとしての基盤を再構築しようという、きわめて手堅くまっとうなアプローチが構想されているようだ。

トーヒル自身、チェルシーやマンCよりもアーセナルの経営手法を評価し、それを参考にしているという報道もあることから、地に足のついた安定成長路線になることは確かだろう。

当面は、10月末の株主総会で前期の赤字を穴埋めするための増資が行われ、来シーズン以降の強化予算については、その後改めて新オーナーが増資という形で手当てすることになる見通しだ。

いずれにしても、チーム部門に関しては、マッザーリ監督を迎えて新たなチーム再構築のプロジェクトをスタートさせたばかりであり、これがそのまま継続されることは間違いない。クラブサイドの強化部門に関しては、現責任者のマルコ・ブランカの更迭が確実視されているが、後任候補については特に名前は挙がっていない状況だ。

アジア市場におけるコマーシャル分野の拡大と並んで、もうひとつ将来に向けた経営上の大きな課題となっているのが、新スタジアムの建設。これに関しては、トーヒルはすでにモラッティと共に具体的な構想に踏み込んで話を進めていると伝えられる。

建設予定地としてほぼ確実視されているのは、ミラノの西郊外、2015年のミラノ万博会場となっているローRho地区。収容人員は約6万人規模、ロンドンのエミレーツ・スタジアム、ストックホルムのフレンズ・アレーナといった最新の複合型スタジアムが開発モデルになっているとされる。

肝心のインテリスタの受け止め方については、モラッティが売却を決断した以上、クラブの将来にとって悪いようにはならないだろうという、諦めとは言わないまでも「消極的賛成」という立場を取る向きが大半のように見える。少なくとも、経営権売却に強く反対する動きはウルトラスの間にもまったく見られない。

これ以上モラッティ家だけでインテルを支えることは難しいという認識は、サポーターの間にも広く共有されているだけに、チームが競争力を取り戻すために必要な資金を持ってやって来るのなら、未知の外国人オーナーであっても歓迎ということのようだ。

政権移行後の不安材料については、プロジェクトが明確ではない現状では掘り下げることは難しい。しかし少なくとも、インテルにこれだけ大きな愛情を持つモラッティが、私利私欲よりもクラブの将来を優先して下した決断であることは間違いない以上、それを信頼する以外にないというのが現在の状況だろう。とりあえずは、10月末の株主総会でプロジェクトの全貌が明らかになるのを待つことにしよう。□

(2013年10月7日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。