今シーズン限りでFC東京監督退任が決まったマッシモ・フィッカンデンティ。チェゼーナを率いていた2010年9月、長友の移籍直後に行ったインタビューがあるので、ここに上げておきます。昇格したばかりのチェゼーナが、ホーム初戦でミランに勝って盛り上がっていた時。4-3-3へのこだわり加減を今と比較すると、なかなか興味深いです。監督も成長する。

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――開幕戦でローマに引き分け、続いてミランにホームで2-0。これ以上望みようのないスタートを切りました。

「結果はもちろんだけど、それ以上に内容が非常にポジティブなものだった。最後まで自信を持って自分たちのサッカーを貫いて結果をつかんだわけだからね。ここまでやるとは誰も期待していなかっただろう。でも、プレシーズンを通じてチームはいいトレーニングをしてきたし、グループとしても非常に高いモティベーションと結束を保ってきたので、いい試合ができるだろうという確信はあった。

もちろん、ミランに2-0で勝てるとまでは思っていなかったが、そういうことが起こるのもサッカーの素晴らしいところだ。でもそれにいつまでもかかずらってはいられない。大事なのは前を見て進んで行くことだ」

――あなたは監督としてのキャリアを通じて常にひとつのスタイルを貫いてきましたよね。システムは4-3-3、相手にサッカーをさせないことよりも、自分たちのサッカーをすることを常に優先してきた。それを支えているサッカー観について聞かせて下さい。

「4-3-3は、攻撃と守備の両局面でピッチを最もバランス良くカバーできるシステムだ。守備の局面では、中央とサイドの両方を十分にカバーできるし、とりわけ重要なのはそこから逆襲に転じることが容易だということ。10人がコンパクトな陣形を保って守り、攻撃に転じても10人がそれぞれの役割を担って組み立てからフィニッシュまでのプロセスに参加する。

それを実現するためには、中盤に優れた戦術眼と展開力を持つ選手、両サイドにはスピードと持久力のある選手、最前線には基準点となって周囲の選手と絡むタイプのフィジカルが強いFWを置くことが必要になる。これが私の目指すサッカーのあり方だ」

――選手のキャラクターよりもシステムやサッカーのスタイルが先に来るということですね。

「私の場合はそうだ。もちろん、そう都合良くはいかないこともあるので、チームにいる選手の特徴に応じて修正を加えることはある。しかしもちろん、もし可能ならば常に4-3-3を選ぶし、チーム作りの段階で選手を選ぶことができれば、私のサッカーに合ったタイプの選手を補強する。実際、これまでに率いたヴェローナやレッジーナでも、同じ考え方に立ってチームを作ってきた。もちろんここチェゼーナでもそうだ」

――初めてセリエAを率いた07-08シーズンのレッジーナでは、開幕から10試合勝ち星がなく、10月末に解任という残念な結果に終わりました。その失敗から何を学んだか、そしてそれがチェゼーナでどのように活かされているかを聞かせて下さい。

「39歳という若さでセリエAのチームを率いるというのは、私にとっては大きなチャンスだった。クラブも、若い選手を抜擢して攻撃的なサッカーで結果を残してきた私の仕事を評価してくれていた。しかし立ち上がりに勝ち星に恵まれなかったことで、トップが私のやり方、要するに4-3-3で戦うことに対して疑いを持ち始めた。それがチームにも伝わってネガティブな空気が広がってしまったんだ。

レッジーナのように残留を目標にしたチームが3トップで戦うためには、勇気と確信が必要だ。それがなくなったことで、続けて行くのが難しくなってしまった。

その経験から学んだのは、監督として仕事をするからには、チーム作りのコンセプトからどんなサッカーをするかまで同じ考えを共有し、同じ確信を持って仕事に取り組めるクラブを選ぶべきだ、そこで妥協するべきではないということだった。

クラブが監督を選ぶというのは、その監督のサッカー観、システムと戦術、トレーニングの仕方、それらすべてを選び受け入れるということだ。あるひとつのやり方を持った監督を選んでおきながら、違うやり方を強いるというのでは意味がない。もしそれを望むのだとしたら、それはクラブが監督選びを間違え、監督がクラブ選びを間違えたということだ」
 
――その観点から見て、チェゼーナは申し分なかったということですね。

「その通りだ。カンペデッリ会長とは、忌憚なく話ができてお互いによく理解し合えた。彼は私のサッカー観に共感してくれたし、私はチェゼーナというクラブが持っている、補強の予算が限られているとか、若手を抜擢して育てながら結果を出さなければならないとか、そういった要請を十分理解して受け入れた。

ここにはいい仕事ができる環境がある。トップから現場まで同じ考え方を持ち、それに確信を持って取り組むというのは非常に重要なことだ。物事がうまく行っている間は、そうでなくとも大して問題はない。しかしうまく行かなくなってきた時には、すぐにこれではダメだ、何か変えた方がいいという話になって、混乱を招いてしまうんだ。

大事なのは一貫性と継続性だ。ここにはそれがあると思う。今後困難な状況に直面することも間違いなくあるだろうが、その時も力を合わせてそこから抜け出すことができると信じているよ」

――今シーズンの目標は?

「目標は残留だよ。他にはない」

――余裕を持ってとか、苦しまずにとか、そういう形容詞もなしで?

「チェゼーナのようなクラブにそんな贅沢は許されないよ。とにかく来シーズンもセリエAで戦えるように生き残ること。それがすべてだ」

――ところで、あなたが日本通だというのは、一部ではよく知られた話ですが、どんなきっかけがあったのでしょう?

「私がセリエAのヴェローナでプレーしていた当時だから、もう10年以上前の話だけれど、日本のある代理人からJリーグでプレーする気はないかという話があったんだ。チームは確か名古屋だったと思う。その話はまとまらなかったのだけれど、それをきっかけに日本に興味を持ったんだ。その後日本で仕事をしているイタリア人と友達になって一度遊びに行って、そこから人脈が広がって行った。ジローラモ(・パンツェッタ)も仲のいい友達だよ」

――長友の獲得もあなたの推薦だったそうですね。日本人だからという理由もあったのでしょうか?

「それはまったく関係ない。チームに獲得を要請したのは純粋に選手としてのクオリティを評価したからだ。去年日本で実際にプレーを見た時から気に入っていたからね。就任が決まった時に提案した獲得リストの中に名前が入っていて、会長もワールドカップでプレーを見てすぐに気に入った。試合でのプレーを見てもらえばわかるように、このチームにぴったりの左サイドバックだよ」□

「選手を活かすのが監督の仕事」「ひとつのシステムにこだわる時代ではない」と言う監督が多い中、「システムは4-3-3がベスト」「私のサッカー観を受け入れてくれるクラブとしか仕事をしない」と言い切る潔さは、それが許される環境ならば必ず結果を出せるという深い自信に支えられている。

彼の率いるチームを初めて見たのは、03-04シーズンのヴェローナ(セリエB)。当時20歳そこそこで無名の若手だったベラーミ(現ハンブルグ)、カッサーニ(現パルマ)、ドッセーナ(現サンダーランド)、コッス(現カリアリ)などを擁して、鋭い攻守の切り替えから一気に敵ゴールに迫る魅力的な速攻型攻撃サッカーを展開していた。今シーズンのチェゼーナもそのコンセプトは全く変わらない。

両者に共通しているのは、このチームをステップボードにしてさらに上を目指そうという質の高い若手が多いこと。ジャッケリーニ、スケロット、長友など、モティベーションが高く献身的なプレーができる若手を存分に「働かせ」て、スピードと運動量を武器にしたダイナミックなサッカーをシーズンを通して展開できれば、目標の残留はもちろん、中位進出も十分期待できるのではないだろうか。■

(2010年9月12日/初出:『footballista』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。