ユーヴェ、インテルと来た5年前のイタリア育成事情、最後はミランです。この時点ではビッグ3の中で一番遅れていたんですが、このところはデ・シーリオ、カラブリア、ドンナルンマと、プリマヴェーラから直接トップチームに上がってプレーする選手も出始めました(ドンナルンマはプリマヴェーラを飛び級してアッリエーヴィから一気にトップチームのレギュラー。すごいですね)。とはいえ、この原稿で取り上げた当時の若手は誰ひとりものになっていません。育成は難しい。

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ミランは、イタリアのビッグクラブの中でも下部組織を最も「軽視」してきたクラブのひとつだった。

トップチームの強化は、すでに出来上がった選手、可能ならばビッグネームを大金を積んで獲得するのが基本で、育成部門を戦力の供給源とは全く考えてこなかった。マルディーニ、コスタクルタ、アルベルティーニを最後に、トップチームに定着する生え抜きが15年以上出てこなかったという事実は象徴的だ。

90年代末、ボスマン判決の影響がメルカートにはっきり表れ始めた時期には、引退直後でクラブの副会長に就任したフランコ・バレージの主導により、育成部門をプリマヴェーラ(U-19)、アッリエーヴィ(U-17)、ジョヴァニッシミ(U-15)の3チームだけに絞りそれ以外はすべてカット、すべてミラノの隣町にあるセリエBのクラブ、モンツァと提携することで選手を確保するという形で、下部組織を最小限まで縮小したことすらある。

その路線が失敗した後、2000年前後から、80年代にミランでプレーしたアンジェロ・コロンボを責任者に据えて再構築に取り組んで来たが、常に積極的に育成部門に投資してきたユヴェントス、インテル、ローマなどと比べると、遅れていることは明らかだ。

アッリエーヴィ年代では02-03シーズンにアバーテを擁して、06-07シーズンにはパロスキを擁してスクデットを勝ち取ったが、それ以外に目立った成績は残していない。

下部組織のチーム監督に、バレージのほか、フィリッポ・ガッリ、アルベリゴ・エヴァーニ、ステーファノ・エラーニオといったOBを多く起用するという、いわゆる「情実人事」もミランの特徴。育成部門の指導者ポストがOBの論功行賞の対象になってきたというわけだ。

ちなみに、バレージはその後、プリマヴェーラやベレッティ(U-18)の監督という形で育成部門に関わってきたが、選手時代のようなリーダーシップと手腕を発揮することができず、現在はマーケティング部門の閑職に就いている。

近年ミランの育成部門から出て現在セリエAでプレーしている選手には、トップチームでプレーするボリエッロ、アントニーニ、アバーテに加えて、ドナデル(フィオレンティーナ)、サンマルコ(ウディネーゼ)、マトリ(カリアリ)、アストーリ(カリアリ)、パロスキ(パルマ)、ディ・ジェンナーロ(リヴォルノ)がいる。

このように育成にはあまり力を入れてこなかったミランだが、その路線をがらっと変更するきっかけになったのは、近年の財政難。ここ数年、トップチームの強化をフリートランスファーやコマーシャルオペレーション(ベッカム、ロナウジーニョ)に頼らざるを得なくなり、今シーズンからはついに大幅な緊縮財政路線に踏み切ったこともあって、低コストでトップチームに選手を送り込む供給源としての下部組織が見直されることになった。

最大の変化は、今シーズンからフィリッポ・ガッリを育成部門の総責任者に据えると同時に、育成部門専門のスポーツディレクターとして、それまでブレシア、カリアリ、トリノでスポーツディレクターを務めてきたマウロ・ペデルツォーリを招聘したことだ。ペデルツォーリは国内外の若手発掘に実績とネットワークを持っており、育成年代のスカウト網も彼の手で再整備されつつある。

ミランの本拠地であるロンバルディア州は人口の多い地域だが、インテル、アタランタ、ブレシアなど育成年代の選手発掘・獲得競争が非常に激しく、ミランはそこで遅れを取っているため、育成部門になかなかいいタレントが集まらないというジレンマがあった。それを補うため、ある程度選手としてのポテンシャルが見え始めた10代後半の段階で、有望な若手を移籍金を支払って獲得するという路線が取られ始めている。

アタランタに50万ユーロという大金を支払ってイタリアU-16代表のカルヴァーニを、セリエBのトリエスティーナからガーナ人MFホッターを獲得したのがその手始め。さらに、これまではイタリア人主体の純血主義で育成部門の強化を進めてきたが、外国人タレントの発掘と獲得にも積極的に取り組む方針を打ち出しており、1月にはやはりガーナ人のFWアディヤー(10月のU-20W杯で活躍)と契約した。

ペデルツォーリは南米市場でも積極的に動いており、アルヘンティノス・ジュニオルスのFWレオネル・ペレイラ(17歳)の獲得を決めたほか、2月にペルーでも育成年代のセレクションを行って、そこで発掘した15-16歳のタレント4人を育成部門に参加させる予定と報じられている。

ミランの下部組織再構築への取り組みはまだ端緒についたばかりであり、トップチームの強化につながるためにはインテルやユヴェントスのそれよりも更に長い時間が必要になるだろう。ただし、プリマヴェーラの「即戦力」として獲得した上記17-18歳のタレントが、数年後にトップチームの戦力になり始める可能性はある。

いずれにしても、この取り組みが、バルセロナやアーセナルのように育成部門に戦略的な位置づけを与え、長期的な計画に基づいて一貫性のある投資を続けるというレベルにまで発展するかどうかは、あと数年の動向を見ないとわからないだろう。□

(2010年3月12日/初出:『ワールドサッカーダイジェスト』)

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片野道郎(ジャーナリスト・翻訳家) 1995年からイタリア在住。ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を拡げ、カルチョそして欧州サッカーの魅力をディープかつ多角的に伝えている。 最新作は『チャンピオンズリーグ・クロニクル』(河出書房新社)。他の著書に『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)、『モウリーニョの流儀』(河出書房新社)、『モダンサッカーの教科書』(共著、ソル・メディア)、『アンチェロッティの戦術ノート』(共著、河出書房新社)、『セットプレー最先端理論』(共著、ソル・メディア)、『増補完全版・監督ザッケローニの本質』(共著、光文社)、訳書に『アンチェロッティの完全戦術論』(河出書房新社)、『ロベルト・バッジョ自伝』(潮出版社)、『シベリアの掟』(東邦出版)、『NAKATA』(朝日文庫)など多数。